白虎が華を挟んで反対側に腰を下ろすと、朱雀はにこやかな顔をしている。瑛琉のときとは真逆な対応だ。
「わたしたちの母は北欧から嫁いできた姫君なんだよ。だからこのような髪と瞳の色をしているというわけだね」
「その通り。青龍や玄武とは、腹違いだがな」
四人の皇子たちの父親は皇帝だが、母親は後宮の妃嬪なのでそれぞれ異母兄弟であるといえる。だが朱雀と白虎のふたりは母も同じなのだ。嵐陵国の皇帝に嫁いできた北欧の姫君ということは、母親も王族の身分であることがうかがえる。
言われてみると、整った造形の美男子という点でふたりはよく似ていた。醸しだす雰囲気がまったく異なってはいるが。
すっと、朱雀は膝に置いた華の手の甲にてのひらを重ね合わせた。
すると、白虎もそれに呼応するかのように華の左手を握りしめる。
「華嵐妃はわたしと白虎、どちらの皇子が好みかな?」
「おれは両方とも好きという答えでもよいぞ。閨に三人で籠もろうではないか」
ふたりから熱烈に迫られて、華の背を冷や汗が伝い落ちる。
いつの間にか、選択肢が狭められている。皇子は四人いるはずなのだけれど。
視線をさまよわせていると、見かねた瑛琉が腰を上げた。
「おい。連携を取って華嵐妃を独占しようって魂胆なのはわかるけどな、こいつが困ってるから離してやれ」
瑛琉が華の腕を取ろうと伸ばした手を、即座に白虎は叩き落とした。
ばしり、と乾いた音が静かな東屋に響く。
「なんという不躾な輩だ。我々は貴様より上位の皇子である。邪魔をするな」
「ちょっと早く産まれただけだろ。なにが上位だ。さっさと手を離せと言ってんだよ」
ゆらりと立ち上がった白虎は牙を覗かせ、瑛琉をにらみつけた。
瑛琉も漆黒の眼光を鋭くして、両者は対峙する。
「幼少の頃から貴様は礼儀を知らない輩だったな。母親は四夫人でもないくせに生意気な」
「母親の位なんて関係あるか。白虎はそれしか縋るものがないのか? 男なら己の腕で勝負しろよ」
反目し合うふたりは相当仲が悪いようで、容赦のない舌戦を交わす。
はらはらと事態を見守る華のとなりで、朱雀は呑気に茶を啜っていた。
どうやらこの兄弟喧嘩は今に始まったものではないようだが、華のために争わないでほしい。
「おれに勝負しろなどとほざくとは、愚か者め。おれを誰だと思っている」
「軍神と謳われる白虎殿下だろ。虎もたまには土でも舐めたほうが、薬になるんじゃないか?」
「ほう。このおれを地に這わせるというのか。やってみろ」
「望むところだ。せいぜい負けて吠えてみせろ」
息を合わせるように、ふたりはにらみ合いながら肩を並べて東屋から出ていく。
まさか、決闘するというのだろうか。
慌てた華は腰を浮かせた。
「いけないわ! 朱雀、ふたりをとめないと」
「心配ないよ。いつものことだから。あのふたりは気が荒いからすぐ剣をとるんだよね。まあ、いい余興じゃないかな。わたしたちも見に行こう」
楽しげに声を弾ませた朱雀とともに、決闘を見学することになった。
用意させた輿に乗り込んだ朱雀だが、華は同乗を断り、走って園を出た。
髪から花々がこぼれたので、花冠を茂みに置く。そっと髪をさわり、瑛琉が挿してくれたリンドウがあるのを確認してほっとする。
木漏れ日のあふれる小道を通り、宮廷の方角へ向かう。
するとその途上に、宮殿とは異なる重厚な建造物が建ち並んでいる一角が目に入った。
「ここかしら?」
嵐陵国の軍隊が使用する兵営のようだ。営舎のとなりには訓練場が広がっている。
あとからやってきた朱雀は輿から下りると、華の腰に手を添えて物見台へと導いた。
「こちらで見学しよう。御前試合などでは、たくさんの兵士が戦うところが見られるよ」
物見台はすでに整えられており、宮女たちが控えていた。精緻な細工の長椅子に腰を下ろすと、全景が見渡せる。
土埃の舞う広場には、正方形に区切られた闘技場らしき場所がある。
石造りの闘技場の傍では、瑛琉と白虎がそれぞれ剣柄を握りしめていた。
ごくりと息を呑んで見守っていると、宮女が卓にお茶と菓子を置いた。まるで遊戯の見物である。
朱雀は膝掛けを広げようとした宮女に軽く指を振った。
織物を受け取った彼はとなりの華に、ふわりと柔らかな膝掛けをかける。
「ここは風が通るからね。寒くないかい?」
「平気よ。それより、ふたりは真剣を使って勝負するのかしら。切れたら怪我をしてしまうわ」
「それはそうだね。武人というものは、死を恐れていては戦えないのだよ」
なんでもないことのように述べた朱雀は、悠々と茶碗を傾ける。
兄弟喧嘩から発展した練習試合のようなものだとは思うが、瑛琉と白虎からは気迫が漲っている。ふたりが手にしている剣は木刀などではなく、触れれば切れる本物の剣だ。
瑛琉は大丈夫かしら……。
心配でたまらない華は茶を啜るどころではない。瑛琉は荒くれ者を成敗してくれたことが幾度もあるが、街のごろつきと訓練を受けた剣士とでは力量が異なる。しかも相手は軍神と謳われる白虎なのだ。
茶碗を置いた朱雀は、思いついたように声をあげた。
「わたしたちの母は北欧から嫁いできた姫君なんだよ。だからこのような髪と瞳の色をしているというわけだね」
「その通り。青龍や玄武とは、腹違いだがな」
四人の皇子たちの父親は皇帝だが、母親は後宮の妃嬪なのでそれぞれ異母兄弟であるといえる。だが朱雀と白虎のふたりは母も同じなのだ。嵐陵国の皇帝に嫁いできた北欧の姫君ということは、母親も王族の身分であることがうかがえる。
言われてみると、整った造形の美男子という点でふたりはよく似ていた。醸しだす雰囲気がまったく異なってはいるが。
すっと、朱雀は膝に置いた華の手の甲にてのひらを重ね合わせた。
すると、白虎もそれに呼応するかのように華の左手を握りしめる。
「華嵐妃はわたしと白虎、どちらの皇子が好みかな?」
「おれは両方とも好きという答えでもよいぞ。閨に三人で籠もろうではないか」
ふたりから熱烈に迫られて、華の背を冷や汗が伝い落ちる。
いつの間にか、選択肢が狭められている。皇子は四人いるはずなのだけれど。
視線をさまよわせていると、見かねた瑛琉が腰を上げた。
「おい。連携を取って華嵐妃を独占しようって魂胆なのはわかるけどな、こいつが困ってるから離してやれ」
瑛琉が華の腕を取ろうと伸ばした手を、即座に白虎は叩き落とした。
ばしり、と乾いた音が静かな東屋に響く。
「なんという不躾な輩だ。我々は貴様より上位の皇子である。邪魔をするな」
「ちょっと早く産まれただけだろ。なにが上位だ。さっさと手を離せと言ってんだよ」
ゆらりと立ち上がった白虎は牙を覗かせ、瑛琉をにらみつけた。
瑛琉も漆黒の眼光を鋭くして、両者は対峙する。
「幼少の頃から貴様は礼儀を知らない輩だったな。母親は四夫人でもないくせに生意気な」
「母親の位なんて関係あるか。白虎はそれしか縋るものがないのか? 男なら己の腕で勝負しろよ」
反目し合うふたりは相当仲が悪いようで、容赦のない舌戦を交わす。
はらはらと事態を見守る華のとなりで、朱雀は呑気に茶を啜っていた。
どうやらこの兄弟喧嘩は今に始まったものではないようだが、華のために争わないでほしい。
「おれに勝負しろなどとほざくとは、愚か者め。おれを誰だと思っている」
「軍神と謳われる白虎殿下だろ。虎もたまには土でも舐めたほうが、薬になるんじゃないか?」
「ほう。このおれを地に這わせるというのか。やってみろ」
「望むところだ。せいぜい負けて吠えてみせろ」
息を合わせるように、ふたりはにらみ合いながら肩を並べて東屋から出ていく。
まさか、決闘するというのだろうか。
慌てた華は腰を浮かせた。
「いけないわ! 朱雀、ふたりをとめないと」
「心配ないよ。いつものことだから。あのふたりは気が荒いからすぐ剣をとるんだよね。まあ、いい余興じゃないかな。わたしたちも見に行こう」
楽しげに声を弾ませた朱雀とともに、決闘を見学することになった。
用意させた輿に乗り込んだ朱雀だが、華は同乗を断り、走って園を出た。
髪から花々がこぼれたので、花冠を茂みに置く。そっと髪をさわり、瑛琉が挿してくれたリンドウがあるのを確認してほっとする。
木漏れ日のあふれる小道を通り、宮廷の方角へ向かう。
するとその途上に、宮殿とは異なる重厚な建造物が建ち並んでいる一角が目に入った。
「ここかしら?」
嵐陵国の軍隊が使用する兵営のようだ。営舎のとなりには訓練場が広がっている。
あとからやってきた朱雀は輿から下りると、華の腰に手を添えて物見台へと導いた。
「こちらで見学しよう。御前試合などでは、たくさんの兵士が戦うところが見られるよ」
物見台はすでに整えられており、宮女たちが控えていた。精緻な細工の長椅子に腰を下ろすと、全景が見渡せる。
土埃の舞う広場には、正方形に区切られた闘技場らしき場所がある。
石造りの闘技場の傍では、瑛琉と白虎がそれぞれ剣柄を握りしめていた。
ごくりと息を呑んで見守っていると、宮女が卓にお茶と菓子を置いた。まるで遊戯の見物である。
朱雀は膝掛けを広げようとした宮女に軽く指を振った。
織物を受け取った彼はとなりの華に、ふわりと柔らかな膝掛けをかける。
「ここは風が通るからね。寒くないかい?」
「平気よ。それより、ふたりは真剣を使って勝負するのかしら。切れたら怪我をしてしまうわ」
「それはそうだね。武人というものは、死を恐れていては戦えないのだよ」
なんでもないことのように述べた朱雀は、悠々と茶碗を傾ける。
兄弟喧嘩から発展した練習試合のようなものだとは思うが、瑛琉と白虎からは気迫が漲っている。ふたりが手にしている剣は木刀などではなく、触れれば切れる本物の剣だ。
瑛琉は大丈夫かしら……。
心配でたまらない華は茶を啜るどころではない。瑛琉は荒くれ者を成敗してくれたことが幾度もあるが、街のごろつきと訓練を受けた剣士とでは力量が異なる。しかも相手は軍神と謳われる白虎なのだ。
茶碗を置いた朱雀は、思いついたように声をあげた。