決行当日は、憎らしいくらいに満天の銀河がみんなを包んでいた。今の時勢で合宿というのは難しい部分もあったけど、男子たちの桃園の誓いよりも固い結束と、山間部というあまり目立たない場所ということもあり、なんとか開催にこぎつくことができた。


「準備はどう?」


 肝だめしにむけてみんなのテンションが上がる中、テンション激低の俺に新山が声をかけてくる。薄い闇の中に浮かぶ新山の顔に、俺はなぜか胸が落ち着かない気分になった。


「生憎と上出来だ」


 新山の問いに、俺はぶっきらぼうに答えた。ただでさえ、相談以来どこか気まずい空気があったのに、化粧までして綺麗になった新山を見ると、俺はいつもの調子でふざけることができなかった。


「流星も大丈夫かな?」

「あいつなら問題ない。お前の為なら、何だってそつなくこなしてきただろ」


 どことなく不安気な表情の新山に、無理してツッコミを入れる。さすがの新山も、告白前ということで緊張しているみたいだった。


「緊張してるのか?」

「ちょっとね」

「まあ、こういうのは当たって砕けろの気持ちが一番だ」

「まあね。てか、砕けちゃダメでしょ!」


 ノリよくツッコミを返してきた新山に、自然と頬が弛む。ずっと変わらない日常のワンシーンなのに、再びわいてきた妙な寂しさを、俺は無理矢理飲み込んだ。


「なあ、麻美」


 両手を握って気合いを入れ直した新山が、戦いの場へと足を向ける。その背中に、俺は押さえていたものが零れるように声をかけた。


「何?」

「あ、いや、何でも」

「何それ」

「とりま、頑張れよ。ケーキのヤケ食いは勘弁だからな」


 呆れた表情を浮かべる新山に、俺は慌て取り繕いの言葉をつなげた。新山は眉間にシワを寄せて握り拳を振り上げながらも、最後は笑って集団の輪に消えていった。


 ――聞けるわけないよな。これから俺たちがどうなるかなんて


 月が姿を見せ始めた空を見上げながら、俺は小さくため息をつく。

 聞こうと思えば聞けた。

 けど、聞けなかった。

 なぜなら、目を輝かせている新山の姿を、ほんの少しだけ遠くに感じてしまったからだ。


 ○ ○ ○


 肝だめしは、山の独特な雰囲気もあって順調に進んでいた。俺と西野のサプライズ幽霊役は好評みたいで、油断しているリア充どもを思う存分恐怖の底に叩き落としていた。


 ――ったく、マジで割に合わねえ


 リア充どもを驚かせつつ、楽しかったと感謝されるのは悪い気はしなかった。けど、薄暗い闇の中、蚊と格闘しながら神イベントを眺めるのはある意味拷問だった。


 ――大盛じゃなくて鬼盛だな


 新山からの報酬である学食大盛を勝手に変更しながら、新山たちが来るのを待つ。しばらくして人の気配を感じた俺は、くそダサい白のシーツを被って新山たちを迎撃する態勢に入った。


 ――ちょ、マジかよ


 木々の間から射し込む明かりに照らされながら、新山たちが姿を見せる。その光景を見た瞬間、飛び出ようとした俺の身体が一瞬にして固まってしまった。

 目の前に現れたのは、ぎこちなく手をつなぐ連中たちとは違い、バカップルよろしく腕を組んで歩いている新山たちだった。あまりのことに石化してしまったけど、俺は幽霊役ということも忘れて、なんとか二人の前にのそりと足を踏み出した。


「どうなってんだ?」


 現状が把握できないまま、情けない声をかまわず上げる。彼氏は俺の登場に驚いていたけど、新山は頭を抱えて首を振っていた。


「あのね、どこの世界に『どうなってんだ?』と言いながら出てくる幽霊がいるのよ!」


 あからさまに不満を口にしながら、新山が詰め寄ってきた。新山の言い分はもっともだけど、俺にとっては幽霊役に徹する以上に重要な問題が目の前にあった。


「ああ、これ?」


 言葉にできないまま、とりあえず腕を組んでいる二人を指さすと、新山が急に照れながら彼氏から腕を離した。


「実はね、付き合うことになったの」


 さも何でもないかのように語り出した新山に、俺の理解は序盤から追いつかなかった。予定では、吊り橋効果とかいうよくわからない作戦の後に、新山は告白することになっていたはず。


「ちょっといいタイミングがあったから、先に告白しちゃった」


 てへぺろを地で演じながら、新山が成り行きを教えてくれた。どうやら肝だめしが始まる前に、チャンスをものにしたらしい。


「じゃあ、俺たちの苦労は?」

「まあ、これはこれってことで」


 リア充全開の笑みを浮かべながら、新山が白々しくなかったことにしようとする。その瞬間、蚊と格闘しながら神イベントを指をくわえて見ていた虚しさが一気に爆発した。


「ふざけんなよ。俺の大切な青春の一ページを黒歴史に変えやがって」

「仕方ないじゃない。それに、ちゃんと学食おごってやるからね?」

「鬼盛だぞ。いや、鬼盛一週間分だ」

「ちょ、それはあんまりでしょ」


 俺の正当な報酬の要求に対し、新山が怒りをあらわにして拒否してくる。俺としては断固として譲れない為、「鬼、悪魔!」とわめく新山に涼しい顔で首を横にふり続けた。

 そんな俺たちのやりとりを見て、彼氏が心配そうに間に入ってきた。せっかくだからと、事の成り行きを説明しようとしたけど、世界を獲れる左ストレートによって無理矢理阻止された。


「てめえ、覚えていろよ」

「さあ、何のことかしら?」


 テンカウントを待たずに撃沈した俺に、新山が白々しく首を捻る。その姿を見て、いつの間にか胸にわいていた感情が薄れてることに気づいた。


 ――何か、いつもと一緒だな


 日常的に新山と繰り返してきたやりとり。互いに遠慮なくツッコミ合うことは、この状況でも変わらなかった。


 ――なんだ、心配して損した


 新山に彼氏ができれば、今までの関係が変化すると思っていた。それを仕方ないと思う反面、寂しいとも感じていた。

 けど、こうして何気なく交わすやりとりには、俺が心配するような要素は感じられなかった。

 もちろん、すぐに何かが変わらなかったからといって、このまま何も変わらないわけではないことはわかっている。少しずつ、互いに変わっていくのは間違いないだろう。

 それでも、今まで喜怒哀楽を共にしてきた仲だ。何かが変わったからといって、本質的なところは変わらないような気がして、俺は怪訝に見つめてくる二人を無視して笑い続けた。


「もう行くね」


 その声で顔を上げると、新山が再び彼氏の腕に寄り添っていた。


「麻美」


 ハエを追い払うように二人を送り出した後、俺は慌てて新山を呼び止めた。


「何?」

「よかったな」


 気のきいた言葉を探したけど見つからず、結局そう言うだけで精一杯だった。

 一瞬、神山が驚いた顔をしたけど、すぐにむかつくほどのリア充スマイルで右手の親指を立てて見せた。


 ――本当に、よかったな麻美


 闇に消えていく二人の背中を見つめながら、僅かに残った寂しさをかき消すように、俺も右手の親指を立てて返した。