最強の敵、魔造寺狂獄丸の強さの前に膝を折る学芸院凰雅。
このまま負けてしまうかと思われたその時、凰雅の元に歩み寄る者がいた。
「どうしたの?凰雅。よくわからないけど、もういいんじゃない?帰ろう?」
そう言って手を差し伸べる能丸。
「の、能丸・・・。お、俺は・・・。」
窮地に陥った凰雅は、まるで縋るように能丸に助けを求めた。

その凰雅の姿を見た狂獄丸はさらに笑い声をあげる。
「はーーーはっはっはっ!はぁ、はぁ、はぁ、・・・はーーーーーーーーはっはっはっ!」
狂獄丸は笑い過ぎて既に息を切らしていたが、それでもなお高らかに笑い声を響かせていた。
その笑い声を聞いた凰雅は耳をふさぎながら地面に蹲ってうめき声を上げた。
そしてひたすら笑う狂獄丸。
「え?これってどうすれば終わりなの?」
このあまりのピンチに能丸はつい本音が口をついた。
凰雅が最も信を置く布津能丸でさえこの状況を打開することができない。
それはこの状況がどれほど絶望的であるかを表すのに余りあるほどであった。
もうどうしようもない・・・。
そう思われたその時、学園に二つの影が迫っていた。


ザッ!
「どうやら、間に合ったな。」
その言葉と共に能丸と凰雅の前に姿を現したのは・・・、
「御用崎君?」
太陽の光を背に浴びながら颯爽と登場したのは意外な人物、御用崎だった。
「ああ、待たせたな。」
まるでタイミングを計っていたかのような登場だなと思った能丸であったが、その言葉は飲み込んだ。
「間に合ったって、もしかしてこの人が凰雅に難癖つけに来るのがわかっていたってこと?」
「ああそうさ。六大四天王三人衆の一人、この魔造寺狂極丸が凰雅のことをつけ狙っているっていう噂があったんだ。だが狂獄丸は来るとわかっているだけで対処できる相手じゃない。そこで俺は狂獄丸に対抗するためにある人物を探していたんだ。」
「よくわからないけど色々あるんだね。」
「そうさ、色々あるんだ。そして俺が探していたのが・・・彼女なのさ!」
御用崎が指さした先にいたのは一人の少女。
ランドセルを背負った何の変哲もない少女。
とてもではないが、こんな年端もいかぬ少女に魔造寺狂獄丸を止めることはできない。
能丸がそう思ったその時、少女が口を開いた。

「・・・なにやってるの?」
少女の声を聞き、狂獄丸は振り返る。その瞬間、狂獄丸はビクと震え上がった。
「ねぇ、なにやってるの?」
少女がもう一度、怒気を含んだ声で狂獄丸に問いかける。
「こ、こ、こ、小鞠ちゃん・・・。」
さっきまであれほど強気だった狂獄丸がみるみる小さくなっていく。
それは狂獄丸がこの幼い少女のことをどれほど恐れているのかをありありと表していた。


「・・・あの子はどういう子なの?」
狂獄丸のあまりの変わりように、能丸は御用崎に尋ねないわけにはいかなかった。狂獄丸の変わりようはそれほどのものだったのだ。
「彼女は音鳴小鞠(おとなりこまり)。魔造寺の家のお隣さんの少女だ。」
「・・・え?それだけ?」
「ああ。だがあの魔造寺狂獄丸はあの少女を目に入れても痛くないほど可愛がっているという噂があったんだ。」
「可愛がっている・・・のかなぁ、あの感じ。」
「そういう噂だ。だからそんな相手に説得してもらおうって思ってな、連れてきたってわけさ。」



「ねぇ、何やってるの?って聞いてるんだよ?」
「あ、う、そ、それは、その・・・。」
「ねぇ。」
ピシッィ!
「うっ・・・。」
「何やってるの?って聞いてるの。どうして答えてくれないの?」
少女がいつの間にか手にしていた木の枝で狂獄丸を叩く。狂獄丸は思わず地に伏した。
その体には叩いた跡がくっきりと残り、傷にまみれた鋼鉄の肉体に新たな傷を増やした。
「こういうことはさぁ。」
ピシィ!
「うっ・・・。」
「暴力は止めてってぇ。」
ピシィ!
「あぁぁ・・・。」
「小鞠言ったよね?」
ピシィ!
「はああぁぁぁ・・・」
「忘れちゃった?」
そう言って少女、音鳴小鞠は首を傾げなら覗き込むように狂獄丸に迫る。
たまらず狂獄丸はなぜ凰雅をつけ狙うのか、その秘密を語りだした。

「だ、だって、小鞠ちゃんこの前言っていた。」
「なんて?」
「迷宮入りの殺人事件を解決した学芸院凰雅って人、強くて素敵って。だから、我、我・・・。小鞠ちゃんが学芸院凰雅にとられるって思って・・・。本当は我の方が強いのにって・・・。」
狂獄丸の弁を聞き、少女は口角を上げる。
「・・・もぅ、マゾ兄ぃはバカだなぁ。」
「ご、ごめん・・・、でも、我・・・。これからも末永く小鞠ちゃんの愛の鞭で指導してほしくて・・・。我、小鞠ちゃんに見捨てられたら、もう、もう生きていけぬのだぁ。」
狂獄丸は顔を上げ、少女の足に縋りつく。
「も、もぅ。か、勘違いしないでよね、私だってこんなことマゾ兄ぃにしかいないんだからね。それにマゾ兄ぃに暴力してほしくないのは、マゾ兄ぃに危ないことしてほしくないからなんだよ?小鞠の気持わかってる?」
「こ、小鞠ちゃぁん。」
「皆にごめんなさいできる?」
「うぅぅ・・・、できる。」
「うん。マゾ兄ぃは偉いね。いい子いい子。」
少女に頭を撫でられ、狂獄丸の顔は緩み切っていた。
その恍惚とした顔はいい年をした男が人に見せていい顔ではなかった。


「・・・僕、起毛田先輩が言っていた意味、わかった気がするな。地に落ちた六大四天王三人衆って。」
「ともかく一件落着してよかったぜ。俺の情報網もたまには役に立つだろ?」
「御用崎君の情報網はいつも信頼してるよ。ただ、真偽があやふやになる言い方をすることがたまにあるなって思ってるだけだから。」


能丸と御用崎が勝利の余韻に浸りながら朗らかに談笑している横で凰雅は悩んでいた。
「あれほど強靭だった狂獄丸の肉体が、あの少女の鞭の時はまるで受け入れるように緩んでいる。あれが・・・愛の力なのか」
(愛の力・・・凄まじい。あれが一般的な普通の高校生なら誰もが持っている力なのか。俺はまだまだ足りていなかった。俺は・・・もっともっと普通になりたい!)
満身創痍になりながらも最強の敵を退けた凰雅。
だが尚も高みを目指し、志を新たにしていた。
凰雅はなぜそこまで普通の高校生に拘るのか。
なぜそこまで波風立たぬ平穏なつまらぬ暮らしを望むのか。
その答えは親友である能丸ですら知らないことだった。