「じゃ、じゃあ、こんなところにいたらダメじゃん! 部活は?」
「今日は休み。雨だから」
「あ、そっか」

 でも碧人は昨日も、わたしのところに来た。授業中だったはずなのに。

 わたしは碧人の背中を見ながら、バス通りを歩く。
 このあたりまで来ると、碧人との思い出の場所が増えてくる。

 小学生のころ、ふたりで本を借りに行った図書館。
 お母さんにおつかいを頼まれて、碧人につきあってもらったスーパー。
 一緒に遊んだ公園。通った塾。小学校や中学校への通学路。

 わたしたちはいつも一緒だった。

 碧人の傘が止まる。気づけばもう、わたしの家の前まで来ていた。
 去年まで、碧人も暮らしていたマンションだ。

「碧人?」

 傘を少し揺らして、碧人の横顔を見る。
 碧人は雨に濡れるマンションを、黙って見上げていた。

 その顔はなんだか泣いているみたいに見えて……

「碧人」

 わたしが呼んだら、碧人はハッとしたように視線をおろして、わたしに言った。

「じゃあな」

 そして濡れた歩道を踏みつけるようにして、あっという間に去っていった。

「なんなの……」

 わたしは花柄の傘をさしたまま、その場に立ちつくす。
 車道を走る車の音と、傘を叩く雨の音が混じりあう。

「なんなのよ……もう……」

 なぜだか昨日聞いた、碧人の声がよみがえってきた。

『夏瑚にはもう、おれしかいないのに……』

 ローファーに雨水がじわじわと染みこんでいく。

 わたしにはもう……碧人しかいない……

 スマホを取りだし、グループトークの画面を見る。
 いくつも続くわたしのメッセージに、すべてついている既読1の文字。

 わたしはスマホの電源を切ると、曲がった足をひきずるようにして、マンションのなかに入っていった。