生前、私はBL好きの地味な女子高校生だった。
 読むのも好きだったが描くのも好きで、己が熱い妄想を原稿用紙にひたすら叩きつけ続けた。
 そんなある日。
 徹夜の作業でふらふらになりながらも、行きつけの本屋でお気に入りのBL漫画を購入した帰り道。事件は起こった。
 信号を無視して大型トラックが飛び出してきたのだ。
 撥ねられた私は即死だった。自分の体よりもBL漫画を守り抜いて死んだのは、我ながら天晴だったと自分を自分で褒めてあげたい。
 そして、自分が死の間際にまでBL漫画を後生大事に抱えた腐女子だったと大勢の人間に披露してしまったであろうことは、思い返すたび悶えるほど恥ずかしい。
 BL好きのオタクであることは、誰にも明かすことなく。
 ひっそりと趣味を楽しんでいたのだ。
 多分、母などは私の部屋を片付ける際には娘がこつこつ集めてきたお宝本の山に仰天するに違いあるまい。
 ああ。
 今になって、もっと身辺整理をしておけば良かったと思ってしまう。
 全ては後の祭りであった。
 恥の多い人生でした。
 さて、恥の多い人生を終えた私を待ち受けているのは……やはり恥の多い人生だった。
 何故だか前世の記憶を持ち越したまま、ファンタジー風の異世界に転生。
 幸運にもそれなりの家柄の娘に生まれ変わった私は、親のコネで後宮に入ることになったとさ。ちなみに拒否権はありませんでした。
 まあ、今の暮らしにさして不満はない。
 何せ後宮にはたくさんの美女がいる。王様のお気に入りは大体決まっていて、私のような冴えない容貌の人間が床に呼ばれることはまずない状況だ。
 いたく気楽なものだ。
 となると、与えられた部屋にいくらこもっていても、誰も何も言ってこない。衣食住に一切不自由せず、暇な時間はいくらでもある。
 ここまで条件が揃えば、私が何をするか。
 そう、原稿描きである。
 この世界、BL漫画なんてものはもちろんない。なければ、自分で作るしかないということで、生まれ変わっても同じようなことに没頭していた。
 私の考えた最強のBL。
 その一点を追求して、腐女子は異世界を生きている。
 幸いなことにこの異世界、ネタには事欠かない。何せまず無駄に美形が多い。後宮の主である王様を筆頭に、騎士団長やら大臣やら果ては雑事をこなす使用人一人一人すらもレベルが高い。
 古来日本には衆道という素晴らしい文化があった。
 となれば、こちらの王様達も極上の美しい絡みがあるはず……いや、実際にどうなのかは知らんけど……様々なカップリングやシチュが無限に浮かんでくる。こちらの世界に来てから、とにかくはかどってはかどって仕方ない。
 あー、何て幸せなんだろう。

「……ほう。これが宮中で密かに出回って話題になっているという」
 その怜悧な手腕から『魔王』と呼ばれている男は紙の束を手にしていた。コマを割り絵によって紡がれた物語。そこには、自分をモデルにしたキャラクターも描かれている。
「あまりにも不敬な絵巻物にて、いかがしますか陛下?」
「面白いな」
「は?」
「すぐ、この製作者を探し出し余の前に連れてこい。どんな手を使ってもな」
 大陸一の帝国を牛耳る大王は、壮絶な笑みを閃かせた。
 彼が後に全ての国を統一した皇帝の地位にまで上り詰め、かの有名な腐女子皇妃を迎えることを今は誰も知らない。