◆◆◆
春霞と初めて出会ったのは、今から十二年前。
彼が七歳の時で、青波は十歳。彼より、三歳年上だった。
彼の母親蓮珠は、先代皇帝嘉栄の妃になるはずの人だった。
――だったと言うのは、嘉栄の妃にはなれなかったからだ。
理由は、簡単だった。
先代皇帝の父であり、先々代の皇帝虜邦が蓮珠を奪ったためだ。
後宮入りしたばかりの蓮珠を見初めた慮成は息子の妻と知りながら、彼女を強引に自分の妻にして子を成した。
それが、春霞である。
何も特別なことではなかった。長い王朝の歴史の中で、度々、起こることだった。
特に、慮邦は隠居をしても絶大な勢力を誇っていて、嘉栄は皇帝であっても口出しすることが出来なかった。
蓮珠は美女の誉れが高く、慮邦は彼女のことを溺愛し、皇子の誕生を喜び、隠居の身でありながら、春霞の生誕を、国を上げて祝福させた。
……しかし、その後が悲劇だった。
春霞が生まれて間もなくして、慮邦は身罷り、時代は完全に嘉栄に移行した。嘉栄は、今までの鬱憤を晴らすように、慮邦に関わるものを壊して回った。それは当然、慮邦の妃や子供にも向けられて、特に蓮珠に対する仕打ちは酷く、彼女は皇城を追い出されただけではなく、尊称も金品の類もすべて没収された上で、塵芥のように、実家に戻されてしまった。
蓮珠は、心身ともに病んでいった。
青波が彼と出会ったのは、まさに蓮珠が病を患い、衰弱していく最中だった。丁度、青波の兄が蓮珠の実家の護衛をしていたこともあり、その縁で青波は彼の傍にいることが多くなった。楽しい時も、寂しい時も、ひっそりと蓮珠が亡くなった時も……。青波は泣きじゃくる彼とずっと一緒にいたのだ。
――そうして、彼が十三歳の頃。
世継ぎのいない嘉栄が危篤の状態にあるという噂と共に、春霞のもとに刺客が送られてくるようになった。
隙をつかれて斬りつけられた春霞は、出血多量で死ぬはずだった。
――が。春霞は死ななかった。
青波が、彼を死なせなかった。
どんな苛烈な運命が待っていたとしても、青波は、彼に生きていて欲しかった。だから、禁じられた唯一の手を使ったのだ。
春霞はどうやって青波が自分を蘇生させたのかを知らない。青波に問う暇もなく、彼は皇城からの遣いに連れて行かれてしまった。
あの時、青波は二度と春霞と会うことはないと思っていた。術のことを知った祖父からも、春霞と再び会うことをきつく禁じられた。
仕方ない。それが、禁術を使ってまで、彼を生かした青波の業なのだと言い聞かせた。
春霞が息災でいるのなら、それで良いと、青波は密かに彼を見守ることにした。祖父にも、護神法で覗き見する分には、「禁術を使った為、春霞の監視をしている」と、言い訳も立ったのだ。
……それなのに。
なぜ、殺されそうなんて?
青波も、まさにそんな予感がしていたから、反論出来なかった。
二か月前、皇城に対してだけ「護神法」が使えないことに気づいた。
青波はすぐに祖父に相談した。しかし、術が使えないという理由だけでは、青波を皇城には行かせてはくれないことは分かっていたので、その時になって初めて、青波は受け継いだ環首刀を春霞に渡してしまったと、祖父に話したのだ。
狙い通り、祖父は慌てふためき、青波に春霞のもとから「天冩刀」を取り戻してくるよう、命じた。
青波は後々、未練が生まれないよう、春霞には「家宝」の回収を強調したが、本心は単純に彼のことが心配だっただけだ。
春霞の体は、青波が蘇らせたことで、頑丈になっている。
しかし、春霞を狙っている相手が青波と同じ「術を使う者」だった場合は、分からない。
禁術を使ったとはいえ、春霞は不死身ではないのだ。
……元の体に戻れなかったら、最悪、死んでしまうかもしれない。
急に怖くなった青波は、幽体の春霞に本体に戻るよう促した。
――が。駄目だった。
春霞と初めて出会ったのは、今から十二年前。
彼が七歳の時で、青波は十歳。彼より、三歳年上だった。
彼の母親蓮珠は、先代皇帝嘉栄の妃になるはずの人だった。
――だったと言うのは、嘉栄の妃にはなれなかったからだ。
理由は、簡単だった。
先代皇帝の父であり、先々代の皇帝虜邦が蓮珠を奪ったためだ。
後宮入りしたばかりの蓮珠を見初めた慮成は息子の妻と知りながら、彼女を強引に自分の妻にして子を成した。
それが、春霞である。
何も特別なことではなかった。長い王朝の歴史の中で、度々、起こることだった。
特に、慮邦は隠居をしても絶大な勢力を誇っていて、嘉栄は皇帝であっても口出しすることが出来なかった。
蓮珠は美女の誉れが高く、慮邦は彼女のことを溺愛し、皇子の誕生を喜び、隠居の身でありながら、春霞の生誕を、国を上げて祝福させた。
……しかし、その後が悲劇だった。
春霞が生まれて間もなくして、慮邦は身罷り、時代は完全に嘉栄に移行した。嘉栄は、今までの鬱憤を晴らすように、慮邦に関わるものを壊して回った。それは当然、慮邦の妃や子供にも向けられて、特に蓮珠に対する仕打ちは酷く、彼女は皇城を追い出されただけではなく、尊称も金品の類もすべて没収された上で、塵芥のように、実家に戻されてしまった。
蓮珠は、心身ともに病んでいった。
青波が彼と出会ったのは、まさに蓮珠が病を患い、衰弱していく最中だった。丁度、青波の兄が蓮珠の実家の護衛をしていたこともあり、その縁で青波は彼の傍にいることが多くなった。楽しい時も、寂しい時も、ひっそりと蓮珠が亡くなった時も……。青波は泣きじゃくる彼とずっと一緒にいたのだ。
――そうして、彼が十三歳の頃。
世継ぎのいない嘉栄が危篤の状態にあるという噂と共に、春霞のもとに刺客が送られてくるようになった。
隙をつかれて斬りつけられた春霞は、出血多量で死ぬはずだった。
――が。春霞は死ななかった。
青波が、彼を死なせなかった。
どんな苛烈な運命が待っていたとしても、青波は、彼に生きていて欲しかった。だから、禁じられた唯一の手を使ったのだ。
春霞はどうやって青波が自分を蘇生させたのかを知らない。青波に問う暇もなく、彼は皇城からの遣いに連れて行かれてしまった。
あの時、青波は二度と春霞と会うことはないと思っていた。術のことを知った祖父からも、春霞と再び会うことをきつく禁じられた。
仕方ない。それが、禁術を使ってまで、彼を生かした青波の業なのだと言い聞かせた。
春霞が息災でいるのなら、それで良いと、青波は密かに彼を見守ることにした。祖父にも、護神法で覗き見する分には、「禁術を使った為、春霞の監視をしている」と、言い訳も立ったのだ。
……それなのに。
なぜ、殺されそうなんて?
青波も、まさにそんな予感がしていたから、反論出来なかった。
二か月前、皇城に対してだけ「護神法」が使えないことに気づいた。
青波はすぐに祖父に相談した。しかし、術が使えないという理由だけでは、青波を皇城には行かせてはくれないことは分かっていたので、その時になって初めて、青波は受け継いだ環首刀を春霞に渡してしまったと、祖父に話したのだ。
狙い通り、祖父は慌てふためき、青波に春霞のもとから「天冩刀」を取り戻してくるよう、命じた。
青波は後々、未練が生まれないよう、春霞には「家宝」の回収を強調したが、本心は単純に彼のことが心配だっただけだ。
春霞の体は、青波が蘇らせたことで、頑丈になっている。
しかし、春霞を狙っている相手が青波と同じ「術を使う者」だった場合は、分からない。
禁術を使ったとはいえ、春霞は不死身ではないのだ。
……元の体に戻れなかったら、最悪、死んでしまうかもしれない。
急に怖くなった青波は、幽体の春霞に本体に戻るよう促した。
――が。駄目だった。