「どうして学校に行かず、
 男子3人集まってるの? 決起集会?」

「物騒な! さっきの当てつけですか。」

「今の所その予定はありませんぜ。
 亜光は知らんが。」

「今後もそんな予定はないよ。」

両手でごまをすり芝居がかった喋りをする貴桜に、
イサムは黙るように脇腹を肘でつついた。

「ウチは男子が肩身ぃ狭いもんだから、
 教室入る前に集まろうって決めたんです。」

「たしかに。
 女子ばかりだものね。ウチの学校。」

イサムの通う桜咲(おうしょう)高校は
元女子校をモデルにした学校で、
男子生徒は各クラスに1割ほどしかいない。

この高校への進学をイサム自身が
選んだわけではないが、ふたりのおかげで
なんとか通い続けているのが現状だった。

「ところで御令嬢。
 チ…モジャ…八種って女子から嫌われてんの?
 嫌われておりまするか?」

「2回も言い直すな。」

「そうなの?」

「どうして当の本人に聞くんですか。
 そんな感じですけど。」

避けられている心当たりはあるものの、
明確に嫌われていると断言はできない。

女子から直接言われたわけでもないが、
女子であるマオに尋ねられたところで
女子ではない当の本人には判断不可能だ。

「亜光教師はどう見てんの?
 手芸部ルートでなんか知ってんだろ。」

「うむ。」

メガネをかけ直す仕草をしてから腕を組む。

その怠惰の象徴の如き見かけによらず、
部活動には精力的で、クラスの女子たちと
唯一会話ができる頼もしい男子でもある。

「これは噂話だが、八種にはなぁ。
 『有事協定』ってのがあってだな。」

「物騒な名前ね。」

決起集会と言ったマオに対する
お返しの当てつけかと思われたが、
亜光は首を横に振った。

「有事ってぇと…武力介入とかの?」

「その通りだ。
 八種はこっちでも有名人だからな。」

「そうなのか?」

「知らんのか。貴桜はドラマ見ないのかよ。」

「知らん。スポーツしか見んからな。」

「ドラマ出てたのは小学生のときだけだよ。」

普段とは違う奇異の目で見られると
居心地が悪い。

マオが〈個人端末(フリップ)〉で保管(アーカイブ)された
動画を掘り当て貴桜らに見せた。

細い黒髪がまっすぐに伸びた幼顔の男の子が、
真っ白な服で青々と茂る草原を走り回る広告動画。

『毎日ハム()む、オオヤケ屋のハム。』

ナレーションする子どもが
ハムを手に満面の笑みを見せた。

「これこれ、懐かしい。」

「全然違うじゃねえか。誰だよこれ。」

「子供の頃はこうだったんだよ。」

貴桜に『これ』と指さされて反駁(はんばく)した。

モジャと呼ばれる現在とはまるで異なり、
幼い頃のイサムは直毛で髪質は細かった。

今の頭を貴桜によって上から両手でかき乱された。

「歌手活動もやってたんだぜ。」

「歌手ぅ?」

「口パク担当のセンターだそうだ。」

「なんだそりゃ。」

「踊りながら歌うってなんか難しいんだよ。」

「運動神経鈍いもんな。」

「デブちんが言うか、それ。」

「あーあ、元野球部は運動できるからって
 偉そうだから困る。」

「なんでふたりとも
 そんなことで喧嘩してるの。」

「歌手活動後にまもなく芸能界引退。って。」

マオが検索情報を眺めて補足した。

「当時はすごい美男子ってことで
 話題になったぐらいだ。」

「そりゃ羨ましいぜ。このモジャ助が?
 顔の作りだけはいいもんなぁ。」

盛り上がるふたりに深くため息をついたイサムは
その場でしゃがみ込んでしまった。

「あれ、なんかまずかった?」

「そう落ち込むなって。
 世事に疎いノッポも、八種のことは
 馬鹿になんてしてないぜ。」

「モジャ公とは似ても似つかないしな。
 それで有事なんとかと関係あんのか?」

「『有事協定』。」

「この頃はユージって芸名だったんだ。
 有名な芸能人の次男坊ってことで…。」

「さっそく話が逸れてねぇか? 亜光教師。」

「悪い癖だ。」

「むぅ。まあ聞けって。
 その有名人がウチに入学したってんで、
 女子の先輩方がまぁ大騒ぎしてなぁ。
 あの『ユージくん』にみだりに話しかけんのを、
 クラスの生徒に規制したんだと。
 校則を盾にして。」

「校則。不健全的行為。不純異性交遊の禁止。」

「面倒な学校があったもんだ。
 黙って付き合えば問題ないだろ。
 俺ならそうする。」

貴桜は自らも生徒であるものの、
他人事のように言ってのける。

「じゃ嫌われているわけじゃないんだな。
 よかったな。」

「よくはないよ。
 なにかあれば亜光経由しなきゃいけないし。」

「俺も面倒だけどな。」

「それなら代わってやりたいわ。」

「余計嫌われるぞ。」

「俺は嫌われてねえ!」

「ほらいくぞ。」

亜光がイサムの背中を平手で叩いて
4人は学校へと向かう。

公園からは目と鼻の先である。

――――――――――――――――――――

「てかさぁ。海神宮(わたつみのみや)さんは
 こうやってモジャモジャと話しても
 大丈夫なのか?」

「どうして?」

「えぇ…。」

これまでの話の流れを汲まず
超然とする彼女の態度にイサムの方が驚く。

「『有事協定』の話しましたよね。俺。」

「やっかまれちゃうよ。」

「それなら大丈夫。
 私のが強いから。」

海神宮(わたつみのみや)家の御令嬢を相手に、
敵う相手がいるはずもない。

「それに。」

彼女が振り向くとメイド服を着た
機械人形の〈キュベレー〉がまだ付いてきている。

車を持ち上げる怪力の持ち主に、
真っ向勝負など無謀と呼ぶに等しい。

3つの目を持つメイドから
イサムはすぐに顔を背けた。

「まあ八種はともかく。
 貴桜は嫌われてるんじゃないかな。」

「冗談だろ? どうなの御令嬢?」

身の潔白を訴える貴桜だったが、
マオは無言の返事で彼に応じた。

実際、逆だった髪の長身男に
進んで話しかける女子は多くない。

「嘘だろ…。こんなにキメてるってのに…。」

「キメてるつもりだったんだ、それ。」

「追い打ちをかけんじゃないよ。」

仕返しとばかり発言したイサムだが、
亜光にたしなめられて、下駄箱を明けた。

下駄を入れる箱ではないのだが、
今朝カフェでみた転府のドラマの影響で
いつからか靴箱は下駄箱と呼ばれた。

「わっ!」

開けた下駄箱から大量の紙が足元に落ちてきて
イサムは後ずさりする。

「封筒。」

「請求書か?」

「貧しさのあまり
 ついに借金に手を出したのか。」

「知らないよ。なにこれ。」

「今どきアナログの手紙なんて。
 とりあえずそれに入れたら?」

亜光のお土産の入った手提げ袋に、
下駄箱からあふれた封筒を詰め込んだ。

「これがファンレターってやつか。伝説の。」

貴桜が個性的でカラフルな便箋の山からひとつ
手にとってその存在をいぶかしむ。

「それこそ古風がすぎるってもんだ。
 無闇やたらと開けないほうがいいぞ、八種。」

亜光の言葉にイサムはなんだか怖くなり、
頭痛を覚えてまた眉間にシワを寄せた。