木曜日に先輩が一日ロングで働いて頑張る理由。
前に一度、幸せそうにそう話していたこと、わたしはあれから一度も忘れていない。
『木曜日は彼女が五限だから、帰りに迎え行くんだよね』
先輩のバイク。
ひとりで乗るには十分に大きいそれ。
椅子のところを開ければ、先輩のじゃないヘルメットが出てくるのを、わたしは知っている。
「…あー、」
そうえば俺、そんなことも朱莉ちゃんに話してたよね。
先輩の眉がきゅっとハの字に下がって、それから天井を仰いで、言葉を落とした。
「振られたんだよね」
「…え、」
「超最近、2週間くらい前に」
椅子を片足あげてぐっと後ろに倒れて、カタンと戻った先輩がわたしのほうを向いた。
「ほかに好きな人ができたって」
わざと明るくふるまっているようなその態度に、思わず心が苦しくなった。
「…ご、めんなさい、」
「なんで朱莉ちゃんが謝るの?」
無神経な質問をしたのはわたしだ。
いつだって、先輩は嬉しそうに彼女さんの話をしていて、それがいつもうらやましかった。
あんなに大切にされて、こんなにも幸せそうな先輩の横にいて、
どうしてほかに好きな人なんてできるのか、教えてほしい。
先輩のこと悲しませてるのはその女の人で、きっといまも先輩が見ているのはそのひとだけなんだって、思い知らされているようだった。