「はぁ~……」
家に帰ったとたん私の口からは大きなため息が出た。
「……なんか……どっと疲れが出た……」
ものすごく久しぶりに一緒に帰った、松尾。
その間、私の心臓はドキドキが止まらなかった。
あんなにドキドキしっぱなしでエネルギーを使い過ぎたから、一人になったときにほっとしてその反動でどっと疲れが出たんだ。
もう、松尾、いい加減にして‼
私の気持ちも知らないで……。
……確かに……松尾が私の気持ちを知ることはかなり無理がある。
……なぜなら……私は全く態度に出していないからだ。
松尾のことを……好……き……という感情を……。
私は松尾の前で全く松尾のことを好きという気持を出していない。
松尾に対してだけではない。
私は耀子にも松尾のことを好きだということを一言も言っていない。
前に耀子に「遥稀は好きな人いるの?」と訊かれたときも、私は「いない」と返答をした。
それから他の友達にも「好きな人はいないの?」と訊かれても、私は常に「いない」と返答をしていた。
周りからは「本当に誰もいないの?」と何度も訊かれても、私は頑なに「いない」と返答をし続けた。
私は常に誰も好きな人はいない。という恋愛には全く興味がないという自分を演じ続けた。
それはなぜか……。
なぜかは自分でもよくわからないけれど、とにかく知られたくなかった。
私が松尾のことを……好……き……ということを……。
……でも……明日からどうしよう……。
松尾と同じクラスということは、松尾と同じ教室……。
松尾と同じ教室ということは……松尾と毎日顔を合わせるということ……。
……どうしよう……。
これから毎日こんな疲労を感じなくてはいけないのか……。
……これから先が思いやられる……。
あぁ~……。
……そうだ……。
……クラス……変更できないのかな……?
私はそんなことを思ってしまった……。
……って……私……やっぱり変わっているのかな……?
たぶん普通は好きな人と同じクラスになったら嬉しく思うのだと思う。
でも私の場合は全く逆。
嬉しく思うどころか『うわぁ~、どうしよう』という気持ちになってしまう。
好きな人と同じクラスだと当然同じ教室にいるわけだから、私の場合は緊張し過ぎるあまりとんでもない疲労感に襲われる。
私は好きな人を目の前にすると距離を置いてしまう傾向にある。
きっと普通は好きな人と仲良くなりたいから、少しでもその人と距離を縮めるために話しかけたりその人の近くに行ったりするのだろう。
でも私の場合は、みんながしていることとは全く逆の態度をとってしまう。
『離れる』・『避ける』・『突き放した態度をとる』……。
このような態度を好きな人にとってしまう。
……私……本当にダメだな……。
そして、そんなことを思っているうちに、今日という一日が過ぎていった……。
君の元カノ
疲れ果てた新学期の翌日。
今は昼休み。
私は耀子と屋上で昼ごはんを食べている。
そこは春のやさしくあたたかな風が包み込む幸せを感じる空間。
そんな幸せを感じる空間で昼ごはんを食べているとき……。
「ねえ、遥稀」
「うん?」
「そういえば、松尾さ」
……え……? 松尾……?
「松尾がどうしたの?」
「あいつ二年のときに付き合ってた彼女いたでしょ」
「そうだね」
松尾の彼女……。
松尾に彼女がいるということは同じ学年では少し有名な話だ。
松尾はイケメンで人気者。
松尾の彼女もとてもきれいな人で、他の男子たちの憧れの的。
そんな松尾とその彼女は二年生のとき同じクラスだった。
同じクラスということもあって、松尾とその彼女は、よく話をしていたらしい。
そして、よく話しているうちに、だんだんと仲良くなって……。
松尾と彼女の大物カップルが誕生した。
すぐにそのことは同じ学年のほとんどの人たちに広まった。
同じ学年のほとんどの人たちに広まったということは……。
松尾や彼女と違うクラスだった私の耳にも嫌でも入ってきた。
松尾に彼女ができた。
そのことを知った私は……。
……ダメだ……そのときの気持ちを思い出したくない……。
あんな気持ちは……。
「それで松尾と彼女、別れてたって知ってた?」
……え……?
松尾と彼女が……?
それは……。
「……知らなかった……」
松尾と彼女が別れたなんて……。
それは、ものすごく驚いた。
なぜなら。
周りから聞こえてくる話だと、松尾と彼女はとても仲が良かったって……。
だから……だから、あの二人はこれからもずっとずっと恋人関係が続くのかなって……。
本当はそんなこと思いたくなかったけれど、そう思っていた。
そう思うしかないくらい、それだけあの二人はとても仲が良いと耳にしていたから。
それなのに……。
あの二人に何があったのだろう。
……って。
私には全く関係がないことじゃない。
あの二人が別れようがなんだろうが……。
「でね、私、思うんだけど……」
……?
耀子?
思うって、なにを?
「松尾ってさ、あんたのこと好きなんじゃない?」
……っ⁉ えっ……⁉
よっ……耀子っ⁉
いきなり何を言って……‼
「遥稀?」
「…………」
私は耀子のとんでもない言葉に驚き過ぎて声が出なかった。
「……遥稀? ちょっと大丈夫?」
「……え……」
私はようやく少しだけ声を出すことができた。
「なんか固まってるみたいだから」
それは耀子が変なことをいうから‼
……でも。
「……そっ……そんなことないよ」
私は耀子にそう思いながらも、そういう返答をした。
のだけど。
本当は耀子の言葉にものすごく動揺している。
でも、そのことを耀子に隠したくて必死に『そんなことないよ』と言った。
そう言ったけれど、ちゃんと耀子に隠し切れたかどうかはわからない。
わからないけれど、隠し切れているといいなと思った。
のだけど。
「そう?」
やっぱり。
少しだけ引っかかったように訊いた、耀子。
私の必死の隠しは見破られそう……?
でも。
「……そうなんだけど……耀子……」
そこは強引に切り抜けるっ。
「うん?」
「なんなの? 今の発言は」
「今の発言?」
「……だから……その……松尾が……私のことを……っていう発言……」
「あー……」
『あー』って、耀子‼
「……なんで……なんで……そういう発想に……」
どうして、耀子。
「だって昨日から松尾、あんたのこと『遥稀』って呼ぶようになった」
「……え……?」
「今までは『衣川』だったのに、昨日から急に『遥稀』と呼ぶようになったからさ」
あー、そういうこと。
耀子がそういう発想をしたのは。
松尾が私のことを今まで呼んでいた『衣川』じゃなくて『遥稀』と呼ぶようになったから。
それで耀子は思ったんだ、松尾は私のことを……って。
でも。
でも、それは違うと思う。
それは、ただ……。
「それは、たまたま……」
そう、たまたま。
松尾が私のことを『遥稀』って呼ぶようになったのは、たまたまで特に意味はない。
たまたま私を『遥稀』と呼ぶようになっただけ。