「亜光は今日部活?
八種ん家行く?」
「なんで貴桜が仕切るんだよ。
んで、体調どう?
今日移住者はテストだろ。」
イサムは黙ってうなずいた。
昼休みに寝ていたおかげで
頭痛は治まったが、
頭を悩ませる原因は取り除けていない。
3年生の荒涼潤がイサムに交際を求め、
ライオン頭の一十圭が教室にまで
出迎えに来る予定になっている。
それから亜光の言う通り、
イサムには移住者のテストが控えていた。
口を開いたが、言葉を選び悩んだ挙げ句に
なにも言えずにいたところにマオと目があった。
彼女は鞄を持って帰る様子であったが、
口元が笑っていた。
「八種くん。
テスト終わったら帰ってもいいわよ。
嘘ついて呼び出した例の3年生の件は、
私から話しておくわ。」
「は?」
「なにが?」
「3年となんかあったん?」
「ふふ。」
マオはイサムと3年生の事情を知っており、
荒涼が自分に嘘とついたことを根に持っていた。
教室を出ていくマオを、男子3人のみならず、
残っていた女子全員の視線を背中に浴びる。
イサムは口を開けて呆けたまま、
目だけで亜光と貴桜の顔を見た。
――――――――――――――――――――
荒涼のいる3年の教室は3階にある。
長身に燃えるような赤い髪が、
教室に残っていた生徒らの注目を集めた。
教壇から室内を見回して、
座席を横に座って足を組む
ひとりの生徒を指差した。
蛍光ピンク髪の〈ニース〉。荒涼潤。
その隣にはライオン頭の一十圭が立つ。
「海神宮の…。」
周囲の女子生徒らがマオの姿にささやく。
海神宮家の御令嬢。
海神宮真央を知らない人間はいない。
「荒涼さん。
私に嘘をつきましたね。」
「あんたダレよ。
先輩に向かって勝手シャベって、
まずはアンタが名乗りな。」
「1年の海神宮真央です。
昼休みに教室で
貴女がブスロブスターと罵った相手です。」
「どこにんな証拠があんだよ?」
荒涼は年下であるマオに
指をさされ、見下されたことで
侮辱を受けて苛立ちをあらわにした。
「いいから。」
前に立とうとした一十を制止させる。
無礼な同性の年下に対して荒涼は、
躾のように命令し従える。
「ライオン頭は飾りかしら?
ここでは女子のが偉いのね。」
「ひとりで乗り込んできて、
あんた頭湧いてんじゃない?」
「貴女が事実を認めないのであれば、
〈更生局〉を通じて隔離も可能です。」
「脅してるつもり? 笑わせるわぁ。
それこそあんたが〈更生局〉行きじゃない。」
「脅しではありません、警告です。
貴女と冗談を交わすメリットがありません。」
「しつこい。あんた、〈更生局〉の
〈キュベレー〉でもなったつもり?
それとも自分の思い通りになんなきゃ
気が済まないワガママちゃん?」
荒涼はマオを睨んだが、
すました顔で少し目を反らして息をつく。
「私を〈キュベレー〉と呼ぶのは、
なかなか面白い冗談ですね。」
そうは言っても笑わないマオに、
荒涼はさらに苛立って立ち上がった。
「もう冗談は済みましたか?」
「ユージくん迎え行くから、そこどいて!」
謝罪を求めていたはずのマオであったが、
荒涼から頂いたのは平手の突き飛ばしだった。
胸を力強く押されバランスを失ったところに、
荒涼が足を引っかけて床に尻もちをつかせた。
扉に後頭部をぶつけて座るマオの姿を
見下ろして、気分が高揚した荒涼は笑った。
マオは彼女の行為の愚かさに呆気に取られ、
見上げながらしばたたくのであった。
「海神宮さん?」
イサムが現れたのは丁度そのときだった。
荒涼と目があった。
口元は笑っているが、怯えて見えた。
アタシじゃない、と目で訴える。
「ユージくん。会いに来てくれたんだぁ。
ジュンが迎えに行ったのにー。」
声音を高く変えて、甘えた演技で喋ると、
イサムの手首を抑える形で両手で握る。
だがイサムは握られるすんでのところで
荒涼の手を素早く振り払った。
「は? ちょっ、なに?
あ、照れちゃってる~。」
表情がころころと変わる。
彼女は演技が未熟だとイサムは思う。
「すみません。
あの、名前、覚えてませんけど、
僕はあなたと付き合うつもりありません。」
「はぁ? ジュンとの約束もう忘れたの?
今日家まで遊びに行くって言ったじゃん。」
高い声音を維持したまま苛立ちをあらわにし、
荒涼はイサムを言い聞かせようと
今度は足先を力強く踏みつけた。
だがそれよりも早くイサムは足を躱す。
「嘘の呼び出しで僕をダマすのは、
まあ…まだいいですが、姉の格好を
マネる人の、支配欲の道具に扱われるのは
気分がよくないです。」
思っていたことを口に出してみたが、
不満を溜め込んだままの気持ち悪さがまだ残る。
「ジュンの容姿がイヤなの?
そんなの〈3S〉で変えてあげるし。
どーいうのが好みなのか教えてよ。
アタシ言ったじゃん。
付き合うってそういうことでしょ。
道具扱いじゃないし、ワケわかんないし。
いいじゃん、1回ぐらい付き合っても。
お互いの相性の確認ってやつ?
元芸能人てそんなにお高く止まってるの?」
大げさな身振り手振りでまくしたてる荒涼に、
イサムは次の言葉を失った。
相手はイサムを見ていない。
まるで幻想を追っている。
教室から集まる視線が気持ち悪い。
視界が急激に暗くなり狭まる。
この教室で求められているものは、
みんなが知っている役者の『ユージ』だった。
自分なりに荒涼を拒絶しているつもりでも、
この舞台に『イサム』は存在しなかった。
荒涼の後ろでは巨木のように一十が立つ。
イサムはそれを見上げて生唾を飲み込んだ。
それから荒涼と向き合う。
胸元で腕を組んで睨みつけている。
無関係であるはずのマオがまた押し倒されたり、
これ以上の害が及ばない為に
なにか方法がないかを考えた。
処世術というやつを。
思い浮かんだのは後ろの彼女の顔だった。
それからイサムはため息を吐いた。
「はっきり言います。
僕は、あんたとセックスなんてしたくない!」
一瞬の静寂の後、吹き出したのはマオであった。
それに続いて教室に残った女子生徒たちも笑った。
侮辱を受けた荒涼は顔を紅潮させ、
イサムの頬を平手打ちしようとした瞬間、
割って入った一十の拳が鼻を打った。
荒涼を嘲笑していた女子生徒らはサッと静まり、
中には小さく悲鳴を上げる。
イサムは鼻の中を切り、
一滴、また一滴と鼻血を床にこぼす。
淡黄色の床に落ちる赤い血を見つめた。
八種ん家行く?」
「なんで貴桜が仕切るんだよ。
んで、体調どう?
今日移住者はテストだろ。」
イサムは黙ってうなずいた。
昼休みに寝ていたおかげで
頭痛は治まったが、
頭を悩ませる原因は取り除けていない。
3年生の荒涼潤がイサムに交際を求め、
ライオン頭の一十圭が教室にまで
出迎えに来る予定になっている。
それから亜光の言う通り、
イサムには移住者のテストが控えていた。
口を開いたが、言葉を選び悩んだ挙げ句に
なにも言えずにいたところにマオと目があった。
彼女は鞄を持って帰る様子であったが、
口元が笑っていた。
「八種くん。
テスト終わったら帰ってもいいわよ。
嘘ついて呼び出した例の3年生の件は、
私から話しておくわ。」
「は?」
「なにが?」
「3年となんかあったん?」
「ふふ。」
マオはイサムと3年生の事情を知っており、
荒涼が自分に嘘とついたことを根に持っていた。
教室を出ていくマオを、男子3人のみならず、
残っていた女子全員の視線を背中に浴びる。
イサムは口を開けて呆けたまま、
目だけで亜光と貴桜の顔を見た。
――――――――――――――――――――
荒涼のいる3年の教室は3階にある。
長身に燃えるような赤い髪が、
教室に残っていた生徒らの注目を集めた。
教壇から室内を見回して、
座席を横に座って足を組む
ひとりの生徒を指差した。
蛍光ピンク髪の〈ニース〉。荒涼潤。
その隣にはライオン頭の一十圭が立つ。
「海神宮の…。」
周囲の女子生徒らがマオの姿にささやく。
海神宮家の御令嬢。
海神宮真央を知らない人間はいない。
「荒涼さん。
私に嘘をつきましたね。」
「あんたダレよ。
先輩に向かって勝手シャベって、
まずはアンタが名乗りな。」
「1年の海神宮真央です。
昼休みに教室で
貴女がブスロブスターと罵った相手です。」
「どこにんな証拠があんだよ?」
荒涼は年下であるマオに
指をさされ、見下されたことで
侮辱を受けて苛立ちをあらわにした。
「いいから。」
前に立とうとした一十を制止させる。
無礼な同性の年下に対して荒涼は、
躾のように命令し従える。
「ライオン頭は飾りかしら?
ここでは女子のが偉いのね。」
「ひとりで乗り込んできて、
あんた頭湧いてんじゃない?」
「貴女が事実を認めないのであれば、
〈更生局〉を通じて隔離も可能です。」
「脅してるつもり? 笑わせるわぁ。
それこそあんたが〈更生局〉行きじゃない。」
「脅しではありません、警告です。
貴女と冗談を交わすメリットがありません。」
「しつこい。あんた、〈更生局〉の
〈キュベレー〉でもなったつもり?
それとも自分の思い通りになんなきゃ
気が済まないワガママちゃん?」
荒涼はマオを睨んだが、
すました顔で少し目を反らして息をつく。
「私を〈キュベレー〉と呼ぶのは、
なかなか面白い冗談ですね。」
そうは言っても笑わないマオに、
荒涼はさらに苛立って立ち上がった。
「もう冗談は済みましたか?」
「ユージくん迎え行くから、そこどいて!」
謝罪を求めていたはずのマオであったが、
荒涼から頂いたのは平手の突き飛ばしだった。
胸を力強く押されバランスを失ったところに、
荒涼が足を引っかけて床に尻もちをつかせた。
扉に後頭部をぶつけて座るマオの姿を
見下ろして、気分が高揚した荒涼は笑った。
マオは彼女の行為の愚かさに呆気に取られ、
見上げながらしばたたくのであった。
「海神宮さん?」
イサムが現れたのは丁度そのときだった。
荒涼と目があった。
口元は笑っているが、怯えて見えた。
アタシじゃない、と目で訴える。
「ユージくん。会いに来てくれたんだぁ。
ジュンが迎えに行ったのにー。」
声音を高く変えて、甘えた演技で喋ると、
イサムの手首を抑える形で両手で握る。
だがイサムは握られるすんでのところで
荒涼の手を素早く振り払った。
「は? ちょっ、なに?
あ、照れちゃってる~。」
表情がころころと変わる。
彼女は演技が未熟だとイサムは思う。
「すみません。
あの、名前、覚えてませんけど、
僕はあなたと付き合うつもりありません。」
「はぁ? ジュンとの約束もう忘れたの?
今日家まで遊びに行くって言ったじゃん。」
高い声音を維持したまま苛立ちをあらわにし、
荒涼はイサムを言い聞かせようと
今度は足先を力強く踏みつけた。
だがそれよりも早くイサムは足を躱す。
「嘘の呼び出しで僕をダマすのは、
まあ…まだいいですが、姉の格好を
マネる人の、支配欲の道具に扱われるのは
気分がよくないです。」
思っていたことを口に出してみたが、
不満を溜め込んだままの気持ち悪さがまだ残る。
「ジュンの容姿がイヤなの?
そんなの〈3S〉で変えてあげるし。
どーいうのが好みなのか教えてよ。
アタシ言ったじゃん。
付き合うってそういうことでしょ。
道具扱いじゃないし、ワケわかんないし。
いいじゃん、1回ぐらい付き合っても。
お互いの相性の確認ってやつ?
元芸能人てそんなにお高く止まってるの?」
大げさな身振り手振りでまくしたてる荒涼に、
イサムは次の言葉を失った。
相手はイサムを見ていない。
まるで幻想を追っている。
教室から集まる視線が気持ち悪い。
視界が急激に暗くなり狭まる。
この教室で求められているものは、
みんなが知っている役者の『ユージ』だった。
自分なりに荒涼を拒絶しているつもりでも、
この舞台に『イサム』は存在しなかった。
荒涼の後ろでは巨木のように一十が立つ。
イサムはそれを見上げて生唾を飲み込んだ。
それから荒涼と向き合う。
胸元で腕を組んで睨みつけている。
無関係であるはずのマオがまた押し倒されたり、
これ以上の害が及ばない為に
なにか方法がないかを考えた。
処世術というやつを。
思い浮かんだのは後ろの彼女の顔だった。
それからイサムはため息を吐いた。
「はっきり言います。
僕は、あんたとセックスなんてしたくない!」
一瞬の静寂の後、吹き出したのはマオであった。
それに続いて教室に残った女子生徒たちも笑った。
侮辱を受けた荒涼は顔を紅潮させ、
イサムの頬を平手打ちしようとした瞬間、
割って入った一十の拳が鼻を打った。
荒涼を嘲笑していた女子生徒らはサッと静まり、
中には小さく悲鳴を上げる。
イサムは鼻の中を切り、
一滴、また一滴と鼻血を床にこぼす。
淡黄色の床に落ちる赤い血を見つめた。