「お義兄(にい)さん離婚するって。」

「あぁ、そうなんですか。」

「淡白ねぇ。
 わたしの父親といい、
 イサムのお母さんといい。
 ウチの家系ってどうしてそうかね。」

姉の強引な行動によって、イサムは
亜光と貴桜とそのまま校門で別れた。

そしてマオの送迎用の車に
(今回はハルカに)押し込まれ、
ハルカが指定した場所へと向かっている。

イサムに選択権は与えられなかった。

「家系というのは?」

「教えてないの?」

座席の真ん中に座るハルカが、面倒な説明を
イサムに押し付けるかのように詰め寄った。

実際に説明は難しく、イサムは頭をひねった。

「えーっと、ハルカさんは…
 アレってなんて言うんですか?
 隠し子?」

「私生児ね。
 イサムの父親が不倫してたのを隠してて、
 そんでわたしを娘だと認めてないの。」

「ということです。」

「省略しない。」

「えぇ…。僕は僕で、
 母親の不倫で産まれたんで、実のところ
 ハルカさんとは血が繋がってないんです。」

「そうなんだ。似てないと思った。
 髪型はそっくりですけど。」

「興味なかった?
 動物園でイサムはどうだった?
 ちゃんとエスコートした?」

「デートじゃありませんよ。」

「吐いてました。」

「あっ。」

「やったのかー。」

ばつの悪そうにするイサムに、
こんなとき、ハルカは責めようとはしない。

彼女はマオと向き合うと深々と頭を下げた。

「色々とご迷惑をおかけしております。」

「いえ、お気になさらず。2度目ですし。」

「そうなの?」

「え? あー…。そういえば。」

動物園よりも以前に、
駐車場で吐いて倒れていた場面を見られていた。

その後にも謹慎に至った事件もあるので、
多大に迷惑をかけたと自覚はしている。

「複雑な事情をお抱えしていることは察します。
 おふたりは非血縁者なんでしょうけれど、
 ハルカさんはどうして八種…イサムくんを?」

姉が顔をうかがうが、
イサムはうなずくだけで黙った。

説明を求められたところで、
実のところ詳しくはなかったせいもある。

「さっきも言った通り、ちょっと変でね。
 イサムも知らないでしょうから教えるか。
 お義兄(にい)さんが産まれていまは26歳かな。
 あ、違う。孕んだから結婚したらしい。」

「そうなんだ。また下世話な話ですね。」

父親は俳優、母親は舞台女優の結婚だった。

「最初から無計画なんだよ。あの人たち。
 6年後に、父親の不貞でわたしが産まれて、
 その5年後、今度はイサムの母親が不貞。」

「あのダンサーだ。」

「そう。『YNG』の振付師ね。
 頭が緩いのか、股が緩いのか、両方か。」

ハルカは大きくうなずき、(あき)れながら半笑いする。

「おふたりはずっと前からお知り合い?
 イサムくんの保護者となったと
 話には聞きましたが。」

「それは一昨年(おととし)くらい?」

「だね。
 でもわたしはもっと前から知ってたわよ。
 『毎日ハム食むー。』で名府の事務所に
 入ったもの。」

イサムが昔出演した広告動画を
ハルカが見事にマネした。

「似てますね。」

「やめてください。」

「でしょ? でしょー。
 イサムは3歳のときからデビューで
 この業界わたしより9年も先輩なのよね。」

初めて見る姉のやった自分のモノマネに、
イサムは顔を覆って羞恥(しゅうち)に耐えるしかなかった。

できれば見た記憶さえ消してしまいたかった。

「わたしが18のときにイサムの…じゃなかった
 わたしの父親に確認したら認めてね。
 公表には至らなかったけど。
 で、イサムの両親が離婚ってことになったし、
 お義兄(にい)さんの不倫騒動もこのとき、一家大混乱。
 そんでイサムが孤立したからっていう理由で、
 どさくさ紛れで引き取ることにしたの。
 それが一昨年。」

「ハルカさんは一昨年の卒業生。」

「どう? どう?
 まだ学生で通ると思わない?」

「同じ花瓶でも華がよいと、
 花瓶も際立ちますね。」

「ははっ。お上手ね。マオちゃんだって、
 わたしに劣るとも勝らないくらい綺麗よ。
 イサム聞いた? あれが褒め言葉。」

「いたいんですけど。
 ちゃんと聞こえてますよ。
 なんですか、劣るとも勝らないって。
 負けず嫌いなんだから…。」

隣のハルカに全体重を押し付けられて、
イサムはドアとの間に挟まれる。

しかし、イサムはあることに気づき、
神妙な顔つきでハルカの顔を見つめた。

「どした?」

「ハルカさん痩せた?」

姉と一緒に暮らしたのはわずか1年余りだが、
離れて過ごすと微かな違いが
いまのイサムには不思議とよくわかった。

「イサムに体の心配をされたくはないわね。
 お姉ちゃんもお年頃なので気にするんだよ。
 イサムこそ少しくらい背は伸びた?
 ぶらさがり健康器使ってる?」

「伸びてませんね。」

イサムがなにか言うよりも先に、
マオに断言されてしまった。

彼女の言う通りこの3ヶ月身長は伸びない。

ぶらさがり健康器は随分前から使っていない。
いまでは制服かけに重宝しており、動物園で
マオが買ったシャツもそこに挟まっている。

ハルカの笑い声を耳にしながら車窓を眺めると、
街中に回転する建造物が目の前に飛び込んできた。

「なにこれ…?」

「あ、着いたね。
 わたしの第2のふるさと。」

そこは学校から車で15分程の繁華街で、
目の前には巨大な観覧車が屹立(きつりつ)していた。

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黒色の巨大な支柱に支えられた観覧車。
ゴンドラの最高頂は100(メートル)にも達する。

繁華街の中央にある公園の真ん中に建ち、
名府、名桜(めいおう)市のデートスポットにもなっている。

周囲には服屋、飲食店、家具屋から劇場、
それから〈3S〉などが充実し、
客層は老若男女を問わない。

平日の夕方にも関わらず賑わいを見せる。

イサムも名桜(めいおう)市に越して3ヶ月にもなるが、
繁華街にまで出かけることは初めてであった。

「こっちよ。」

周囲を見渡し呆然(ぼうぜん)としていたイサムは、
ハルカに手を取られて近くの〈3S〉まで来た。

「いやいや…。」

公園の隅にポツンと立つ〈3S〉。

16歳になれば誰でも〈3S〉で
容姿や肉体を変更した〈ニース〉になれる。

制約によって16歳未満が入れない施設に、
思わずイサムはハルカの手を拒んだ。

「なに照れてるの?」

「僕まだ15ですよ。」

「知ってるわよ、そのくらい。
 じゃあ、マオちゃん。一緒に行こ。」

「はい。」

「迷惑をかけないでください。」

「素直にお姉ちゃんと手を繋げないからって
 やっかまないでよ。ねぇ?」

「それなら私と手を繋ぎますか? ふふ。」

「ははは。
 ここは〈3S〉じゃないわよ。」

「え?」

外見は明らかに〈3S〉にそっくりの構造物だが
出入り口は真っ黒に塗装された扉になっている。

『修理中』の立て札が偽装された扉の中には、
地下へと向かう階段が存在していた。

「服屋じゃないのは確かね。」

「えぇ…と。
 服を買いに来たんじゃなかったんですか?」

「服なんていつでもどこでも買えるじゃない。
 それにマオちゃんいるのに、
 イサムの服買うのに付き合わせても
 つまんないでしょ?」

「ここは、なんですか?」

「わたしも詳しくは知らないけど。
 みんなはここを『非合法地帯』って呼んでる。」

静まり返るふたりの反応を見て、
ハルカは口角を上げて肩で笑った。