運命のイタズラだと思った。
まさか、彼女が私の会社に来るなんて。
もう会う事はないだろう、そう思っていたのに。でも、体が震えるぐらい嬉しかった。
**
やっぱり私たちは気が合った。だから、すぐに仲良くなった。私は昔からその優しい笑顔が大好きだったんだよ、真帆。
「夏帆さん、夏帆さん!」
真帆は毎日、金魚のフンの様に私にベッタリだった。
「水野さん、仕事慣れた?」
「はい、まだ寒さには慣れませんが」
鼻の頭を赤くした彼女は本当に可愛い。
私たちはアイスクリームの製造工場で働いている。今の時期は一番忙しく、大変だ。昔から私たちはアイスクリームが好きだったな。アイスが私たちをまた出会わせてくれたのかも知れない。
「ねぇ、あの、広瀬さんて彼女とかいるのかな?」
「え、私と同期の広瀬くんの事?」
「うん……」
頬を赤らめながら、はに噛む真帆は昔と本当に変わらない。
「ど、どうかな……」
私たちは昔から似ている。好きな食べ物も、好きな音楽なども、そして……好きな男性のタイプも。
真帆は結構、積極的な方だ。マイペースでほんわかしていているのに、私とは全然違う。
不思議だね、だって私たちは……。
そんな真実を言ったら、真帆はどう思う?
嬉しいなんて思ってくれるだろうか。
真帆と広瀬くんが楽しそうに喋っている。なるべく見ないようにアイスクリームを箱に詰めていく。胸が締め付けられる。でも真帆が幸せなら、上手くいくなら、私の気持ちは蓋をして閉じ込めればいいだけだ。
「夏帆さん、私ね、広瀬さんが好きなんだ」
会社帰りのカフェで真帆はそう言った。
握り締めたマグカップが震えた。知ってたよ、でもやっぱ心が痛いな。私は気付かれないように笑顔を見せた。
「真帆はね、可愛いから大丈夫だよ!頑張れ!」
真帆とお揃いの紅茶をぐっと飲み干した。
「ねぇ、佐藤さん!最近俺を避けてない?」
広瀬くんが休憩をしている私の横へと腰を掛ける。それだけでも脈動が早くなって、手に汗をかく。
「そんな事ないよー」
私は顔を見ない様に目線を逸らす。
「ふぅ〜ん、ならいいけど。はい!」
彼が私の前に余ったアイスクリームを差し出した。
「どっち食べる?バニラ?チョコ?」
「チョコにする」
「そう言うと思った」
久しぶりに喋って嬉しかった。真帆の気持ちに気付いてから、なるべく話さないようにしていたから。広瀬くんとは同期でずっと一緒に仕事をしてきた。優しいところ、お茶目な所、時々男らしい所も好きだった。いつかは、気持ちを伝えたいなとも思っていたけれど……もう伝える事は出来ない。
「佐藤さん、どうしたの?アイス、溶けちゃうよ?」
「何でもないよ」
今だけでも、広瀬くんとの時間を一人占めしてもいいかな?そうしたらちゃんと諦めるから。ごめんね、真帆……。
「ぷっ」
「え、何?」
「佐藤さんてしっかりしてる風に見えるけど可愛い所あるよね!口にアイス付いてるよ」
広瀬くんが笑いながら、私の口元を指差す。
「やだ、どこっ?」
「だから……」
目の前が一瞬暗くなった。それと同時に口元を舐められ、唇に温かな何かが触れた。
「佐藤さん好き。ずっと好きだった」
胸の奥がキュッとして、熱で心が溶けたみたいになった。手に持っている溶けかけたアイスクリームみたいに。
広瀬くんが、私を?嘘だよね?こんな偽物の私の事なんか……。
真帆の笑顔が脳裏を掠めていった。
「ごめん!」
私は広瀬くんの胸を両手で押し、走ってその場から逃げた。震えた指先で触れた唇はまだ熱を持っていた。
それから私はもっと広瀬くんを避けていた。苦しくて苦しくて、胸が押し潰れそうだった。真帆と広瀬くんはもっと仲良くなっていて、それを見ると涙が頬を濡らしていった。ライバルが真帆じゃなければ良かったんだ。だって、私たちは親友じゃないんだよ。だから、私が身を引かないとだめなの。私はいつでもあなたの幸せを願っているんだから……。
「隣、いい?」
振り向くと広瀬くんが立っていた。
「あ、え、えっと……」
私は恥ずかしくて挙動不審になった。そんな私を見て、悲しそうに目を細めながら彼は座った。
「ごめん。佐藤さん辛そうだから、告白しない方が良かったね。だからさ、もう、忘れて」
辛くなんかないよ、だって、私だってあなたの事が好きなんだから……。
後ろに付いてる彼の手に手を伸ばそうとしたけれど、パッと手を戻した。
「広瀬くん、ごめん!私好きな人がいるんだ。ごめんね」
「そっか、分かったよ」
立ち上がった彼に「待って」と声を掛けた。
「真帆をよろしくね。あの子すごくいい子なんだ。広瀬くんが支えてあげて」
「え?どういう意味?」
私は彼の背中をバン!と叩き、背中を向けて走り去った。また鼓動が早くなり、心は熱くなって溶け出していく。大粒の涙が溢れ出す。もう広瀬くんの事で泣かない、そう決めたのに。
「夏帆さん、私、告白しようと思う」
「うん、いいんじゃない?」
真帆と私は最後の電話をしていた。
「大丈夫かな?」
「うん、真帆なら大丈夫だよ」
「なんかお姉ちゃんみたいだね」
胸がドクンと音を鳴らす。
「私さ、夏帆さんと同じ名前の双子のお姉ちゃんが居たんだ。両親が離婚して離れ離れになっちゃったんだけど。しっかりしてて大好きだった。元気にしてるかな?」
「うん、きっとしてるよ、明日早いから切るね!またね!」
私はスマホを切った。画面をたくさんの水玉が汚していく。
お姉ちゃんは元気だよ、真帆。結局、その事は言えないままだったね。離婚した後、離れ離れになって私は父と、あなたは母と暮らし始めたね。あなたは新しいお父さんに虐待を受けていたと聞いたよ。辛かったね。私はあの後、高校でいじめられて自殺も考えた。自分がどうしても嫌いで醜くて、頑張って働いて整形をしたんだ。それから自分を好きになれた気がしていたんだ、偽物の自分だけど。
あの日、会社に来たあなたの顔を見て真帆だってすぐ分かった。運命のイタズラだなって思ったよ。まさか、またあなたに会えるなんて思っても見なかった。でもすごく嬉しかった。幸せだったよ。また前みたいに一緒に笑ったり、おしゃべりしたり。
大好きだよ、真帆。
あなたは幸せにならなきゃだめだよ。
辛い思いをした分、幸せになるんだよ。
広瀬くんとなら大丈夫。彼は素敵な人だから、あなたを守ってくれるよ。
私は真帆の連絡先を消去して、大きなボストンバッグを肩に掛けた。
「さようなら、真帆」
ずっと暮らしていた部屋にバイバイをした。
見上げた月と星たちは、綺麗すぎて涙が零れた。
「お姉ちゃんはあなたの幸せをいつでも願っているからね」
左手に持ったアイスクリームはきっともう溶けかけている。遅すぎた恋心を溶かして、この痛みを消してくれたらいい。
私は新しい恋を夢見て、夜行バスに足を踏み入れた。
end
まさか、彼女が私の会社に来るなんて。
もう会う事はないだろう、そう思っていたのに。でも、体が震えるぐらい嬉しかった。
**
やっぱり私たちは気が合った。だから、すぐに仲良くなった。私は昔からその優しい笑顔が大好きだったんだよ、真帆。
「夏帆さん、夏帆さん!」
真帆は毎日、金魚のフンの様に私にベッタリだった。
「水野さん、仕事慣れた?」
「はい、まだ寒さには慣れませんが」
鼻の頭を赤くした彼女は本当に可愛い。
私たちはアイスクリームの製造工場で働いている。今の時期は一番忙しく、大変だ。昔から私たちはアイスクリームが好きだったな。アイスが私たちをまた出会わせてくれたのかも知れない。
「ねぇ、あの、広瀬さんて彼女とかいるのかな?」
「え、私と同期の広瀬くんの事?」
「うん……」
頬を赤らめながら、はに噛む真帆は昔と本当に変わらない。
「ど、どうかな……」
私たちは昔から似ている。好きな食べ物も、好きな音楽なども、そして……好きな男性のタイプも。
真帆は結構、積極的な方だ。マイペースでほんわかしていているのに、私とは全然違う。
不思議だね、だって私たちは……。
そんな真実を言ったら、真帆はどう思う?
嬉しいなんて思ってくれるだろうか。
真帆と広瀬くんが楽しそうに喋っている。なるべく見ないようにアイスクリームを箱に詰めていく。胸が締め付けられる。でも真帆が幸せなら、上手くいくなら、私の気持ちは蓋をして閉じ込めればいいだけだ。
「夏帆さん、私ね、広瀬さんが好きなんだ」
会社帰りのカフェで真帆はそう言った。
握り締めたマグカップが震えた。知ってたよ、でもやっぱ心が痛いな。私は気付かれないように笑顔を見せた。
「真帆はね、可愛いから大丈夫だよ!頑張れ!」
真帆とお揃いの紅茶をぐっと飲み干した。
「ねぇ、佐藤さん!最近俺を避けてない?」
広瀬くんが休憩をしている私の横へと腰を掛ける。それだけでも脈動が早くなって、手に汗をかく。
「そんな事ないよー」
私は顔を見ない様に目線を逸らす。
「ふぅ〜ん、ならいいけど。はい!」
彼が私の前に余ったアイスクリームを差し出した。
「どっち食べる?バニラ?チョコ?」
「チョコにする」
「そう言うと思った」
久しぶりに喋って嬉しかった。真帆の気持ちに気付いてから、なるべく話さないようにしていたから。広瀬くんとは同期でずっと一緒に仕事をしてきた。優しいところ、お茶目な所、時々男らしい所も好きだった。いつかは、気持ちを伝えたいなとも思っていたけれど……もう伝える事は出来ない。
「佐藤さん、どうしたの?アイス、溶けちゃうよ?」
「何でもないよ」
今だけでも、広瀬くんとの時間を一人占めしてもいいかな?そうしたらちゃんと諦めるから。ごめんね、真帆……。
「ぷっ」
「え、何?」
「佐藤さんてしっかりしてる風に見えるけど可愛い所あるよね!口にアイス付いてるよ」
広瀬くんが笑いながら、私の口元を指差す。
「やだ、どこっ?」
「だから……」
目の前が一瞬暗くなった。それと同時に口元を舐められ、唇に温かな何かが触れた。
「佐藤さん好き。ずっと好きだった」
胸の奥がキュッとして、熱で心が溶けたみたいになった。手に持っている溶けかけたアイスクリームみたいに。
広瀬くんが、私を?嘘だよね?こんな偽物の私の事なんか……。
真帆の笑顔が脳裏を掠めていった。
「ごめん!」
私は広瀬くんの胸を両手で押し、走ってその場から逃げた。震えた指先で触れた唇はまだ熱を持っていた。
それから私はもっと広瀬くんを避けていた。苦しくて苦しくて、胸が押し潰れそうだった。真帆と広瀬くんはもっと仲良くなっていて、それを見ると涙が頬を濡らしていった。ライバルが真帆じゃなければ良かったんだ。だって、私たちは親友じゃないんだよ。だから、私が身を引かないとだめなの。私はいつでもあなたの幸せを願っているんだから……。
「隣、いい?」
振り向くと広瀬くんが立っていた。
「あ、え、えっと……」
私は恥ずかしくて挙動不審になった。そんな私を見て、悲しそうに目を細めながら彼は座った。
「ごめん。佐藤さん辛そうだから、告白しない方が良かったね。だからさ、もう、忘れて」
辛くなんかないよ、だって、私だってあなたの事が好きなんだから……。
後ろに付いてる彼の手に手を伸ばそうとしたけれど、パッと手を戻した。
「広瀬くん、ごめん!私好きな人がいるんだ。ごめんね」
「そっか、分かったよ」
立ち上がった彼に「待って」と声を掛けた。
「真帆をよろしくね。あの子すごくいい子なんだ。広瀬くんが支えてあげて」
「え?どういう意味?」
私は彼の背中をバン!と叩き、背中を向けて走り去った。また鼓動が早くなり、心は熱くなって溶け出していく。大粒の涙が溢れ出す。もう広瀬くんの事で泣かない、そう決めたのに。
「夏帆さん、私、告白しようと思う」
「うん、いいんじゃない?」
真帆と私は最後の電話をしていた。
「大丈夫かな?」
「うん、真帆なら大丈夫だよ」
「なんかお姉ちゃんみたいだね」
胸がドクンと音を鳴らす。
「私さ、夏帆さんと同じ名前の双子のお姉ちゃんが居たんだ。両親が離婚して離れ離れになっちゃったんだけど。しっかりしてて大好きだった。元気にしてるかな?」
「うん、きっとしてるよ、明日早いから切るね!またね!」
私はスマホを切った。画面をたくさんの水玉が汚していく。
お姉ちゃんは元気だよ、真帆。結局、その事は言えないままだったね。離婚した後、離れ離れになって私は父と、あなたは母と暮らし始めたね。あなたは新しいお父さんに虐待を受けていたと聞いたよ。辛かったね。私はあの後、高校でいじめられて自殺も考えた。自分がどうしても嫌いで醜くて、頑張って働いて整形をしたんだ。それから自分を好きになれた気がしていたんだ、偽物の自分だけど。
あの日、会社に来たあなたの顔を見て真帆だってすぐ分かった。運命のイタズラだなって思ったよ。まさか、またあなたに会えるなんて思っても見なかった。でもすごく嬉しかった。幸せだったよ。また前みたいに一緒に笑ったり、おしゃべりしたり。
大好きだよ、真帆。
あなたは幸せにならなきゃだめだよ。
辛い思いをした分、幸せになるんだよ。
広瀬くんとなら大丈夫。彼は素敵な人だから、あなたを守ってくれるよ。
私は真帆の連絡先を消去して、大きなボストンバッグを肩に掛けた。
「さようなら、真帆」
ずっと暮らしていた部屋にバイバイをした。
見上げた月と星たちは、綺麗すぎて涙が零れた。
「お姉ちゃんはあなたの幸せをいつでも願っているからね」
左手に持ったアイスクリームはきっともう溶けかけている。遅すぎた恋心を溶かして、この痛みを消してくれたらいい。
私は新しい恋を夢見て、夜行バスに足を踏み入れた。
end