「──で、俺もバカなんだけどさ、行っちゃうんだよなあ」




わたしの部屋。

缶ビールとチューハイ、それからスーパーで買ってきたおつまみとお惣菜が何とも適当に並べられたテーブル。



まだ慣れない缶ビールをちまちまと飲み進めて、いい気分になって口がゆるくなる。

その缶がきみの片手でぺこ、と少しへこまされたら、はじまりだ。



今日もわたしの“お隣さん”は、わたしの部屋に押しかけてだらだらと今日もかなわない恋の話をする。





「また、行っちゃったんだ」

「そうなの、良いよ、バカって罵って」

「バーカ」

「はい、だいせーかい」



まるまると油断と隙を見せつけるようにへらへら笑う彼は、初めて出会ったときから可哀想な男だった。


一年前だった。


深夜2時半、アパートのエントランスで身を縮こませて丸まっていた、年の終わり。
スタジオ帰りのわたしを見て、土下座してきたのだ。




『カギ、開けてくれませんか』




セキュリティのしっかりしているアパートは、エントランスで鍵を開けないとはいれない。
鍵をバイト先に忘れたというその人は、寒そうに手を真っ赤に染めて、わたしに全力で頭を下げてきたのだ。



そして、目があった後に、あ、という顔をされる。



『お隣さん、ですよね』


彼──生田利樹とご近所づきあいが始まったのは、そう、この日だった。