「…俺、だわ」
「でなよ」
その着信音の相手がだれかは、もうなんとなくわかっていた。
画面を見たリキの顔が破顔する。
平和だった時間はあっという間に恋の魔物によって終わってしまう。
「もしもし、すず?」
『利樹、どこいるの…?』
スピーカーから漏れるそのかわいらしいハイトーンを初めて聴いた。
絞り出すような切なげな声、乱れる息遣いに、一気に熱が冷めていくのが分かった。
「どこ、って」
『利樹のインターホン鳴らしても、全然、出てきてくれないじゃん』
「え、うち、来てんの?」
『こんな時間に家にいないで、どこにいるの…!』
ヒステリックに泣き叫ぶ声。
思わず耳元からスマホを話したリキが、とたんに泣きそうな顔をする。
間に合わなかったと、また後悔するのだろうか。
それとも、彼女へ送るやさしさに、もう精いっぱいなのだろうか。
囚われているのはリキばかりだと思っていた。
抜け出せないのは、リキだけじゃないのだ。
この女の子は、ずっとリキのやさしさにとらわれているのだ。
依存した愛に勝てるものはないのだと、
改めて痛感した。