僕が彼女に恋をしたのは、たった二ヶ月前。ほんのささいなことがきっかけだった。



「呑みやすい日本酒なら、これがおすすめですよ」


ひとりで暮らす町の最寄り駅付近にできた餃子専門店。なんとなく一人で足を運び、二杯目のお酒を悩んでいたところ隣の席から声がかかった。


「日本酒、詳しいんですか?」


ドリンクメニューが並ぶページの左端、日本酒の銘柄を見ていた僕は、指差されている“宗玄”という銘柄から指先をたどり彼女を見た。

色素の薄い茶色の瞳と、くっきりとした奥二重。店内のオレンジがかったライティングに照らされている髪は、透けてしまいそうなほどの柔らかな栗色で、胸元までゆるくウェーブがかっていた。


「日本酒大好きなので、それなりに」


にひ、と柔らかく笑った彼女の手元には、確かに日本酒の入れられたお猪口がある。


「それは?」

「これ? これは、金亀。辛口なんだけど好きで……あ、呑みます?」

「え?」

「どうぞ」


彼女は何の躊躇もなく自分の手元にあるお猪口を僕に差し出した。

彼女が気にしていないのなら、と、僕はまるで全く気にしていないようなフリをしてお猪口を受け取り、口元へ運ぶ。



彼女の吞んでいたお猪口を僕の唇に当てるまでの瞬間は、とてつもなく長い時間のように感じた。なんだか胸の奥がこそばゆいような、妙な感覚だった。

ただ、それは、彼女と間接的に唇を合わせることに対してか。それとも、慣れていない日本酒を呑むことに対してなのか。この時の僕には分からなかった。