「もう来週には29歳かぁ」
いつもの餃子屋のカウンター席。あの日以来、僕も彼女もいつもと変わらない日々を過ごしていた。
何となく、彼女の考えていることが分かるからこそ、お互いあの日のことに触れるのはタブーになりつつあった。
頬肘をついて唇を尖らせる彼女は、今日は珍しく顔を赤くして盛大に酔っているようだった。そんなに歳を重ねる事が嫌なのだろうか。
「僕はもう再来月には30だよ」
「あはは、そうだったね」
でも全然そうは見えないよ? と言ってフォローをしてくれる彼女だけれど、僕からすれば彼女が29歳だということが信じられなかった。
「君も29歳には見えないから大丈夫だよ。綺麗だし、子供みたいに愛らしい所もある」
お酒が入っていたからか、僕はまたいらないことを口走った。
これじゃあ、まだ僕は彼女のことを好きみたいだ。いや、実際まだ好きだからいいのか? なんて、そんなことを考えていると、彼女が手元のビールジョッキを大きく傾けて喉に流し込んだ。