「っわ、センパイ、もしかして完成ですか?」

「勝手に見にくんなよ」

「ひどーい、センパイの引退を見届けられるのわたしだけですからねー?」

「ハイハイ、そりゃドーモ」

「…センパイ、今までの作品の中でこれが一番好きかもしれません」

「そりゃよかった」

「センパイが描く海も、青も、なんだか、夢みたいですね」

「どんな例えだよ」

「現実的なのに、なんかすごく、恋しいです」

「………、」



「センパイが見る海は、きっと誰よりも綺麗に見えてるんだろうなあ」





でっかいキャンバスに映されたあの景色を、目を輝かせながら唯一の後輩が眺めている。

恋しいなんて、生意気な感想をいただいたが、そこまで読み取ってくるのはこいつもやはり天才なのだろう、そう思った。





「もう戻ってこないからな」

「え?」

「もう二度と、海の絵は描かねえ」

「えー!もったいない!」




あの瞬間はどうにも残せなくても、
みてきたものは、ずっと形に残すことができる。



あの夏がもう来なくても、

ふたつ重なった海の景色だけは、きっと夢でも忘れないのだろう。