来園客は機械動物や〈3S〉で再現された
動物の頭をひと通り楽しむと、元に戻したり
オオカミやキツネなどの人気動物に頭を変更する。
マオはともかく、16歳未満のイサムや
年下のナノ、ゲルダが動物園に来たところで
当然ながら〈3S〉を利用できない。
ふたつ目のエリアに向かうと、
カップルや親子連れが増える。
円形にお店が並び、中央には噴水と
小型の機械動物を触れられる場所があり、
人だかりができている。
動物を展示するひとつ目のエリアの次は、
複数の店が並ぶショッピングモールだった。
動物の柄が入った服やシカなどの被り物、
カメの甲羅の形をしたバッグ、
デフォルメされたぬいぐるみが売られている。
動物頭にした〈ニース〉が、買い物袋を
ツノにさげて運んでいる光景をよく見かけた。
ナノとゲルダが服に目移りして立ち寄ると
イサムに似合う服を探し始めた。
渡されたのはヒョウ柄やクサリヘビ柄など、
奇抜で不釣り合いなシャツだった。
「似合う似合うー。」
「カッコいいよ、ユズ。」
「八種くんはそういうの似合うのね。」
「海神宮さんまで乗って来ないでくださいよ。」
3人は仲良くイサムをもてあそぶ。
服のセンスに関してイサムは、
不満を言えた立場ではなかった。
荷物が増えることを懸念して
買い物は後回しに、3つ目のエリアに進む。
――――――――――――――――――――
3つ目のエリアに入ると露骨なほど人は減る。
ショッピングモールより奥は屋根付きの通路で、
展示によって扇状に枝分かれする。
通路の壁面には〈人類崩壊〉以前に記録された
動物の映像が映し出される。
『歴史通路』と呼ばれるこのエリアは、
動物と人間の歴史を学ぶ為の
教育向けの施設となっている。
そのため、学生服姿の来園客もいた。
奥へ行くほど迷路のように入り組むが、
案内表示は天井に施されていて、
入り口もひとつなのでまず迷いはしない。
「イヌっていっぱいいるのね。」
ナノが通路の壁面が埋まるほど貼られた
イヌの写真を天井近くまで眺めて口を開けた。
「1000種類だって。」
「そんなにいっぱい?
なにする生き物なの?」
「元は人間の狩猟の手伝いをする為に、
オオカミから飼いならされた最初の家畜よ。」
「家畜…?」
「人間が生活する上での…そうね、
いまで言う〈キュベレー〉のような
パートナーと例えれば聞こえはいいかしら。
品種改良の結果ね。狩猟から始まって、
賢い個体に他の家畜の見張りをさせたり、
体の大きな種なら荷物を運ばせられる。
警戒心があるから家の警備に広く使われ、
やがて愛玩動物に変わったわ。
増やしてさらに小型化すると商品になる。
貴重価値を高めれば所持品みたいに
個人のステータスに変化する。
結果、自然では生きられなくなったわ。」
「マオさん詳しいですね。」
マオの言う通り、展示された
入り口近くの動物には
改良という単語が頻出する。
展示の入り口はイヌに始まり、
食料などを食い荒らすネズミを
駆除するためのネコに続く。
ネコもまた愛玩動物として品種改良がなされ、
毛のない種類まで作られた。
イノシシはネコと同じように濃い体毛を失い、
ブタとして畜産がはじまり食肉に。
ニワトリは食肉の生産性を高めるために
ブロイラーへと改良された。
人との生活に長く関わっていた家畜だが、
環境変化に伴い絶滅に瀕した人類は
〈NYS〉によって危機を脱したものの、
ここに掲載された全ての動物は
種の保存が間に合わなかった。
展示の入り口からは食料となった家畜、
人間の生活を支えたウマなどの使役動物、
農作物を荒らす害獣や生命を脅かす肉食獣、
実験を目的とした動物など多岐にわたる。
さらに鳥類、水生生物、爬虫類と昆虫類、
寄生虫、菌など…展示の通路は奥へ行くほど
複雑になる。
全てを見るには何十年もかかりそうな、
地味に大掛かりな仕組みの施設だ。
「ほら、ふたりともあれ。」
「なんですか?」
「ちょっとなに見せてるの!」
「なにって、ボノボ。」
「わぁ、これ本当にオス同士なんだ。」
「こんなの見てたら、
アタシたちのイメージが崩れるでしょ!」
「同性同士なんて、人類の歴史よりも
以前からある自然的な行為よ。」
「そうは言っても…!」
突然マオによる女子向け一般教養が始まり、
3人仲良く映像を見て盛り上がる姿を
イサムは黙って遠くから眺める。
密かに危機感を抱いたので、
こうした場合は関わらない越したことはない。
亜光はよく妹と来園しては回るらしく、
『ストーカー』などの語源というムダ知識を
ここで仕入れてくるようだ。
「なんかこれぐるぐるしてるよ。」
ゲルダが映像を眺めてイサムに呼びかけた。
それは土色の体毛をしたタヌキの映像だった。
小さな部屋の隅に設けられた
小さな人工の水たまりをずっと歩き回る、
小さな1匹のタヌキを不思議そうに見つめる。
「常同行動…って
環境ストレスだって。」
ナノが解説を読み上げた。
「ヒトが種の保存を名目に押し込んだものね。
この動物は頭数が多くヒトの役には立たない。
希少性や有用性など優先度が極めて低いから、
劣悪な環境でも耐えられると思ったんでしょう。
あとは記録を取得して、
寿命で尽きるまで観察するだけ。」
「ひどい…。」
「動物の種を守る目的が、
いつの間にかすり替わったのよ。」
「そういうものなんですか?」
「よくある話よ。
ここで見たでしょ、機械動物。
ヒトと共存、共栄できなかった動物が、
あの見世物。」
動物の動画は大量に残っているが、
いずれも〈人類崩壊〉以前のものだ。
プロがカメラで撮ったものから
定点カメラ、素人の撮影によるものまで。
過去の動画は誰にでも解放されている。
この『歴史通路』で展示されている動画は、
野生の生態を観察して編集されたものの他に、
解説には〈人類崩壊〉以前の記録として
種の最後を撮影した動画であると記述されていた。
「伝承ではタヌキはヒトに化けたそうね。」
眉唾なつぶやきをしたマオが、
なにか言いたげに見つめている。
「なんですか?」
「それにこの子は八種くんに似てるわね。」
「似てませんよ。いやどこが似てるんですか。」
「小さいとこ?」
「それなんにでも当てはまりますよ。
いや、僕はこんな小さくないです。」
マオの言いがかりに近い指摘に、イサムは
否定にさらなる否定を重ねて抗議した。
――――――――――――――――――――
「ユージ! ちょっとこっち来て。」
ナノが通路の奥で手招きをする。
呼ばれたイサムは彼女の後についていく。
マオも奥へと進もうとしたところを、
ゲルダに腕を掴まれた。
「なに?」
「マオさんって、
ユズとどういう関係なんですか?」
ゲルダが真剣な眼差しをマオに向けた。
そっくりの質問をマオは少し前に、
イサムにしていたことを思い出す。
ナノが見ていた映像は、タヌキによく似た
縞々の尾を持つ動物だった。
「さっきと似たような動物だ。」
「ユージ。あのね…。」
ナノは急に声のトーンを落として、
向き合ったイサムの両手を強く掴んだ。
「ユージ、アタシたちと
もう一度『YNG』やらない?」
動物の頭をひと通り楽しむと、元に戻したり
オオカミやキツネなどの人気動物に頭を変更する。
マオはともかく、16歳未満のイサムや
年下のナノ、ゲルダが動物園に来たところで
当然ながら〈3S〉を利用できない。
ふたつ目のエリアに向かうと、
カップルや親子連れが増える。
円形にお店が並び、中央には噴水と
小型の機械動物を触れられる場所があり、
人だかりができている。
動物を展示するひとつ目のエリアの次は、
複数の店が並ぶショッピングモールだった。
動物の柄が入った服やシカなどの被り物、
カメの甲羅の形をしたバッグ、
デフォルメされたぬいぐるみが売られている。
動物頭にした〈ニース〉が、買い物袋を
ツノにさげて運んでいる光景をよく見かけた。
ナノとゲルダが服に目移りして立ち寄ると
イサムに似合う服を探し始めた。
渡されたのはヒョウ柄やクサリヘビ柄など、
奇抜で不釣り合いなシャツだった。
「似合う似合うー。」
「カッコいいよ、ユズ。」
「八種くんはそういうの似合うのね。」
「海神宮さんまで乗って来ないでくださいよ。」
3人は仲良くイサムをもてあそぶ。
服のセンスに関してイサムは、
不満を言えた立場ではなかった。
荷物が増えることを懸念して
買い物は後回しに、3つ目のエリアに進む。
――――――――――――――――――――
3つ目のエリアに入ると露骨なほど人は減る。
ショッピングモールより奥は屋根付きの通路で、
展示によって扇状に枝分かれする。
通路の壁面には〈人類崩壊〉以前に記録された
動物の映像が映し出される。
『歴史通路』と呼ばれるこのエリアは、
動物と人間の歴史を学ぶ為の
教育向けの施設となっている。
そのため、学生服姿の来園客もいた。
奥へ行くほど迷路のように入り組むが、
案内表示は天井に施されていて、
入り口もひとつなのでまず迷いはしない。
「イヌっていっぱいいるのね。」
ナノが通路の壁面が埋まるほど貼られた
イヌの写真を天井近くまで眺めて口を開けた。
「1000種類だって。」
「そんなにいっぱい?
なにする生き物なの?」
「元は人間の狩猟の手伝いをする為に、
オオカミから飼いならされた最初の家畜よ。」
「家畜…?」
「人間が生活する上での…そうね、
いまで言う〈キュベレー〉のような
パートナーと例えれば聞こえはいいかしら。
品種改良の結果ね。狩猟から始まって、
賢い個体に他の家畜の見張りをさせたり、
体の大きな種なら荷物を運ばせられる。
警戒心があるから家の警備に広く使われ、
やがて愛玩動物に変わったわ。
増やしてさらに小型化すると商品になる。
貴重価値を高めれば所持品みたいに
個人のステータスに変化する。
結果、自然では生きられなくなったわ。」
「マオさん詳しいですね。」
マオの言う通り、展示された
入り口近くの動物には
改良という単語が頻出する。
展示の入り口はイヌに始まり、
食料などを食い荒らすネズミを
駆除するためのネコに続く。
ネコもまた愛玩動物として品種改良がなされ、
毛のない種類まで作られた。
イノシシはネコと同じように濃い体毛を失い、
ブタとして畜産がはじまり食肉に。
ニワトリは食肉の生産性を高めるために
ブロイラーへと改良された。
人との生活に長く関わっていた家畜だが、
環境変化に伴い絶滅に瀕した人類は
〈NYS〉によって危機を脱したものの、
ここに掲載された全ての動物は
種の保存が間に合わなかった。
展示の入り口からは食料となった家畜、
人間の生活を支えたウマなどの使役動物、
農作物を荒らす害獣や生命を脅かす肉食獣、
実験を目的とした動物など多岐にわたる。
さらに鳥類、水生生物、爬虫類と昆虫類、
寄生虫、菌など…展示の通路は奥へ行くほど
複雑になる。
全てを見るには何十年もかかりそうな、
地味に大掛かりな仕組みの施設だ。
「ほら、ふたりともあれ。」
「なんですか?」
「ちょっとなに見せてるの!」
「なにって、ボノボ。」
「わぁ、これ本当にオス同士なんだ。」
「こんなの見てたら、
アタシたちのイメージが崩れるでしょ!」
「同性同士なんて、人類の歴史よりも
以前からある自然的な行為よ。」
「そうは言っても…!」
突然マオによる女子向け一般教養が始まり、
3人仲良く映像を見て盛り上がる姿を
イサムは黙って遠くから眺める。
密かに危機感を抱いたので、
こうした場合は関わらない越したことはない。
亜光はよく妹と来園しては回るらしく、
『ストーカー』などの語源というムダ知識を
ここで仕入れてくるようだ。
「なんかこれぐるぐるしてるよ。」
ゲルダが映像を眺めてイサムに呼びかけた。
それは土色の体毛をしたタヌキの映像だった。
小さな部屋の隅に設けられた
小さな人工の水たまりをずっと歩き回る、
小さな1匹のタヌキを不思議そうに見つめる。
「常同行動…って
環境ストレスだって。」
ナノが解説を読み上げた。
「ヒトが種の保存を名目に押し込んだものね。
この動物は頭数が多くヒトの役には立たない。
希少性や有用性など優先度が極めて低いから、
劣悪な環境でも耐えられると思ったんでしょう。
あとは記録を取得して、
寿命で尽きるまで観察するだけ。」
「ひどい…。」
「動物の種を守る目的が、
いつの間にかすり替わったのよ。」
「そういうものなんですか?」
「よくある話よ。
ここで見たでしょ、機械動物。
ヒトと共存、共栄できなかった動物が、
あの見世物。」
動物の動画は大量に残っているが、
いずれも〈人類崩壊〉以前のものだ。
プロがカメラで撮ったものから
定点カメラ、素人の撮影によるものまで。
過去の動画は誰にでも解放されている。
この『歴史通路』で展示されている動画は、
野生の生態を観察して編集されたものの他に、
解説には〈人類崩壊〉以前の記録として
種の最後を撮影した動画であると記述されていた。
「伝承ではタヌキはヒトに化けたそうね。」
眉唾なつぶやきをしたマオが、
なにか言いたげに見つめている。
「なんですか?」
「それにこの子は八種くんに似てるわね。」
「似てませんよ。いやどこが似てるんですか。」
「小さいとこ?」
「それなんにでも当てはまりますよ。
いや、僕はこんな小さくないです。」
マオの言いがかりに近い指摘に、イサムは
否定にさらなる否定を重ねて抗議した。
――――――――――――――――――――
「ユージ! ちょっとこっち来て。」
ナノが通路の奥で手招きをする。
呼ばれたイサムは彼女の後についていく。
マオも奥へと進もうとしたところを、
ゲルダに腕を掴まれた。
「なに?」
「マオさんって、
ユズとどういう関係なんですか?」
ゲルダが真剣な眼差しをマオに向けた。
そっくりの質問をマオは少し前に、
イサムにしていたことを思い出す。
ナノが見ていた映像は、タヌキによく似た
縞々の尾を持つ動物だった。
「さっきと似たような動物だ。」
「ユージ。あのね…。」
ナノは急に声のトーンを落として、
向き合ったイサムの両手を強く掴んだ。
「ユージ、アタシたちと
もう一度『YNG』やらない?」