帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 ユウキは、意図的に三保の入口にある家の情報を流した。
 しかし、番犬(フェンリル)が居るためにうかつに近づけない。

 静岡や近隣のマスコミは一通り洗礼を受けている。
 怪我をしたのではない。いつの間にか、違う場所で目が覚めるという失態を繰り返して、いつの間にか、ユウキの家は静岡近隣のマスコミ関係者からはアンタッチャブルな場所として認定されている。
 情報を仕入れた者たちも、最初は情報を疑ったが、実際に”噂”と同じような状況に陥れば、信じるしかなくなってしまう。

 しかし、そんなマスコミに匂わせている者たちは、そんな中途半端な状況には納得ができない。

 政治を生業にしているが、政治家ではなく、政治業者と呼んだ方が良い方がいい者たちは、自分が持っている権力が通じない者たちを排除する傾向が強い。選挙期間だけ、地元に帰り頭を下げて、期間が終われば関東圏や名阪神に戻ってマスコミを利用した活動を行う。そんな者たちは、ターゲットにしているのが”高校生”だと思い込んでいる。その高校生の表書きだけを読んで、裏書を知っても信じないか、自己に都合が良いように解釈をしている。

 ユウキも、完全に門戸を閉じていない。
 お断りをしているのは、詐欺まがいの話を持ちかけて来る者。そして、政治業者とマスコミだ。マスコミも、正面から正式な手順で訪ねて来る者は、話を聞くくらいの度量を示している。本当に、話を聞いて追い返しているのだが、それでも、ユウキは交渉ができる土壌を残している。

 しかし、権力者を名乗っている者たちは、”交渉”は自分(たち)が主導でなければ納得しない。ユウキが高校生だというのも影響していて、”奪い取る”ことしか考えていない。メリットの提示がなければ、自分と会う事がメリットだと言い出す愚か者まで存在していた。

『ユウキ!』

「今川さん?珍しいですね」

 今川がいきなり電話をしてきたのに、ユウキは”珍しい”と表現した。
 普段は、メールやSMSで都合を聞いてから、コールしてくる。いきなり電話をしてきたのは、緊急の要件があるのだろう。

『すまん。緊急な用事で、ダメなら・・・』

「大丈夫ですよ」

 ユウキは、今川から緊急で伝えたいことがあると考えて、話を続ける事にした。

『助かる。撫養教を知っているか?』

「なんですか?それ?」

『撫養教だ。”撫でるように、養い育てる”を教義に掲げる・・・。宗教団体だ。よくある、新興宗教の一つだ』

「へぇその撫養教がどうしました?」

『宗教団体の成り立ちや状況は、メールしておく』

 成り立ちは、Webページを見れば公開されている。
 今川がユウキに送るのは、表の公開されている情報ではない。実際の成り立ちを、短い時間だが調べた者をユウキに送る。

 表と裏の情報を把握することで、相手の狙いが解ってくる。

「わかりました」

『簡単に言えば、奴らは一部の議員と繋がっている』

「よくある話ですよね?」

 宗教と政治の切り離しは難しい。

『そうだ。その議員の筆頭が・・・』

「・・・。そうなのですね」

 今川が言葉を濁した事で、ユウキは今川が慌てて、ユウキに情報を渡してきた理由を悟った。

『あぁそれで、撫養教が、伊豆にある拠点近くに、教会建築の許可を求めてきた。先生は、拒否したようだが・・・』

「・・・。もしかして、隣近所の市や町に教会を建てているのですか?」

『そうだ。拠点近くの街は、先生と関係者だけで構成されているから、問題は無いのだが・・・』

「そうですよね。相当な指揮が投入されたのですね」

『あぁお前ではなく、拠点への間接的な攻撃だ』

「わかりました。ヒナやレイヤには?」

『知らせた。他にも、お前たちの両親にも伝えた』

「ありがとうございます。何か、問題は?」

『今のところは大丈夫だ。物資も、船が使える。道路の封鎖は不可能だろう』

「そうですか?」

『拠点の周りを包囲しても、県道も国道も通っている。市道や町道なら、市区町村で有料道路に変更ができるが、県道や国道は難しい』

「わかりました。物資は、できるだけ地産地消に切り替えているので大丈夫でしょう。情報も、ネットの切断は現状で不可能でしょう」

『そうだな。レイヤも同じ見解だ。そうだ!先生ではなくて、佐川さんからの提案だが、港近くに、以前から提案があった、国際的な研究所を作ったらどうかと打診があった』

 以前から、提案はされていた。
 国際的な施設を誘致できるのなら、市区町村なら飛びついていい案件なのだが、保留案件になっていた。
 施設を作って研究員が働くのには問題はない。ユウキたちから考えれば、監視対象が向こうから(喜んで)やって来てくれるのだ、手間が省ける状況なのだが、監視以前の問題として、施設を作っても働くのは研究員だけではない。人員の確保ができる状況ではなかった。
 それらも、落ち着いてきている。研究所の人員や雑務を行う人員の確保も可能だ。

「・・・。そうか、国際的な研究所への攻撃にも見えるのですね」

『佐川さんの狙いは、違うとは思うが、先生も前向きに検討しても良いと言っている。レイヤとマイは、ユウキに任せると言っている』

「わかりました。佐川さんに、許可を出してください。まずは、出先機関を誘致します。今川さん。森田さんと協力して、情報を流してください」

『わかった。それから、関係することだが、撫養教の司祭が、お前との面会を求めている』

「え?」

『どうする?拒否もできると思うぞ?』

「学生なので、すぐには動けませんが、正面から面会を求めてきたのなら合いますよ。三保まで来てもらう事になってしまいますが・・・」

『先方には、来月以降で、三保での面会と、司教が一人で来るように伝えておく』

「複数で来ても良いですよ。俺が会って話をするのは一人だけです。複数の人が話をするのなら、会わないと伝えてください」

『わかった。要件を先に聞くか?』

「そうですね。あと、条件を付けるようなら断ってください。別に、俺には・・・。その司祭に会うメリットがないです」

『ははは。そうだな。先方には、しっかりと伝えておく』

「お願いします」

 通話を切ってから、ユウキはスマホを見て考えている。
 宗教が出てくると、問題が厄介になる。

 ”神”の存在を使って思考停止に追い込むようなやり方をしている連中を好きになる理由はない。
 ユウキたちが、宗教と前を向いて手を取り合う事は絶対にない。

 撫養教の司祭は、正面からの訪問を拒否されたと感じた。
 自分が会いたいと言っているのに、相手からは条件が伝えられた。その上で、”メリットがない”と言われた。屈辱を感じて憤慨した。
 数回に渡って、面会を申し込んだ。そして、官僚を経由したり、議員の名前を使ったり、有名人を全面に押し出したり、力を見せつけるようにユウキの召喚を試みたが、同じ答えが返ってきた。

 正攻法(正面からの脅し)が通用しないと判断して、裏側からの脅しに切り替わる。

 それが、ユウキが望んでいたことだとも知らずに・・・。
 着々と、復讐を行う状況が揃い始めている。

 手足を?いで、自分たちが座っている玉座が砂上の楼閣だと思い知ることになるだろう。

 正面からの正攻法ならユウキに打つ手は限られていた。武力や非合法組織や暴力に訴えるのなら、相応な対応が可能だ。

 愚かにも、非合(暴力)法な方法にシフトしてしまった。ユウキたちを”ただ”の子供だと勘違いしているためだ。自分たちが持っていない力は、相手も持っていないと勘違いしている。相手の隠された力があり、自分たちなら”力”の制御ができると勘違いしている。そして、全てのことは”奪い取れる”力を自分たちが持っていると勘違いしている。

 ユウキと対峙するのなら、なんでもありの状況を作らない。条件を限定して、ルールで縛るのが正しい。
 なんでもありな状況では、ユウキたちのスキルが意味を持ってしまう。スキルを使わせない為にも、雁字搦めにして自由に動けない状況を作らなければならない。特に、最初の対応として脱法行為は控えなければならない。

 ユウキたちの拠点がある地区の周りを囲むように、撫養教が教会の建築を開始した。

 拠点には直接的なダメージはない。
 周りを囲まれても、拠点が属している地区は、小さな町で、独立している。大きな括りには、属していない。

 その為に、小さな地方自治が出来上がっている。
 そのうえで、住んでいる人たちは、元々の住民と拠点に関係している者たちだけだ。元々住んでいた人たちも、拠点の恩恵を受けている。大きいのは、限界集落になっていた場所に、拠点が出来た事で、病院に変わる治療所が出来た。
 拠点ができるまでは、近い病院でも来るまで30分以上の時間が必要だった。それが、数分で病院に変わる施設に到着できる。それだけではなく、総合病院と言えるような治療が受けられるのに、治療費は格安になっている。
 厳密には、医者ではない者たちだが、限界集落に住んでいる人たちに取っては、治療が受けられて、崩れた体調が戻ることが大事だ。

 そして、拠点に居る者たちとの交流も地域の人たちに取っては、大切な時間になっている。
 漁を行っている人には、拠点に居る者たちが手伝う。畑を耕すのも手伝う。それも、”スキル”と言われるような力を使っている。

 限界集落が、限界集落では無くなった。

 撫養教の教会の建築が進むが、拠点と拠点を抱える地区には、影響は皆無だ。
 ユウキや今川の予測通りに、拠点に繋がる町道は有料道路に変更された。道路整備に資金が必要だという理由だ。しかし、県道と国道は、有料道路にはならない。拠点や拠点が置かれている地域への影響は皆無だ。
 撫養教は、県にも働きかけたが、現在の最大派閥は撫養教と懇意にしている者たちと違う派閥で構成されている。

 撫養教は、宗教法人の衣を着込んでいるが、実際には、政治家の集金と集票の組織だ。企業が、宗教法人に献金するのは禁止されていない。政治団体への献金も禁止されていない。献金の上限は決められているが、宗教法人が所有する団体からの献金は、大枠の献金とは認識されない。政治業者が自分たちに都合がいいように作成した”法”だ。抜け道があるのは当然だ。

 撫養教の司祭は、永田町にある雑居ビルに呼び出された。

「司祭。どうなっている?」

「ちゃくちゃくと準備は進んでおります。まもなく、先生に吉報をお届けできると考えております」

「ふん。まぁいい。司祭の出身は、会津だったな。寒い所は嫌いか?」

 議員の言葉に、司祭は言葉を失って、口を開けて声にならない音を発するのがやっとだった。
 そして、言葉になったのは一言だけだ。

「え?」

 司祭が狼狽えるのにも理由がある。
 議員の周りには、おこぼれを漁るような者たちが立っている。その中には、司祭の元部下で、文化庁の局長が居る。力のある議員にすり寄って、現在の地位を確保した者だ。自分を蹴落とした者がまた目の前に居て、偉そうにしているのが目に入った。

「文化庁では、政府高官と官邸からの要望で、紛争地域への文化的な支援を考えております。その中でも、()()が落ち着いてきている地域への文化使節団の派遣を考えています。その中に、宗教家の派遣も含まれています。現在、現地での教会設置を行えるのか打診をしております。現地からは色よい返事が来ています。教会を作れば、その教会で教義を行う者が必要だとは思いませんか?」

「まさか・・・。先生。お待ちください。年度内には・・・」

「年内だ。それまでに結果を出せ」

「はっ」

 司祭は、テーブルに付くくらいに頭を下げた。
 そこには、いろいろな思惑が降り注ぐ。

 議員がソファーから立ち上がって、部屋から出るまで、司祭はテーブルを睨みつけることしか出来なかった。

 議員に続いて、文化庁の局長が司祭の肩に手を置いた。
 それでも、司祭は頭を上げなかった。頭を上げれば、局長に暴言を投げかけてしまう。ここは、何も言わずに場をやり過ごすしかない。

「先輩。頑張ってください。あぁ安心してください。ガザではなく、もう一つの方ですよ。教会は、温かくなるようにしておきますよ。ハハハ。餓鬼の一人を攻略できないほどの無能だとは思いませんでしたよ。先輩は安心してください。先輩の後は僕が継ぎます。司祭ですか、いい生活をしているようですね。今から楽しみですよ」

 文化庁の局長は、大きな笑い声で部屋から出て行った。
 残された司祭は、テーブルを殴りながら、怨嗟の声を上げている。

 このままでは、ウクライナに飛ばされてしまう。
 ウクライナなら、まだ生きていられる可能性があるが、議員の言葉から、命さえも脅かされている可能性を感じ取った。

 実際に、撫養教は議員や議員の関係者から依頼されて、口封じを行ったことがある。
 宗教法人の衣を悪用することで得た免罪符だ。もちろん、違法行為だとは解っている。しかし、”撫養教の正義”を遂行することに命を掛けている者たちの育成は出来ている。その者たちを動かすだけで、十分な成果が得られていた。

 司祭は、呼び出された雑居ビルから出て、すぐに待たせていた車に乗り込む。

 司祭は、当たるように乱暴にドアを閉める。

「司祭様」

「煩い!早く出せ。あの青二才。自らの才覚だと思っているのか?絶対に絶対に絶対に・・・」

「司祭様。撫養教の本部に向かいますか?」

「あ?!それどころでは・・・。ん。そうだ。八王子に迎え」

「八王子ですか?」

「そうだ」

「かしこまりました」

 司祭を乗せた車は、静かに雑居ビルの前から八王子方面に向かった。

 永田町にある雑居ビルは、政治業者の東京に於ける事務所になっている場合が多い。その為に、土地が少ないのに、大きめの駐車場が備え付けられている場合が多い。駐車場の賃料は驚きの値段になっている。相場で言えば、月額4万でも安いのに、永田町にある駐車場の賃料は、額面では4万だが、実際には数千円の場合が多い。事務所の賃料も同じような理論が働いている。しかし、借りている議員によって賃料が変わっているのが、永田町らしい話だ。

 車は八王子に到着した。
 八王子にある教団施設は、別の場所にある教団施設の窓口になっている。

 司祭は、施設に入ると、何も告げずに奥に入っていく、盲目的に従っている者たちが多い撫養教だが、その中でも狂信的な者たちを集めて、訓練を施している施設への窓口が奥に設置されている。

「司祭様」

「動ける者は何人居る?」

「上位者は、3名です。中位の者でよければ、100名程度です」

「上位は動かせないな?」

「はい。教皇様の護衛をしております」

「中位の者は、教義を遂行するのに、問題はないのか?」

「教義に反する異端者を導くことは出来ます」

「そうか、全員の稼働に問題はあるか?」

「神のご許可があれば・・・」

「わかった。何人なら動かせる?」

「12-3名なら、司祭様のご命令で可能です」

「わかった。教義と教団を守る為の聖戦だ」

「かしこまりました」

 受付に居た男は、司祭に頭を下げてから、端末に情報を入力する。
 司祭が行っている内容の把握はできている。把握が出来ているからこそ、足切りが必要だとも考えている。

 司祭に預ける13人は狂信し過ぎて、撫養教の訓練施設でも持て余し始めている者たちだ。実際に、殺しを行っている者も少なくない。

 13名は、司祭の配下に加わる命令を受諾した。
 そして、各々の新しい身分証を持って、50年ほど前に廃村になった奥多摩にある教団施設から、伊豆に向かう。伊豆で作戦を実行する者と、静岡市内に向かうものに分かれる。

 撫養教は一つの間違いを犯してしまう。
 狂信者がやりすぎた場合に備えて、監視兼後始末を行う者を後から向かわせた。その者たちは、撫養教を示す証を持っていた。後始末を行う為には、地域の政治業者に話を通さなければならない、場合によっては警察や消防への対応も必要になってしまう。
 その為に、撫養教としては最悪を想定した動きで、規定の行動だった。

 相手が悪かった。
 ただ・・・。それだけなのだが・・・。

 在京のマスコミ各社は、情報の収集を急いでいた。
 特に、広告収入がない放送局は、何者にも影響されないはずであるが、一部の腐った権力者からの要望で、”ポーション”を調べていた。ユウキたちは、表からしっかりとした手順で訪れた者たちには、しっかりとした対応を行っている。研究結果も包み隠さずに伝えている。それでも、実物の入手ができないことには、一部の腐った権力者は満足しなかった。

 渡された情報を信じるかどうかは、各マスコミに任せることにしている。
 一部は、検証の為に”ポーション”の現物を無償で提供して欲しいと言ってきたが、ユウキたちは、笑いながら無視した。

 今、ユウキの前に座るマスコミは、権力者からの要請を受けて、正面からやってきたのだが、他のマスコミの実情を調べているためか、”ポーション”の購入を示唆していた。

 結局は金額の折り合いがつかず、”ポーション”の譲渡は行われなかった。

 話は、ここで終わるはずだった。

「ははは」

 珍しく拠点で作業を行っていたユウキが、大きな笑い声を上げている今川に声を掛けた。

「どうしました?」

「あぁユウキか?今日は、こっちにいるのか?」

「えぇ明日まで、バイトもありませんし、学校も休みなので、溜まっている作業を少しは進めておこうと思いまして・・・」

「そうか・・・。それは、丁度良かった。釣れたぞ」

「え?本当ですか?かなり、無茶なお願いだと思いましたが?」

「俺も、無理だと思っていた。だから、笑ってしまった」

「本当ですか?」

「あぁ議員に繋がる情報も入手が出来そうだ」

「それは、それは・・・。餌は、”ポーション”ですか?」

「あぁ面白いくらいに喰い付いた」

「あまり、あくどいことはしないでくださいね」

「大丈夫だ。それに、金では売れないと言っただけだ」

「ははは。それは、それは、さぞかしいい物を持ってきたのでしょう」

「そうだな。俺たちが使っても、あまり意味が無いものだな」

 今川がユウキに見せたのは、有力議員の資金パーティーが行われた日付と、その時の議員の資金団体が提出している帳簿だ。

 ユウキたちが狙っていたのは、情報を得る事で、議員の不祥事に繋がりそうな情報が得られれば成功だと考えていた。マスコミ各社には、表に出せない情報が大量にある。その中から、”金”で買えない物と交換しても大丈夫だと思える情報を取引として持ちかけた。

 与党議員の不祥事だけではない。官僚や閣僚経験者。野党の有力議員や、経済界のお歴々の不祥事まで、いろいろな情報が、”初級ポーション”と交換されている。

 相手は、マスコミでも政治や経済界を相手にしている者たちだ。黒い物も言い方を変えて白く見せるくらいは平気で行ってきた。
 対応しているのは、今川と佐川と認識阻害を行っているレイヤとヒナだ。

 取引は、都内の喫茶店で行われる。
 場所は、相手が指定した場所ではなく、今川と佐川が適当に選んだ店で行われる。

 相手は、必ず二人で来てもらう。二人より多い人数で来た場合には、取引は中止する。
 こちらは、レイヤとヒナが対応する。認識阻害を行っている。隠しカメラで撮影しているのだが、撮影を認識したら取引は中止して、レイヤとヒナは喫茶店を出てしまう。もちろん、追いかけようとするが、無駄だ。本気で逃げようとした二人を、スキルを持たない者たちが追いかけるのは不可能だ。

 直前まで喫茶店を知らせないのには、相手が権力を使って罠を仕掛ける要素を減らす目的もある。
 警察が現場に駆けつけても、レイヤとヒナは姿を隠して逃げる事ができる。

 最初の数回は、警察を待機させていたり、裏社会の人間を待機させていたり、店を包囲していたり、様々な方法が取られタダ、全てが失敗に終わった。

 マスコミも無駄な努力をするよりも、”ポーション”を入手することを優先することに舵を切った。
 そして、誠実な対応を行えば、”ポーション”が入手できると知ってからは、各社マスコミは誠実な対応を行うようになった。
 それでも3社に1社程度は、ユウキたちを子供だと侮って権力と暴力で”ポーション”を独占しようと考える愚か者がいる。その者たちには、しっかりと自分たちの行いを反省して後悔する時間が与えられた。後悔と反省が活かされることがあるのかは微妙な状況になってしまっている。ネット社会の怖い所だ。

 ユウキたちは、”初級ポーション”を二本持って、打ち合わせに向かう。
 その場で、どちらか一本を飲んでもらう。もう一本は、情報と交換となる。情報は、取引の前に今川と佐川が要求している。当日に、違う情報を渡された場合には、しっかりと請求すると伝えてある。

 その場で”ポーション”を飲むのは、マスコミが連れていたもう一人が担当する。仕込みだと言わせないための処置だ。

 マスコミが、”ポーション”の効用を確認して、情報を渡す。

 マスコミは、持ち帰った”ポーション”の取り扱いでさらに揉めることになるのだが、目の前で付けた傷が治っていく様子を見て、”ポーション”の効用を見てしまった者は、”ポーション”を依頼された者に渡すのが惜しくなる。”渡す”必要は理解している。得た”ポーション”は契約通りに渡すのだが、その後にまた”ポーション”の取引を持ちかける。

 既に、情報を渡しているので、それが二度目になろうとも、心の負担は大きくは変わらない。
 個人が持っている”情報”までも渡して、”ポーション”を得ようとする者も出始めた。

 これが、今川とユウキが仕掛けた罠だとは考えていなかった・・・。

 マスコミは、自分だけが情報を売ったと考えている。
 各社が、ユウキと取引を行っているが、牽制しあって、どんな情報を渡したのかは、共有していない。それどころか、”ポーション”は得られなかったというマスコミが殆どだ。

「情報の精査は?」

「まだだ。集められた情報が公開されたら、閣僚の半分はすっ飛ぶぞ?」

「情報が、全部本当だったら・・・。の、話ですよね?」

「ん?情報の真偽は必要ないぞ?必要なのは、真実に見えるような情報の提示方法だ」

「あぁ・・・。まぁそうですね。でも、俺は、今の議員に恨みはないですね。官僚は、滅んでしまえと思う時はありますが、議員の首を飛ばしても、違う首が収まるだけでしょ?」

「そういうなよ」

「でも、おかげで面白い情報が集まっているようですね」

「そうだな。どうする?」

「官僚や財界の情報は、ネットに流してください。森田さんが準備をしているはずです」

「天国からの目か?」

「えぇ洒落た名前だと思いますが・・・」

「名前は気にしない方向でいこう。わかった。官僚系と財界系の不祥事は、順番に流す。順番は、こちらで調整していいのか?」

「まかせます」

「あぁ出来ればいいのですが、とある議員に繋がる官僚や財界人の不祥事は、流さないようにしてください。知っている人が見れば解るような細工をしてくれたら助かります」

「それも承知した。森田と話をしておく」

「ネットは頼ってしまいますがよろしくお願いします」

「任せろ」

「公開は?」

「そうだな。森田と話をして、最終調整はするけど、来月の二日にしましょう」

「11月2日か?」

「はい。メキシコの死者の日で、俺の母親が命を断った日です」

「そうか・・・。わかった。天国からの目が、隠された情報に光を当てるのにはぴったりな日だな」

「はい。無理はしないでください」

「大丈夫だ。俺も森田も、死ぬ気はないし、まだまだ楽しみたいと思っている」

「そうですね。まだ始まってもいないですからね。これから、楽しいパーティー(復讐)が始まるのですからね」

「あぁ俺も森田も楽しみにしている。俺たちの分まで、お前に背負わせてしまって申し訳ないが・・・」

「それは、気にしないでください。俺の方こそ、俺の都合に合わせてもらって・・・」

 二人は、情報がまとめられた資料を見ながら、今後の打ち合わせを行った。
 その後、ユウキは溜まっていた頼まれごとを消化するために、拠点で訓練をしていたリチャードを訪ねた。

 最初は、リチャードで、全員は無理だとは思うが、一日でこなせるだけ対応しておこうと考えていた。

 学校は、いろいろあって休みになっている。マスコミが殺到していて授業にならないというのが主な理由だ。

 学校からの通達が、ユウキには遅れた。休校になる当日になって届いた。吉田教諭が、ユウキに連絡をしたことがきっかけだ。
 ユウキはクラスから浮いた存在だ。クラスでは、ユウキは”いじめ”られているようだ。本人は、気にしていないのが、余計に周りから憎々しく思えてしまっている。
 ユウキは、元々の性格から飄々としていると見られている。そして姿かたちや性格に大きな欠陥があれば良いのだが、顔は平均以上で、身長は低いが低すぎない。体型も、筋肉質というほどではないが、バランスは取れている。成績は、上位に位置している。実習は、教諭たちが苦々しく思えるほどで、ユウキに低い点数を付ければ、他の生徒に点数を与えられない。他の生徒の成績を操作しても、ユウキの成績を平均以下にはできない。
 運動は、しっかりとした計測を行えば、オリンピックに出場できる記録くらいなら簡単に出せる。
 武術系の授業でも、”いじめ”を主動している男子の呼びかけで、ユウキに襲い掛かっても。簡単に対処されてしまっている。

 ユウキは、クラスで孤立しているように見えるが、事情を知らない一部の女子からの支持を得ていた。一部の女子から支持されている事実が、余計に男子からの怨嗟に繋がっている。悪循環の輪が広がっていく・・・。
 ユウキがバイク通学の許可を得ていることも、男子からの怨嗟に繋がった。バイクを置いてある場所には、ユウキが自費で監視カメラを設置して、有名なセキュリティ会社と契約を結んでいる。その為に、バイクに細工をしようとして、触ったらサイレンが鳴り響いて、柔道家のような人たちが駆けつける騒ぎになった。

 タイミングがよいことに、学校が休みになり、そのまま長期の休みに突入した。
 かねてより計画されていた。日本に居るメンバーと一緒に里帰りをして、いろいろな手続きを行う事にした。

 まずは、リチャードとロレッタの故郷であるアメリカのアリゾナ州に向かう。
 ユウキの転移ではなく、しっかりと手続きを行っての出国だ。復讐が目的ではない。報復すべき相手は、既に対処してある。残党が残っているらしいが、以前のような異なる真実を事実だと捻じ曲げるだけの(権力)は持っていない。

 リチャードとロレッタは、手続きを行うために、空港で別れた。
 同じように、ドイツでは、フェルテとサンドラとエリクとアリス。オランダでは、マリウスとヴィルマ。スペインではモデスタとイスベル。皆が、一時的に帰国して手続きを行う。

 ユウキは、付き合う必要はないのだが、律儀に皆に付き合っている。
 そして、フィファーナ(異世界)で死んだ者たちの弔いを行っている。

 ユウキが日本を離れてから、半月が経過した。

「!!」

 ユウキは、日本からの連絡を、オランダで受けた。
 今川や森田からの連絡ではない。

 家の警備を依頼している会社からの連絡だ。

 長期休暇中に、なかなか動かなかった情勢を動かそうとして、打った手がやっと実を結んだ。

「ユウキ?」

 マリウスが、ユウキに話しかけた。
 支援者にポーションを渡した帰りだ。

「バイクが盗まれた」

「盗んだのは?」

「まだ特定はされていない。マリウス。ヴィルマ。俺は、日本に帰る」

「わかった。こちらは、当初の予定通りに、動く。問題が発生したら、ユウキを呼び出せばいいよな?」

「大丈夫だ。空港なら”来ている”から待ち合わせ場所にも丁度いいだろう?」

 ユウキがついてきた副次的な目的は、ユウキが使っているスマホで、各国で写真を撮影することだ。それも、人が居ないような場所で、転移しても目立たない場所を撮影場所として選んでいる。
 写真は、皆と共有している。場所を提供してくれている協力者に筋を通すために、ユウキが足を運んだ。

 協力者には、ギアスを結んでもらっている。
 そのうえで、ユウキが”転移”を使えることも告げている。皆が、驚いたが納得してくれた。そして、ポーションという対価を必要としなかった。言われたのが、”また来い”が報酬になっている。レナートに残っているメンバーと一緒に訪れることを約束した。

 ユウキが日程のキャンセルを行って、実際には、オランダからは一人で行動する予定になっていた。
 レナートに残っているメンバーの母国を訪ねる予定になっていたのだが、その予定は、ヒナとレイヤに引き継がれる。ユウキたちに遅れる形で、日本を出た、ヒナとレイヤは、オランダでマイルスとヴィルマと合流する。その後、ユウキが辿ったのと逆回りで、皆と合流してから、残留組の母国を回って、協力者に挨拶を行う。ユウキの転移ポイントにはならないが、筋を通す形だ。

「わかった。レイヤとヒナは?」

「明日にも中部国際から出る」

「わかった」

 ユウキは、バイクを盗ませるために、海外に出た。
 それも、海外に出た証拠を残す形をわざわざ作り出した。

 最初は、バイクを盗ませる計画は順調に進んでいた。
 学校内でのヘイトも溜まっていたのだが、前田兄妹の件が思っていた以上に、いろいろな所に飛び火した。大きく炎上したのは、報じなかったマスコミ関連と関連した議員だ。偽物ポーションまで出る形となってしまったが、大筋は望んだ方向に動いた。

 しかし、学校側が思っていた以上に臆病な対応を行った。長期休暇の前に学校を休校にしてしまった。

 ユウキは、作戦の練り直しに入った。
 自分たちではなく、第三者にユウキの私物(バイク)が盗まれる証拠を握らせる必要があった。

「ユウキ。それで、バイクは?」

 日本に戻る為の飛行機は確保出来たが、チェックインまでには時間がある。
 ヒナとレイヤとは入れ違いになるのだが、マリウスは残るようだ。ヴィルマは、ユウキの代わりに支援者の所に向かっている。タイミングがあえば、ドイツで別れた4人と合流ができるかもしれない。

「移動中だ」

「動かせないよな?」

「あぁエンジンはスタートしない。スキルでロックしている」

「ははは。すごいな。キーではなく、スキルか?」

「ん?もちろん、直結してもスタートしない。いろいろ試したが、ガソリンタンクを結界で覆ってしまうのが楽だった」

「へぇ・・・。今度、やり方を教えろよ」

「ん?マリウスは、結界は使えないよな?」

「俺は使えないけど、ヴィルマが使える」

「あぁ・・・。簡単な・・・。ん???そうか・・・。ヴィルマに、バイクや車の構造を教えるのは、マリウスがやるよな?」

「ちっ。勘のいい奴は嫌われるぞ」

「ははは。そうだよな。結界よりも、構造を認識して、構築を行わなければならない。その為には構造を理解する必要がある。危ない。危ない。ヴィルマに、構造を教えるのは俺には無理だ。騙される所だった」

 ユウキの言葉に、マリウスは肩を上げて驚いて見せた。お互いの笑い声が重なった。

 時計を見れば、チェックイン時間が迫っている。

「行くな」

「あぁ」

 ユウキが拳をマリウスに見せる。
 マリウスは、ユウキの拳に自分が作った拳を合わせる。

「頼む」

「頼まれた。ユウキ。俺たちの分も残しておけよ。一人で、全部を片づけようとするなよ?」

「それは、約束ができない」

「俺たちにも、彼女の無念を晴らすチャンスをくれよ」

「・・・。そうだな。でも、大丈夫だ。今回のターゲットは、小物の子分の・・・。その子供だ。片翼には違いないが、そこまで落とせるとは思っていない」

「そうか・・・。俺たちが日本に戻るまで、2か月くらいか?」

「・・・。そうだな」

「無理するなとは言わない。俺たちの分も残しておいてくれ」

「わかった。それから、サトシとマイも来たがっていた」

「そっちは、別口だ。俺には、サトシのお守りは無理だ」

「ははは。わかった。マリウス。頼むな」

「あぁ」

 何度目の別れの挨拶を行った。
 すぐに会おうと思えば会える。

 ここは、死が近かったフィファーナではない。
 しかし、それでも別れの挨拶が最後の言葉になってしまう可能性がある。ユウキもマリウスも嫌というほど経験している。大事な関係だからこそ、挨拶もおろそかにできない。そして、会えない時間を大切にするためにも・・・。

 噂話が、真実味を帯びるのには、いろいろなファクターが必要になってくる。ユウキは、発生した噂話に、虚実を織り込ませ話を織り交ぜて、真実味を持たせる工作を行っている。

 ポーションが実在しているのは、真実だ。しかし、ポーションが簡単に手に入るはずがない。ユウキたちが供給源である。その事実を隠して、前田果歩がどこからか入手したポーションで身体が治ったと噂を流した。身体が治っただけではなく、他にも効用があり、古い傷も肌も治ったと噂が加速した。

 人は、信じたい事柄だけを信じてしまう傾向にある。

 前田果歩の身体が治った。
 それだけではなく、若返ったという噂話が流れた。

 それに喰い付いたのは、前田果歩をイジメていたグループの先輩筋に当たる者だ。

「それで?見つかったの?」

「いえ」

「使えない。あなた。明日から、来なくていいわ」

「え?そんな」

「無能者を雇ってあげる義理はないわ」

「お嬢様。もう一度、もう一度チャンスを・・・」

「そうね。あの家なら、何かあるのかもしれないわね。あなたもそう思うでしょ?」

「はい。はい。そう思います」

「そう、それなら、あなたがやることは解っているわよね?」

「もちろんです。お嬢様」

 中央に居る女性は、満足そうに微笑んでから、近くにあったグラスを持ち上げて、目の前で縮こまっている男性に向けて、グラスを投げつける。グラスは、男性の肩に当たって派手に割れる。グラスの破片で、頬を切った男性は何が起こったのか解らない表情で、顔を上げる。

「解ったのなら、さっさと行きなさい!本当に、使えない」

「はい」

 男性は慌てて、立ち上がって深々と頭を下げてから、女性の前から立ち去った。

 女性は、そんな男性を目の端に捕えながら、スマホに目を落とす。そこには、ユウキが地球に帰ってきてから行った会見の様子が映し出されていた。

「ふふふ。本当に、あの女の子供なの?」

 女性の後ろに控えていた男性が、女性の側に近づいた。

「はい。間違いありません」

「お父様には?」

「まだ報告をしておりません」

「お兄様やお姉様たちには?」

「ご存じではないと思います」

「そう・・・。それなら、私が、この男を抑えれば、お父様の・・・」

 光悦とした表情でユウキを見る女性は、雰囲気は似ていないが、どこかユウキに似た顔をしている。

「それで?」

「まだ、調べられておりません」

「いいわ。まずは、ポーションよ」

「はい。お嬢様」

 女性は、男性が差し出した。グラスを受け取った。

 男性は、女性が持つグラスに、ワインを注ぎ込む。

 注がれたワインを飲み干すと、女性は立ち上がって、後ろに控える男性の一人を指名した。

 女性は、一人の男性を連れて、奥の寝室に入っていく.残された男性たちは、女性に話しかけた男性から、封筒を受け取って、部屋を出て行った。どこか、ほっとした雰囲気を纏っている。

 奥の部屋からは、金切り声で男性を罵りつつ命令する声が響いてくる。一つ一つの動作が気に喰わないのか、徐々に命令する声に混じって、何かを叩くような音が聞こえるようになってくる。

 そして、2時間後には、全裸の状態で血まみれになった男性だけが部屋に残された。

---

 あの女の息子だというだけで、気持ちが悪いのに、異世界帰り?意味が解らない。
 そんなことが出来るわけがない。

 でも、奴が持っている物で、怪我が治るのは本当のようだ。そして、怪我だけではない。飲み続ければ、不老も夢ではないらしい。不死では無いらしいが、それでも、人の寿命を上回るのは確定のようだ。
 こんな事を、お父様に知られたら、間違いなく、自分たちだけで独占されてしまう。
 そうなる前に、(わたくし)の分だけでも確保しなければならない。

 あの女の息子なら、私にも権利がある。
 お父様も、あんな女に手を出して・・・。今は、そんな事を言っても仕方がない。

 でも、お父様はそのあと、しっかりと処理した。
 あの女を邸から追い出して、子供も処理した。生きているとは思わなかったけど・・・。あの女は、強かだ。お父様に言われた施設に預けたと報告しておきながら、違う施設に子供を預けていた。お父様も、子供には興味が無かったのか、追及しなかったようだ。
 当時の状況は、私では解らない事が多い。お兄様たちなら知っているかもしれないけど、今はまだ聞けない。

 あの女の息子を私が確保するか、最低でも”ポーション”の製法を聞き出すまでは知られるわけにはいかない。
 噂に嘘を紛れ込ませて、お父様とお兄様とお姉様に流しておけば、都市伝説程度に考えて深くは調べないだろう。特に、あの女の息子が関わっているのは、絶対に秘匿しなければならない。偶然にも、あの女の息子が居た施設から、消えた子供が居たようだ。部下に命じて、噂の子供を別の子供にすり替えた。時間が稼げるはずだ。お父様もお兄様もお姉様も、お忙しい。噂話に付き合っている暇はないはず。

 ふふふ。
 あの女の息子にしては、可愛い顔をしている。

 そうだ!
 私にポーションを提供する栄誉だけではなく、私の相手が出来る栄誉も与えたら、喜んでポーションだけではなく、いろいろな物を提供してくれるはずだ。私の美貌に磨きをかけるために必要な物を提供させればいい。
 あの女の息子のDNAは必要ない。薬を使えばいい。飲ませて、私のおもちゃにすればいい。あの女への復讐は、私の正当な権利だ。

---

「おい。あの豚には、噂を信じたのか?」

「はい。旦那様のご指示通りに処理しました」

「しっかりと喰い付いただろう?」

「はい。美容にもよいという噂と不老の噂には、特に興味を魅かれたご様子でした」

「本当に、愚かだな。あの豚が美容?笑いすぎて、過呼吸になってしまう。あの醜い姿で、不老になって嬉しいのかね?」

「私には・・・」

「まぁいい。オヤジは?」

「噂はご存じですが、試すつもりは無いようです」

「まぁそうだな。誰かが使って、安全が確認出来てからだろう。そういう意味では、豚を使うのは丁度いい。このまま、まずは俺に情報を流せ」

「かしこまりました」

「そうだ、弟が、あの女の息子と同じ学校だったよな?」

「はい。旦那様が後援されている学校に通っているようです」

「あぁ・・・。馬鹿が問題を・・・。あの学校か?」

「はい」

「そうか・・・。それなら丁度いい。確か、もう一人の馬鹿が、バイクを欲しがっていたよな?」

「おっしゃる通りです」

「誘導しろ」

「よろしいのですか?」

「構わない。どうせ、奴らには、目がない」

「いえ、それも・・・。ですが・・・。会長のご意思は?」

「そっちは、俺が話しておく」

「解りました」

 男が、頭を下げてから部屋を出た。
 部屋に残ったのは、20代後半の男だ。

 バカラのグラスに残っていた琥珀色の液体を飲み干してから、窓際に移動した男は、この地方としては珍しい高層マンションの最上階から見下ろす街の光を見てから、何が可笑しいのか、大きく下品な笑い声を上げた。

 情報端末を取り上げて、馴染みにしているブローカーに連絡を入れた。

 10分後に、一人の男が部屋に入ってきて、名簿のような物を男に渡した。
 男は、その中から数名の女性の写真を指さした。

「全員は可能か?」

「確認しますが、調整いたします。出来ましたら」

「わかった。いつもの場所から落としておけ」

「ありがとうございます」

「それから」

「解っております」

 名簿を持った男は、頭を下げて部屋を出ていく.、男は先ほどまで座っていた椅子に深く腰を下ろして、空になったグラスにウィスキーを注ぎ込む。

 男の一日は、まだ始まったばかりだ。
 男は、自分は成功者で正当な権利として、自分が思い描く未来の到来を疑っていない。
 足元を固めていた基盤が崩れて、土台を含めて徐々に腐り始めているとは考えていない。

 俺は、愚かな姉貴や人間を辞めてしまっている姉貴や、偉ぶって成功者風を吹かせる兄貴たちとは違う。俺が、本当の強者で成功者だ。力の使い方もしっかりとわかっている。

「まだなのか!」

「はい。もうしわけありません。バイクにいろいろ仕掛けがあって、解除ができていません」

 あの気に喰わない新入生が、俺の異母兄弟だと知らされた。そして、兄貴がほしかった物を使っている。

 アイツが何か出来るとは思えないが、姉貴が使っていた連中が行方不明になっている。姉貴は、アイツが原因だと喚いていたが、どうやって今の日本で証拠を残さずに数名を神隠しに合ったように始末できるのか?権力を持たない高校生が?少しでも考える頭があれば、無理なのはすぐに辿り着く答えだ。アイツの後ろに居るのは、オヤジに負けた権力者で負け犬の集団だ。アイツのペテンに騙されるような連中がいくら集まっても、俺に勝てるわけがない。
 警察にも何も証拠が見つけられていない。そもそも、家から消えたのなら自分の意思で逃げたと考えるのが妥当だ。姉貴は、頭の中まで脂肪でも詰まっているのだろう、そんな簡単なこともわからない。
 姉貴の手下として動くのに嫌気がさしたと考えるのが妥当だ。

 俺は、そんな愚かな姉貴とは違う。
 そもそも、あんな化け物を姉貴と呼びたくない。死んでくれたら嬉しい。本気で思っている。ブクブク太って、醜い姿をしている。

 俺の上には、二人の兄貴と二人の姉貴がいる。
 簡単に言えば、俺はオヤジの跡継ぎとしては5番目になってしまっている。能力だけなら、一番だが、年齢の面では遅れてしまっている。それはしょうがないと諦めていたのだが、ここにきて、上の兄貴が使っていた奴らが何者かにとらえられる事案が増えている。病院や警察から連絡がくることが増えている。同じ家業の連中から笑いながら送られてくることもあるようだ。
 兄貴の所に潜り込ませている者からの情報だ。

「”大丈夫”だと言ったよな!」

「はっはい。なぜか、エンジンがかからないのです。ばらそうとしても、防犯装置が邪魔して・・・」

「防犯装置は外したのではないのか?」

「はい。盗難防止は解除しました。ホームセキュリティには通報はいきません。しかし、バイクに付けられている防犯装置を解除しなければ・・・」

「おまえ!俺が知らないと思って、適当なことを言っているのではないな!」

「そんなことは、ありません」

「ふん。まぁいい。アイツが、海外に行っているのは間違いないよな?」

「はい」

 兄貴の所に送り込んでいた男だが、重要な情報があると言って戻ってきた。
 それが、アイツが渡航を計画しているという情報だ。何のために、渡航するのかはわからなかったが、日本に居なくなるのなら、アイツが使っているバイクを俺がもらって問題はない。義弟が持っている物は、俺に使う権利がある。それに、あの女の息子が持つには分不相応だ。俺に使われるほうが、バイクも幸せだ。

 免許も取得した。アイツが取れるのだから、俺なら簡単に取れる。実際に簡単だった。
 教習所に行けば、口うるさく命令してくる奴らを、首にしていったら簡単に取得ができた。やはり、俺は天才だ。筆記試験も事前に問題がわかれば簡単だと思ったのだが、無理だと言われた。使えない部下を持つと苦労するのは上に立つ者だ。使えない部下は、首にした。何度か、都合がわるくて筆記試験はうまくできなかったが、4度目で合格した。優秀な俺だ。都合が悪くなければ簡単に合格できた。

 目の前にあるのは、CB400R。あの女の息子が乗るにはもったいない。名車だと言われている。
 あの兄貴がほしがるほどだ。よほどの物なのだろう。俺が手に入れたと言えば、兄貴が悔しがるだろう。そんな顔を見るのも楽しみだ。次の会合に乗っていこう。兄貴の顔が歪むのが楽しみだ。ついでにあの豚にも何か言えないか探してみるのも悪くない。オヤジも跡継ぎは優秀な俺がふさわしいとわかってくれるだろう。俺を後継指名してくれるだろう。

「あの・・・」

「なんだ!」

「ナンバーはどうしますか?このままでは・・・」

「はぁそんなことは、おまえたちでなんとかしろ!おまえたちは、専門家だろう!」

「はぁ・・・。しかし、このままでは・・・」

「うるさい!金なら払ってやる。なんとかしろ!」

 本当に使えない。
 これで、専門家だと言うのか?
 優秀な俺が指示を出さないと何もできないのか?

「・・・。わかりました。動くようにすればいいのですよね?それで・・・。免許は?」

「そうだ!さっさと仕事をしろ!免許。ある。いい加減にしろ。さっさと動くようにしろ」

 本当に、こんな者なのか?
 専門家なら、俺が言う前にできるだろう?

 俺の様な、優秀な人間が指示を出さないと、なにもできないのか?
 これは、兄貴たちが食事会の時に話をしていることだな。”優秀な人間が指示を出さないと動かない”俺も今まで後輩たちを動かしていたが、専門家を使うのは初めてだったが、こんなにもひどいとは思わなかった。後輩の方がまだマシだ。優秀な俺が間違えないとわかっている。後輩たちに命令したほうがよかったか?

 眠くなってきた。
 腕に付けているロレックスの時計を見れば、23時を回っている。
 こんな無能どもに2時間も付き合っていたのか?

 俺の貴重な時間を・・・。
 頭にくるが、専門家に任せなければ、バイクが壊れてしまっては、俺の華麗なる計画に翳りができてしまう。

「俺は、寝る。明日の朝までには終わらせろ!徹夜で仕上げろ。壊すな。汚すな。俺のバイクを汚すなよ!」

 これだけしっかりと指示を出せば、使えない専門家でも大丈夫だろう。

 ふふふ。
 明日の朝には、あのバイクに俺が乗る。そして、あさっての会合にはバイクで向かう。
 兄貴の顔が楽しみだ。

---

「おい」

「なんだ?」

「これ、盗品だよな?」

「あぁ」

「上からの命令だから、工具をもってきたけど、問題が発生したら、俺たちが勝手にやったとかいわれそうだよな?」

「そうだな。間違いなく、そうなる。はぁ・・・。簡単な仕事だと思ったけど・・・」

 手に持っていた工具を床に投げ出して、男たちは床に座り込んだ。

「それにしても、CB400Rか・・・。いじれると思って・・・。来てみたら・・・」

「あぁ防犯装置は、乱暴に引きちぎっている。ナンバーもそのまま。車体番号が残されていたから・・・」

「調べたのか?」

「当然だろう?」

「それで・・・」

 問われた男は首を横に振る。

「そうか・・・。このCB400Rの持ち主は丁寧に乗っているよな?」

「あぁ感心するくらいに奇麗に乗っている。タイヤの減り具合から、攻めてはいるみたいだけど、ステップの減り具合が奇麗で、無理はしていないのだろう」

「あぁそれに、マフラーの中までさらっている。エンジンの火が入らないから・・・。この様子だとエンジンも攫っていそうだな。ここまでするか?」

「同業者なのか?」

「いや、高校生だ」

「え?高校生?親が整備工場でもやっていたのか?」

「わからない。でも、CB400Rが整備に回されたらうわさでも聞くよな?これだけ奇麗に乗っているのなら、頻繁に整備しているのだろう?」

「そうだな。パーツを見れば、三カ月単位で整備しているのだろう?持ち主に会いたいな」

「あぁ・・・。でも、ダメだろうな」

 男たちは、男が出て行った扉を見てため息を吐く。

「なぁでも、このCB400Rは・・・」

「そうだよな。直結を試したけどダメだった。何がダメなのかわからないから気持ちが悪い」

「タンクを外そうにも工具を受け付けない。外せない」

「なめている感じではない。噛み合っているけど、噛み合っていない。回っているけど、回っていない。不思議だ」

「その癖、防犯装置は、簡単に壊せるようになっている。まるで・・・」

「俺もそれは感じた」

 男たちは、座ったままCBR400Rを眺めている。男たちを監視している者が居なくなってから、1時間ほどたった。

 男たちは、CBR400Rの持ち主の考察を始めた。
 そして、整備を行った者と話をしてみたいと考え始めた。

 俺の家を監視していた者から連絡が入った。

 CBR400Rの場所を確認する。
 予想とは違う人物だけど、ターゲットの一人が無事に釣れたようだ。

 思念体を飛ばして様子を見ていれば・・・。

 何か考えがあってCBR400Rを盗んだのかと思ったが、何も考えていなかったようだ。

 様子を見た限りだと、整備士は半分拉致の様な形で連れてこられたようだ。背後関係は調べた限りでは、直接の関係はなさそうだ。いわゆる金の繋がりだけだ。あとは直接聞いたほうがいいかもしれない。状況次第では、こちらに引き込めるかもしれない。

 バイクだけだとしても、整備ができる人が仲間に加わってくれると頼もしい。
 馬込先生の繋がりで整備工場とのつながりは出来ているけど、拠点の中に入れるには、”何かが足りない”と感じている。外周部で店を開いてもらって、拠点以外に住む人たちの乗り物のメンテナンスをしてもらっている。

 今回は、釣れたやつを始末した方がいいだろう。やり方を考えなければならない。殺してしまっては、(復讐)の意図が伝わらない。

 しっかりと苦しんでもらわなければならない。

 日本の法律は本当に素晴らしい。
 特に司法は、しっかりと整備されている。時々、逸脱した適用をおこなうことがあるようだけど、権力者を擁護するようになっている。それも、証拠主義を貫いているのが素晴らしい。どんなに状況が黒でも、証拠がそろわなければグレーのままで物事が推移する。そして、その証拠も立証されなければならない。

 奴らを呪い殺したとしても、”呪い”を立証する責任は検察側にあり、俺が協力する必要がないのが素晴らしい。

 さて、どんな”呪い(スキル)”がいいだろうか?
 闇属性のスキルを使って、自分の行いによって引き起こされた悪夢をみてもらおう。
 発動条件は、自分以外への暴力でいいかな。ついでに性行為も発動条件にしておこう。
 おっまだスキルに余裕があるのなら、接触部分の痛みを追加しておこう。瞬間的には激痛が襲ってきて、そのあとで鈍痛がつづくようにしよう。

 復讐のターゲットにしていなかったやつだ。ひとまずは、この程度で十分だろう。

 遠隔での”呪い”付与は不可能だ。
 寝たのを確認してから、スキルを発動して”呪い”をかけよう。

 転移のスキルも使い続けていたら、レベルアップしたようだ。
 前は、一度は現地にいかなければならなかったのだが、思念体を飛ばして現地の確認ができれば転移ができる。便利につかえるようになった。思念体は、一般の人がいっている”幽霊”と似た性質がある。移動手段として、空中を進むことができるだけではなく、壁程度なら突破ができる。突破できる壁にも制限があり、結界で覆われている場所は思念体では通過ができない。
 この世界(地球)では、結界のスキル持ちは仲間(俺たち)だけだと思うので、制限にはならない。もう一つの制限が、壁を通り抜けるときに一気に通り抜けられる厚さである必要がある。具体的には、頭のサイズとほぼ同じだ。正確なサイズは不明だが、タンスなどの家具が壁ぎわに押し付けられていると壁抜けが失敗する。

 転移を発動しよう。
 まずは、整備を行っている人たちに接触して・・・。

---

「その癖、防犯装置は、簡単に壊せるようになっている。まるで・・・」

「俺もそれは感じた」

「どうする?」

「どうする?」

「無理だよな?会社に帰っても、どうせ、俺たちは、”これ”だろう?」

 首を切るようなしぐさをする。

「そうだな。このCBR400Rの持ち主は、どんな人物だろうな?」

「会ってみたいな。あぁもう一度・・・。8耐に出たかったな」

「無理だろう?」

「狭い世界だからな。どうせ、上の連中が絶縁状を回すだろう?問題を起こした整備士を雇ってくれるファクトリーはないだろうな」

「へぇそんな感じなのですね」

「「え?」」

「あっ自己紹介をしますね。そのCBR400Rの持ち主です」

「「はぁ?」どこから?」

「”どこから”とかは、後で説明しますが、そのCBR400Rを返してもらいますね」

「待て!」

「なんですか?この部屋の持ち主に義理立てするのですか?」

「違う。君が、本当にCBR400Rの持ち主か確認したい」

「あぁそうですよね。書類とかでは納得しないですよね?」

 整備士の二人は、頷いている。

「わかりました。触りますね。いいですよね?」

 CBR400Rの近くに居た男性が、場所を空ける。

「警報装置は力ずくで外したのですね。直結は試しましたか?」

「試した跡がある。俺たちは、エンジンがかからなくなったと依頼を受けて来た。盗難には関わっていない」

「盗難車だと気が付いたのは?」

「・・・」「チグハグだからだ」

「チグハグ?」

「あぁ」

「詳しい話は、後で聞きます。まずは、エンジンをかけますね」

 少年は、CBR400Rに手を触れた。
 整備士たちが、何をやってもエンジンがかからなかったCBR400Rが、本来の持ち主に出会えたのを喜ぶように少年の行動に答える。

「「え?」」

「さて、遮音結界を張りますね。あぁ聞かないでください。話を聞かれたくない人がいますし、エンジンを吹かしたら直ったと思って、愚か者が来てしまうでしょう?」

「「・・・」」

「あれ?俺のことを知らないのですね。そこそこ、名前が売れていると思っていたけど・・・。勘違いやろうみたいで、意外と恥ずかしいですね」

「あ!」

「どうした?知っているのか?」

 少年が手を動かして遮音結界が展開される。

「もう大丈夫ですよ。CBR400Rのロックは解除しましたから触ってもらっても大丈夫ですよ」

 少年は、CBR400Rから離れた。
 面白そうな表情をしているだけだ。

 二人の整備士は、少年が何を言っているのかわからないが、CBR400Rが正常な状態に戻ったことは理解ができた。

「どういうことだ?」

 さきほど、何かに気が付いた整備士が、少年に問いかける。

 少年は面白そうな表情をしている。

「スキルで機械的な制限を加えていただけです」

「・・・。やはり、異世界帰りは・・・。本当なのか?」

「本当ですよ。ここに潜入したのも、スキルを使いました。それから、あなたたちの雇い主とは敵対する関係にありますが、相手は俺の存在には気が付いていません。狙われているとも思っていません」

「は?」

「まぁ詳しいことは、後ほど・・・。それで、お二人は、どうしますか?」

「どうする?とは?」

「”ここ”に残りますか?それとも、俺と一緒に、俺たちの拠点に来ますか?拠点に移動したら俺のために役に立ってもらいます。まぁ”ここ”の住人や関係者よりは、”いい”雇い主だと思いますよ?あっひとごとながら、残ることはお勧めしません。彼の周りでは、3年間で13名が社会的な信頼を失いました。5名が嫁や娘を彼に犯されて病院送りにされて、3名は自ら命を断って、7名は行方不明や事故死しています」

「・・・」「連れて行ってくれ。俺もこいつも、天涯孤独だ。おかしいと思っていた。上の連中は知っていたのだな」

「それはどうでしょうか?そちらの方はどうしますか?一緒に行きますか?」

「質問していいか?」

「答えられることなら」

「拠点はどこだ?」

「伊豆です」

「俺たちは何をしたらいい?」

「あっその前に一つだけ教えてください。バイクの整備ができるのはわかるのですが、車の整備は道具や施設があればできますか?」

「できる。資格も持っている」

「それはよかった。拠点には、バイクや車があります。整備を頼みたい」

「わかった。最後に、俺たちは、伊豆から出ていいのか?」

「ははは。もちろん、大丈夫ですよ。俺たちを裏切らないという契約をしてもらいますが、条件はそれだけです。興味があるのなら、異世界に連れて行くこともできます。あっ8耐に出てもいいですよ?ドライバーは必要でしょうが・・・」

「行く!」「お世話になります」

 少年はにっこりと笑って、握手を求めてきた。
 契約が結ばれた瞬間だが、整備士の二人はスキルを感知できないために、知られることはない。

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