私には家がない。身寄りもない。
手元にあるのは
イヌに劣るとも勝らない機械人形だけ。
途方に暮れても仕方がない。
まず〈ALM〉に依頼して家を建てて貰う。
転府の市民としては当然の権利を行使する。
住所不定の浮浪者であれば、
〈更生局〉に即日連行される。
それから私は両親を探す。
氏名。旧姓。年齢は40歳。独身。
近くにいた〈キュベレー〉から、
〈ALM〉の情報網を用いるので捜索は容易い。
結果を見て、私は両手で目を塞いだ。
得たい情報ではなかった。
その情報によって
自分がなにかを得られるわけではない。
失ったものが取り戻せるわけでもなかった。
深く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
家で新たに機械動物を組み立てる。
ストレスを軽減させるのはこれが一番だった。
小型の動物であれば半年程度で組み上がる。
時間はいくらでもある。
そう思っていた矢先に、
疎遠だった叔母からメッセージが届いた。
仰々しい文面の中身は、
「結婚して子供を作ったらどうだ?」
と単純明快なものだった。
母方の姉にあたる彼女は、
社会的な義務を果たした
自負心があったのかもしれない。
高校も卒業できない不出来な姪御に
社会の一員になれるように気配りをしたのか、
それとも自尊心を満たしたいお年頃なのか
意図を測りかねるが無下にもできない。
久々に鏡を見たが、赤土色の髪はボサボサで
自らの性別を放棄した容姿だったので笑った。
それも仕方がないことだ。
この顔を写真にして叔母に送りつければ、
お互いに折り合いがつくだろう。
結婚していない男女は年々増えている。
長い寿命の中で子をなし育てる時間よりも、
趣味に生きる時間のが多い。
〈人類崩壊〉から人口は全盛期まで回復した。
現人類はその役目を果たしたとも断言できる。
そうして性交は娯楽の一部に変わった。
叔母のような考えの人はもう稀かもしれない。
叔父のような人が普通とは思わないが、
結婚に対して拒否感を覚えたのは確かだ。
その上、この容姿だ。
鏡を見ても変な笑いが込み上がる。
この遺伝子を残すにしても相手は悪食が過ぎる。
叔母は「容姿よりも内面だ。」と
執拗にメッセージを送ってきた。
内容に反論する気もわかず、
その日はふて寝した。
内面よりも容姿だ。
それは叔父の末路を知っているからこその結論だ。
内面は容姿に比例する。
治療や整形を済ませたところで、
遺伝子まで変化して醜い親から
美しい子が生まれるはずもない。
また個人が持つ美醜の価値観よりも、
集団の美意識こそが遺伝子を大きく変化させる。
サルのメスに乳房や臀部が発達して
人になったのは、そうした根拠がある。
内面を重宝するというなら、
凶暴なイノシシから性格のおとなしい
ブタをつくるのと大して変わらない。
〈人類崩壊〉以前の家畜の世界だ。
「内面は容姿に比例する…。」
鏡を見て私は自分の言葉を繰り返した。
――――――――――――――――――――
叔母のメッセージを無視して
気がつけば10年が過ぎた。
結婚もせず、子供も産まず育てずだった。
日差しの眩しさに気づいてカーテンを開けた。
また徹夜をした。
シンクに置かれたコップに
入ったままの液体を口にして、
味のひどさにむせて吐き戻した。
外から差し込む光に、
舞い散る毛と埃が目に入る。
それに喉も痛い。
コップに入れた新しい水を口にする。
頭が朦朧としている。
何日目の徹夜だろうか。
眠気覚ましを手にして噛んだが、
効果のほどはわからなくなっていた。
空気の入れ替えついでに、
近くの公園まで散歩をした。
身体の重たさと気だるさで遠くまで歩けない。
それから長椅子に横たわって考え事をした。
家の中は毛玉で埋まって手狭になっている。
引っ越しか、はたまた別の趣味でも
探そうかとぼんやり考えていたときだった。
視界に見覚えのある姿を見た。
中年の男女が並んで道路を歩くのを目で追った。
談笑するふたりの背中を走って追いかける。
ひざ関節と心臓が悲鳴をあげている。
なにをやっているのか自分でもわからなかった。
これではまるでストーキングだ。
物陰に隠れて、ふたりの背中を追うと
涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。
未練がましい自分が情けなくなり足を止めた。
気恥ずかしさに、転府から
どこか遠くへ逃げ出したくなった。
いそいで家に帰り毛玉に顔を覆った。
自分が幼いままで、なにひとつ成長がない。
怒りと呆れの両方を感じて、またふさぎ込んだ。
結婚もせず、子供も産まず育てず。
自分がなにも残せず消えることが悔しかった。
叔母の言葉に反論できた気になっていた。
鏡の前に立っているのは、
ぶくぶくと膨れ上がった脂肪の塊。
怠惰な自分だった。
――――――――――――――――――――
暴飲暴食を控えた。
徹夜をやめて生活を改善した。
朝起きて、夜に寝る。
時間通り過ごす、当然の日常生活を送る。
健康状態に問題がなければ、寿命は伸びる。
鏡を見て、理想像を考え、自らを律した。
姿勢を正し、運動して、体型を整えた。
髪をとかし、化粧を覚え、服をこしらえた。
イノシシのような体中のムダ毛を抜いた。
他人との交流を増やし、会話をし、
話に変化をつけて和ませ、信頼を得る。
いくつかの失敗をして、修正を繰り返せば
そこから成功が生まれ、自信が身につく。
判断・行動・評価の繰り返し。
直接交渉を行い、自分の能力を売り込む。
多くの資金を集め、巨大な企画を立てた。
見合った商品は既に用意してある。
資金があればさらに巨大な商品が用意できた。
私の過去には大きなつまずきがあったが、
それを乗り越えて多くの人に支えられて
ここまで辿り着いたのだと感慨に浸る。
40歳になってようやく私は、自分を確立できた。
こうして私は転府に初めての
『動物園』を作り上げた。
ここから私は再び道を踏み外す。
手元にあるのは
イヌに劣るとも勝らない機械人形だけ。
途方に暮れても仕方がない。
まず〈ALM〉に依頼して家を建てて貰う。
転府の市民としては当然の権利を行使する。
住所不定の浮浪者であれば、
〈更生局〉に即日連行される。
それから私は両親を探す。
氏名。旧姓。年齢は40歳。独身。
近くにいた〈キュベレー〉から、
〈ALM〉の情報網を用いるので捜索は容易い。
結果を見て、私は両手で目を塞いだ。
得たい情報ではなかった。
その情報によって
自分がなにかを得られるわけではない。
失ったものが取り戻せるわけでもなかった。
深く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
家で新たに機械動物を組み立てる。
ストレスを軽減させるのはこれが一番だった。
小型の動物であれば半年程度で組み上がる。
時間はいくらでもある。
そう思っていた矢先に、
疎遠だった叔母からメッセージが届いた。
仰々しい文面の中身は、
「結婚して子供を作ったらどうだ?」
と単純明快なものだった。
母方の姉にあたる彼女は、
社会的な義務を果たした
自負心があったのかもしれない。
高校も卒業できない不出来な姪御に
社会の一員になれるように気配りをしたのか、
それとも自尊心を満たしたいお年頃なのか
意図を測りかねるが無下にもできない。
久々に鏡を見たが、赤土色の髪はボサボサで
自らの性別を放棄した容姿だったので笑った。
それも仕方がないことだ。
この顔を写真にして叔母に送りつければ、
お互いに折り合いがつくだろう。
結婚していない男女は年々増えている。
長い寿命の中で子をなし育てる時間よりも、
趣味に生きる時間のが多い。
〈人類崩壊〉から人口は全盛期まで回復した。
現人類はその役目を果たしたとも断言できる。
そうして性交は娯楽の一部に変わった。
叔母のような考えの人はもう稀かもしれない。
叔父のような人が普通とは思わないが、
結婚に対して拒否感を覚えたのは確かだ。
その上、この容姿だ。
鏡を見ても変な笑いが込み上がる。
この遺伝子を残すにしても相手は悪食が過ぎる。
叔母は「容姿よりも内面だ。」と
執拗にメッセージを送ってきた。
内容に反論する気もわかず、
その日はふて寝した。
内面よりも容姿だ。
それは叔父の末路を知っているからこその結論だ。
内面は容姿に比例する。
治療や整形を済ませたところで、
遺伝子まで変化して醜い親から
美しい子が生まれるはずもない。
また個人が持つ美醜の価値観よりも、
集団の美意識こそが遺伝子を大きく変化させる。
サルのメスに乳房や臀部が発達して
人になったのは、そうした根拠がある。
内面を重宝するというなら、
凶暴なイノシシから性格のおとなしい
ブタをつくるのと大して変わらない。
〈人類崩壊〉以前の家畜の世界だ。
「内面は容姿に比例する…。」
鏡を見て私は自分の言葉を繰り返した。
――――――――――――――――――――
叔母のメッセージを無視して
気がつけば10年が過ぎた。
結婚もせず、子供も産まず育てずだった。
日差しの眩しさに気づいてカーテンを開けた。
また徹夜をした。
シンクに置かれたコップに
入ったままの液体を口にして、
味のひどさにむせて吐き戻した。
外から差し込む光に、
舞い散る毛と埃が目に入る。
それに喉も痛い。
コップに入れた新しい水を口にする。
頭が朦朧としている。
何日目の徹夜だろうか。
眠気覚ましを手にして噛んだが、
効果のほどはわからなくなっていた。
空気の入れ替えついでに、
近くの公園まで散歩をした。
身体の重たさと気だるさで遠くまで歩けない。
それから長椅子に横たわって考え事をした。
家の中は毛玉で埋まって手狭になっている。
引っ越しか、はたまた別の趣味でも
探そうかとぼんやり考えていたときだった。
視界に見覚えのある姿を見た。
中年の男女が並んで道路を歩くのを目で追った。
談笑するふたりの背中を走って追いかける。
ひざ関節と心臓が悲鳴をあげている。
なにをやっているのか自分でもわからなかった。
これではまるでストーキングだ。
物陰に隠れて、ふたりの背中を追うと
涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。
未練がましい自分が情けなくなり足を止めた。
気恥ずかしさに、転府から
どこか遠くへ逃げ出したくなった。
いそいで家に帰り毛玉に顔を覆った。
自分が幼いままで、なにひとつ成長がない。
怒りと呆れの両方を感じて、またふさぎ込んだ。
結婚もせず、子供も産まず育てず。
自分がなにも残せず消えることが悔しかった。
叔母の言葉に反論できた気になっていた。
鏡の前に立っているのは、
ぶくぶくと膨れ上がった脂肪の塊。
怠惰な自分だった。
――――――――――――――――――――
暴飲暴食を控えた。
徹夜をやめて生活を改善した。
朝起きて、夜に寝る。
時間通り過ごす、当然の日常生活を送る。
健康状態に問題がなければ、寿命は伸びる。
鏡を見て、理想像を考え、自らを律した。
姿勢を正し、運動して、体型を整えた。
髪をとかし、化粧を覚え、服をこしらえた。
イノシシのような体中のムダ毛を抜いた。
他人との交流を増やし、会話をし、
話に変化をつけて和ませ、信頼を得る。
いくつかの失敗をして、修正を繰り返せば
そこから成功が生まれ、自信が身につく。
判断・行動・評価の繰り返し。
直接交渉を行い、自分の能力を売り込む。
多くの資金を集め、巨大な企画を立てた。
見合った商品は既に用意してある。
資金があればさらに巨大な商品が用意できた。
私の過去には大きなつまずきがあったが、
それを乗り越えて多くの人に支えられて
ここまで辿り着いたのだと感慨に浸る。
40歳になってようやく私は、自分を確立できた。
こうして私は転府に初めての
『動物園』を作り上げた。
ここから私は再び道を踏み外す。