見世物は、休憩の後から加速していった。
大手が居なくなってくだらない協定や序列や忖度がなくなった。外国人の記者だけではなく、ネット系の記者たちも、ユウキたちに疑問をぶつけた。
スキルの質問は、ユウキが受けて実際に持っているスキルの中で、安全だと思えるスキルは、実演を行うことにした。
外国人の記者からは、暗殺や毒物に関するスキルに質問が集中したが、”出来ない”と返答する場面が多かった。それを信じるかどうかは、記者や読者に任せるしか無い。しかし”公”には、”出来ない”ことにしておく必要がある。
早く移動することはできるが、”転移”は出来ない。一度行った場所で、マーキングが設定できた場所には移動できるが、必ず移動できるわけではない。
細々な質問を受け付けていると時間だけが過ぎていってしまうので、スキルの披露をしてお茶を濁すことになった。
記者にもメリットがある。スキルの実演を動画で撮影できるのだ。
しかし、記者たちが質問してユウキたちが実演して出た結論は、”ちょっとだけ進んだ家電”という印象になってしまった。スキルはたしかに、不思議な力ではあるが、なければ困るという物ではない。力が増す。足が早くなる。遠くが見える。よく聞こえる。身体的な強化はできるのは素晴らしいという意見ではあるが、早く走れても新幹線や飛行機ほどではない。力が強くなっても重機ほどではない。
”人間”という枠組みからはみ出す力を持っていても、恐怖を覚えるスキルは少なかった。特に、海外の記者の感想では、銃で攻撃した場合のほうが、殺傷能力が高いと感じている。
ユウキたちが、調整してスキルを使った結果なのだが、記者たちは、ユウキたちが見せたスキルだけしか知らない状況なので、判断は難しい。
唯一の例外が、サトシが最後に見せた、聖剣召喚だ。
どこに居ても、攻防一体の聖剣を召喚できるのは、驚異に見えたのだろう。
日本国内なので、”銃”は存在しなかったが、椅子を持って殴りかかる程度では、聖剣が作っている防御は破られなかった。そして、投げられた椅子を一刀両断したり、今川が用意した鉄のインゴットを切ったり、ジュラルミンの盾を貫いてみせたりした。”防”の実演は難しかったが、”攻”の実力は十分に示されてしまった。
記者会見という名前の見世物は、無事”ユウキたち”の思惑通りに終わった。
控室に戻った29名は、変装を解除した。
「ユウキ!」
「サトシ。助かったよ」
二人は握手を交わす。
「どうする?母さんたちに会っていくか?」
レナートに帰還する14人をユウキが見る。
皆が頷いているので、14人は挨拶をしてから、レナートに帰ることに決めたようだ。今度は、今生の別れではない。笑顔で別れの言葉と、再会の約束ができる。
扉がノックされる。
ユウキとレイヤとヒナとサトシとマイの日本に残る者以外は、樹海に作った拠点に転移した。
「はい」
「ユウキくん。森下です。記者の森田さんと今川さんも一緒です」
「入ってください」
3人が扉を開けて入ってくる。
居るはずの、24人が居ない状況を見て、驚いたが、声にも、表情にも出さなかったのは流石だ。
3人が居るはずだと考えたのは、扉の前で森下が入っていく者を監視していた。今川は、裏口を確認していた。自分から出ていった大手が、ユウキに接触を試みるのではないかと考えたのだ。同じ理由で、森田は表玄関を見張っていた。大手の出版社が、ビルから退去しているのは入退室記録でわかっているのだが、自分たちを特別だと考えている連中なので、”バカにされた”と考えていたら、ユウキに接触してきても不思議ではない。
大手の記者たちは、会館を出て近くの公園でウロウロしているのが確認された。どうやら、ユウキたちの後をつけるつもりで居るようだ。
「あれ?」「ん?」「・・・?」
「森田さんも一緒だったのですか?丁度よかった、拠点ですが、お受けしようと思います」
「よかった!」
「それから、馬込先生に、”朝倉比奈が会いたい”と言っていたと伝えてください」
「え?先生の名前をなぜ?」
「頼みましたよ」
「あぁ」
森田は、釈然としない気持ちのまま承諾した。
話は終わったとばかりに、森下を見る。
「森下先生。法的な手続きをお願いしていいですか?佐川さんの研究施設から、まとまった金額を貰えそうなのですが、それらで足りますか?」
森下は、佐川から大筋で聞いている金額を思い出す。”最低限”だと言われた金額でも多すぎる報酬だ。
「そうね。手続きは、私ではなく・・・。いえ、そうね。手配します。それから・・・」
「父さんたちだね。説得はしてみるけど、難しいかな・・・」
「・・・。ユウキくんの不思議な能力は別にして、引っ越しは難しいですよね」
「間違いなく、あの場所で眠っている子供も居るから余計に・・・」
「そうね。そっちも、なんとかします。最悪は、馬込先生に協力してもらえれば・・・」
森下がブツブツと言い出したのを見て、ユウキは今川に話しかける。
「今川さん。続報もお願いします」
「でも、いいのか?」
「はい」
今川の続報は、フィファーナに帰る14人が”消えた”という記事だ。サトシとマイには、今川のインタビューを受けている最中に消えたという設定にする予定だ。そのための動画はすでに撮影してある。『世間が、何を言おうと関係がないというスタンスを崩すつもりはない』と考えているユウキたちは、スキルを披露した中心の14人を早々にフィファーナに帰すことにしている。今川も佐川も森下も承知している。ユウキとの繋がりを切らなければ、会えるタイミングがあると言われている。
馬込が提供する拠点を使うようになれば、帰還した14人も地球に戻ってくる頻度が上げられる。
「そうだ!ユウキくん!?」
「はい?」
ブツブツ、言いながらなにかを考えていた森下がユウキに話しかける。
「合同会社を作らない?」
「会社ですか?」
「税金対策や、君たちを隠す意味でも、窓口は必要になる」
「森下さんや、今川さんや、佐川さんではダメなのですか?」
「窓口は大丈夫かもしれないけど、税金対策にはならない」
「そうですか・・・。正直に言えば、お金にはそれほど執着していないので・・・。会社を作るのは、大変じゃないのですか?」
「簡単とは言わないけど、決められた手順通りに進めれば難しくないわ」
「それなら、会社を作ります。俺の名前だけでいいですか?」
「そうね。佐川先生は参加すると言い出すでしょう。他にも・・・」
「おまかせします。さっきも言いましたが、俺には、俺たちには、お金はそれほど重要ではありません。必要の度合いは低くなっています。すでに必要な物は揃っています」
「でも、服や食事は?」
「服は、大量にではないのですが持っていますし、自分たちで作ることが出来ます。食事も、4-5年は食べられます。嗜好品を買うくらいですね。必要になるのは?それも、最悪はバイトすればいいだけです」
「バイトって言っても、ユウキくんたちでできるようなバイトは、日本では少ないわよ?」
「そうですね。日本では少ないかもしれませんね」
「・・・」
「睨まないでください」
「傭兵をやろうとは思っていないわよね?」
「思っていません。それよりも、鑑定を使った”セドリ”を考えています」
ユウキは、皆と考えた”表向き”の金策を、森下に伝える。
他にも、服や食事に関しても、問題はないと伝えた。否定する材料がないこともあり、森下も反論はしないで、事務的な手続きの説明を行った。
「会社名は、”レナート”でお願いします。あとは、おまかせします」
「なにかあれば連絡するけど、いいわよね?」
「はい。大丈夫です」
会社と拠点に関しては、森下からの連絡を待つことになった。
「あっそうだ。ユウキ!」
今川が、なにかを思い出したかのように、袋をユウキに渡した。
「これは?」
「スマホだ。お前と、マイとレイヤの分として3台持ってきた。SIMも入っている」
「ありがとうございます。でも、通話料とかは、どうしたら?」
「編集部で払う」
「いいのですか?」
「あぁ使っても、4-5千円程度だろうからな」
「わかりました。ありがたく使わせてもらいます」
「これで、怪しい道具じゃなくて連絡ができる。連絡先には、俺と森下先生と今川先生を入れてある」
ユウキたちは、拠点と弱い繋がりながらも後ろ盾と、自由になるお金を得た。
私は、ヒナ。日本にいた時には、”朝倉比奈”と名乗っていた。
レイヤやユウキやサトシやマイや弥生と一緒に異世界に召喚された。フィファーナでの話は、悲しいことも多かったが、楽しいことも多かった。日本に居た時と違って、自分たちでできることが増えたのが一番の理由だ。
リーダは、サトシだが、実質的なリーダがユウキなのは皆がわかっていることだ。
ユウキには、日本に戻ってやりたいことが有った。私とレイヤにもやりたいこと・・・。知りたいことがある。
ユウキは、自分のことを棚上げにして、私とレイヤに関する情報を収集するつもりのようだったが、問題が一気に解決しそうだ。
地球に残る者たちには、スマホが提供された。ユウキとよく話をしている記者から提供されたのだと言っていた。盗聴されても、私たちは困らない。位置が把握されて攻撃されても、撃退できる。仲間の中で、弱いアリスや私でも、10や20人程度に囲まれても突破できる。殺さないで無力化をするのは、難しいとは思うけど、撃退はできるだろう。
私のスマホに、着信が有ったのは、記者会見から3日後だった。
最初は、今川さんだった。私の連絡先を、『森田に教えていいか』という連絡だった。森田と名乗った人の連絡を聞いた。10分くらいしてから、森田さんから電話が入った。
『ヒナさん』
「はい。森田さんですか?」
『そうです。名乗らないで、もうしわけない。それで本題だけど、先生が、馬込先生が、ヒナさんとレイヤくんに会いたいと言っています。もちろん、断ってくれても大丈夫です』
「え?」
『あっ大丈夫ですよ。断ってくれても、ユウキ君と進めている話は継続します。それから、レイヤくんと相談して決めてください。メールでも電話でも大丈夫ですから、連絡をください』
そう言って、電話が切れた。
馬込さんには会って話を聞きたいと思っていた。
記者会見の会場に現れた森田と名乗った記者から告げられた。馬込という人物の名前と言葉。
私にも、レイヤにも記憶がある名前だ。
私の両親とレイヤの両親の葬儀に多額の香典を置いていった人物が、馬込だ。私とレイヤは、まだ幼くて、実際には会ったことが無い。
父さんと母さんの古い知り合いだと教えられた。そして、私とレイヤが、父さんと母さんの所に行けるように手配してくれたのが、馬込なのだと教えられた。
レイヤとユウキに相談した。レイヤにも、森田さんから連絡が入っていた。
ユウキは、私たちに任せると言ってくれた。信頼しているとは少しだけ違う気がするが、サポートメンバーをつけると言っていたので、サトシ以外を付けてもらうことにした。多分、スキルを考えるとアリスなのだろう。アリスの方も、復讐する相手が判明して準備を行っているらしい。
「こんにちは、ヒナです。森田さんですか?」
『こんにちは。森田です』
「よかった。レイヤと話をしました。”馬込先生にお会いしたい”と思います。私たちは、いつでも大丈夫ですので、馬込先生のご予定に合わせます」
『ありがとうございます。馬込から、せっつかれていて・・・。それで、レイヤくんと二人だけですか?ユウキ君やサトシくんやマイさんも一緒でもいいですよ?』
「いえ、私たちだけで伺います。あっ・・・。ただ、東京の地理には詳しくないので、待ち合わせや目的地は、駅とか、わかりやすい場所だと嬉しいです」
『わかりました。私が迎えに行きます。お二人・・・。できたら、記者会見のときと同じ変装をしてきてくれたら嬉しいのですが・・・』
「すみません。あのときの変装は、室内でないと難しいので・・・」
『わかりました。私のことは覚えていますか?』
「はい。私もレイヤも覚えています」
鑑定を使えば判明するだろうし、最悪はユウキにサポートをお願いすればいい。
『スケジュールが決まったら連絡をします』
「はい」
1時間後には、3つの日時と、待ち合わせ場所が書かれたメールが届いた。レイヤにも、同じメールが届いた。
相談して、ユウキとアリスの都合がいい日にした。
当日は、ユウキが待ち合わせ場所を見渡せる場所に待機をしてくれる。アリスが、私とレイヤに眷属を付けてくれた。抵抗した、本当に抵抗したが、”蜘蛛”を付けられた。問題がないと解ったら、即座に解除していいと言われている。待ち合わせ場所で、すでに”蜘蛛”を解除したいと思っている。でも、どこで話をするのかわからないのは不安なので、話し合いが始まるまでは我慢する。
待ち合わせ場所は、山手線の駅で、丁寧に地図まで付けてくれた。私は、わからなかったがレイアが大丈夫だと言ってくれた。ユウキとレイヤで下見にも言ってくれたので大丈夫だ。
待ち合わせ時間は、14時30分だったが10分前に着いてしまった。
「え?レイヤ。あれ・・・」
「森田さんだね」
10分前に着いたのに、森田さんは待ち合わせ場所で待っていた。慌てて、駆け寄って挨拶をすると、挨拶を返してくれた。
レイヤが森田さんと離しながら、馬込先生が待っている場所に移動した。私は、前を歩く二人に着いていくだけだった。
「え?ここ?」
森田さんについて行って、到着したのは、スイーツをパラダイスする店だ。
「えぇ主役は、ヒナさんとレイヤくんだから、こういう店の方がいいでしょ?それに、半個室みたいになっているから、内緒話をするのにも向いているよ」
馬込先生は、別の場所に居て、後から合流するのだと教えられた、私が財布を取り出すと笑いながら森田さんが、私とレイヤの分を含めて払ってくれた。スイーツだけではなくフルーツも食べ放題になる高いやつだ。時間も100分もある。
「60分くらい、二人で楽しんでね。馬込先生を迎えに行ってくる」
「あっ席は?」
「森田で予約しているから、店員に聞いてくれたらわかるよ」
近くに居た店員に声が聞こえていて、席に案内された。奥まった場所で、半個室になっている場所だ。
ケーキとジュースとアイスとフルーツを堪能した。
70分くらい経過してから、森田さんが老紳士を連れてきた。
私とレイヤは、立ち上がって挨拶をした。
「気にしなくていい。私が、馬込だ。ヒナさん。レイヤくん。君たちのご両親に私と娘は救われた」
馬込先生は、私たちが知らなかったパパとママのことを教えてくれた。職業を父さんと母さんに聞いたときに濁された理由も解った。
森田さんが、新聞の切り抜きを私たちに見せてくれた。そこには、私のパパとレイヤのパパが載っていた。名前しか知らない。顔写真も一度だけしか見たことが無いけど、パパだ。大人になったレイヤに似ている。
火災現場で、救助活動中に死亡したと書かれていた。
それなら、ママは?私の疑問に、森田さんは次の新聞を持ち出した。病院に向かう車に、対向車が衝突して、運転していた女性と助手席の女性が死亡。ママだ。レイヤは、机の下で拳を握っている。レイヤがなにかを我慢しているときにする動きだ。
「馬込先生?」
「ヒナさん。私は、お二人のお父さんに命を救われた。私の娘は、お二人のお母さんに助けられたと言ってもいい」
パパは、わかる。消防士だ。でも、ママは?看護師だった。ママは病院から、パパたちの所に急いだ。その途中で事故にあった。
「でも・・・。ママは、事故・・・。ですよね?」
馬込先生は、首を横に降った。
懐から、一つの紙を取り出した。そこには、二人の名前が書かれてあった。名字が同じだから、家族なのだろう。
「これは?」
「私の娘につきまとって・・・。そして、刺した男だ」
「え?」
「薬物中毒で、無罪になった。今では、会社の社長をやっている。会社名は、ユウキくんに言えば知っているはずだ」
「え?」
「もう1人は、刺した男の父親だ。退官しているが、霞が関で官僚をしていた。息子の問題がなければ、次官くらいにはなっていただろう。政府の覚えもよく、今では政治案件のブローカーをやっている」
「先生。ブローカーと言われてもわからないですよ。ヒナさん。レイヤくん。ブローカーは、相談役だと思ってくれればいい」
頷いておく、話が大きくなりすぎてわからない。パパとママは、何に巻き込まれたの?
森田さんが説明をしてくれた、正直な所、私にはわからない。レイヤは、なにかを決めた表情をしている。
「馬込先生」
「何かな?レイヤくん」
「この二人を、俺に、俺たちに・・・。ください」
「ここまで、話しておいて言うのもおかしいが、君たちが対処する価値があるとは思えない」
「解っています。でも、けじめは必要です。それに、俺たちはすでに・・・」
「違いますよ。レイヤくん。君たちは、綺麗だ。でも、君たちが対処したいという気持ちは理解できる」
「それなら!」
「年寄りの戯言だと思って聞いて欲しい」
「・・・」
「私の娘は、君たちの母親の献身な態度で心が回復した。奴は、それが許せなかった。私が家にいるときに火を放って、私を殺そうとした。君たちの父親に私は命を救われた。私が運ばれた病院に、娘が駆けつけると思った奴は、病院で待ち伏せした。それに気がついた、君たちの母親が、警察に通報した。警察が駆けつけて、奴を拘束しようとしたが逃げられた。君たちの母親が運転する車を偶然見かけた奴は、後ろから猛スピードで突っ込んで、反対車線に車を押し出して、逃げた」
「・・・」
「支離滅裂になってしまったな。すまない。ヒナさん。レイヤくん。私の依頼を受けてくれるか?」
「依頼?」「??」
「奴と奴の父親を、生きたまま私の前に連れてきて欲しい」
「え?」
「奴らは、私から逃げている。森田や仲間に探らせても・・・」
「・・・。わかりました。馬込さん。その依頼を受けさせていただきます」
「ありがとう。君たちは、私の依頼を受けて、あの愚か者を捕まえる。捕まえるときに、手荒な真似をして、怪我や骨折をしてしまうのはしょうがない。全部、私が依頼したことで、私に責任がある」
「そうだ。依頼というには、報酬がありますよね?」
「もちろんだ。娘が持っていた、二人の母親と父親の写真と直筆のメモを渡そう」
「え?」「・・・。馬込先生。でも、それは娘さんの宝物なのでは?」
私は、気になっていたことを遠回しに聞いた。馬込先生は、にっこりとだけ笑った。私は、それで悟ってしまった。
「馬込先生。もう一つ、報酬に追加して欲しいことがあります」
「なんでしょうか?」
「全部が終わったら、私とレイヤを娘さんの所に案内してください」
「わかりました。少しだけ、離れた場所です。あの娘が好きだった場所に眠っています。ぜひ、案内させてください」
「ありがとうございます」
私は、差し出された馬込先生の手を握った。レイヤも、私の手に合わせるようにしてくれた。
「ユウキくん。本当に、この条件でいいのか?」
佐川は、ユウキから渡された書類を見ながら、質問を重ねていた。最終確認という意味を込めて、ユウキに言葉をぶつける。
「構いませんよ。近くの方が、いろいろと便利でしょ。その代わり」
「わかっている。各国の研究者との窓口は引き受けよう」
佐川が欲しいと思っていた、ポーションの素材をユウキが渡す条件を入れている。
ユウキが佐川に頼んだのは、各国の研究所から上がってくる研究結果の取りまとめだけではなく、日本国内のうるさい連中への対応を任せた。特にうるさいのは、記者会見の前にユウキに上から命令して、袖にされた連中だ。佐川も、彼らのことを嫌っていたので、ちょうどいいとばかりに、佐川は彼らを、異世界の素材研究から外した。
「ありがとうございます」
ユウキたちは、馬込から譲り受けた伊豆の別荘地を開拓した。馬込も、持っている資産を投じてくれた。ユウキたちは、街道沿いの家を整備した。その一つを、佐川に研究所兼住居にしないかと持ちかけたのだ。
サトシたちが異世界に帰る時の芝居を行った。今川や森田らユウキに協力的な者たちを通して、14名の”消失”を発表した。今川と森田らの前で、インタビューを受けながら、砂になって消えた。ユウキやヒナやレイアは、残ってそれ以外の者たちが、砂と服だけを残して消えた。
ショッキングなニュースだったが、大手は完全に無視した。ネットの記事として紹介しただけだ。
「ユウキ!」
「今川さん。それに、森田さんも、どうしました?」
「俺は、この前の配信のお礼に来ただけだ」
「いえ、こちらにもメリットが有ることでしたし、お礼を言われるようなことではないですよ」
「そうだ。忘れていた。中立な立場で、お前たちを監視することになった。よろしく!」
「はい。森田さん。それなら、条件を飲んでくれるのですね」
「先生にも許可を貰った」
ユウキが、森田に頼んでいた内容は、街道に監視カメラを設置して、24時間に渡って配信を行うことだ。配信を行っていることを、大々的に宣伝することも含まれている。ユウキたちが使う道は、私有地扱いになっているが、監視カメラを使って配信される。森田がユウキたちを監視するのだ。
「事務所も移転されるのですよね?」
「そうだな。ユウキたち専属に近いからな」
「わかりました」
馬込は、ヒナとレイヤに会ってから、ユウキたちに対するサポートを強化した。
ユウキたちに拠点として使える場所を提供しただけではなく、配下の者たちを街道に住まわせることにした。そして、ユウキに”好きに使ってくれ”と伝えてきた。街道に住まう人たちも、ユウキに挨拶をして配下や部下だと思って命令を出して欲しいとまで言われた。
ユウキたちは異世界と地球を移動できるという秘密を、今川と佐川と森下と森田(馬込)に打ち明けた。
異世界との移動ができるという話を聞いた馬込からの提案が、ユウキたちの育ての親を、伊豆に移動させることだ。ユウキたちの父親と母親も最初は必要ないと言っていたのだが、馬込の説得を受け入れて、移動することを承諾した。施設の子供たちも引っ越しをすることになった。施設が広くなることや、個人部屋がもらえることなどが、子どもたちの琴線に触れた。各国に散らばっていた人たちも、施設が完成したら、見学に来ることになった。
森下が、子供だけなら日本での受け入れも可能になるかもしれないと伝えてきた。方法に関しては、ユウキたちには説明されていない。グレーゾーンな手法ではないとだけは説明している。
馬込は、いろいろな権利を持っていた。順次、ユウキたちに移譲している。
その中には、学校法人や宗教法人があった。アダルトな権利も有していたが、ユウキが未成年だということもあり、森下が権利を保有した状態になっている。森下が驚いたのは、宗教法人とアダルトの権利だ。これは、現法では申請さえも不可能な権利だ。森下は、何度も馬込に確認したが、”ユウキに権利を渡す”で問題が無いと確認した。馬込は、街道からユウキたちの拠点に向かう山道の途中にある別荘で過ごすことに決めた。死んでしまった娘が眠る場所で晩年を過ごすことにしたのだ。駿河湾と富士山が見える一等地にある別荘だ。
拠点を作り、環境を整えていると、時間だけが過ぎていった。
その間にも、ユウキたちはフィファーナと地球を行き来して、素材を相互に移動した。連絡手段として期待していた通信は難しいことが解った。しかし、レナートに戻った者たちが、協力してユウキのスキルの解析に成功した。ユウキのように人を運ぶのは無理だが、マーキングした場所に物品を送ることに成功した。同じように、地球からもレナートに送ることにも成功した。リアルタイムでの連絡は難しいが、手紙と同等程度には連絡ができる状況になった。
残った15名が目的としていた地球で”やりたい”ことも目標が定まってきた。
ターゲットの特定に更に時間が必要だったが、情報を集めるのには苦労しなかった。ユウキたちは、言葉で苦労しない。それだけではなく、隠密に必要なスキルは皆が保持している。盗聴に対する対応をしている部屋でもスキルを使って盗聴に似たことができた。
牙を磨いていた勇者たちが、ターゲットの首元に牙を突き立てる準備が整ってきた。
「リチャード!」
「ユウキ・・・。いいのか、俺からで?」
「相談して決めたはずだ。俺だけじゃなくて、皆が同じ考えだ」
「ありがとう」
リチャードが皆に向かって頭を下げる。
皆が口々に、”気にするな”や”俺(私)の時には手伝え”とリチャードに言っている。
周りで聞いている、森田が不思議な表情を浮かべている。
「森田さん。どうしたのですか?」
「いや、ユウキが日本語を話しているのは解るけど、他は何語を話している?英語でもないし、ドイツ語でも、スペイン語でも、フランス語でもないよな?」
「へぇ森田さん、英語だけじゃなくて、ドイツ語やスペイン語やフランス語も解るのですか?」
「・・・。ユウキ?」
「すみません。フィファーナでの、標準語です。所謂、異世界の言葉です」
「そうか・・・。確かに、それなら、誰が聞いても、意味がわからないな」
「はい」
森田との話が終わったユウキにリチャードが近づいてきた。
「ユウキ!」
「どうした?」
「父さんと母さんが、おまえたちに礼をしたいと言っているけど・・・」
「必要ない。でも、俺の父さんと母さんへの繋がりは作って欲しい」
「そっちは大丈夫だ。ヒナが顔を繋いでくれている。子供たちは、順応が早いよな」
「そうだな。留学生という扱いだろう?いいのか?」
「よくわからないが、いいと思うぞ。それに、父さんと母さんは、職業研修とかいう制度を使ったのだろう?」
「そう聞いた。やり方は、教えてもらえなかったけどな」
「そうか、森下女史だろう?」
「そう・・・。だと思うが・・・」
「まぁ気にしてもしょうがないな。皆、国籍取得申請をすると言っているけど、いいのか?」
「皆がいいのなら、問題はないと思うぞ?それに、この場所なら、学校もある。生活に困ることはないと思うぞ?それに・・・」
「そうだな。いつでも帰られるというのは変わらないよな」
ユウキたちは、各国の施設を移動するときに、建物を購入してスキルで移籍を行った。他にも、作っていた作物がある場合には畑の移動まで行っている。スキルで黙ってやっているので、検閲を通っていないので、多少ではない不安があるが、今更なことなので気にしないことにした。
スキルを使っての偽装を施している上に、作物もスキルで成長させたりしている。
さすがに、魔法やスキルを教えるのは、躊躇したが”日本語”を不自由なく使えるだけのスキルを開発した。日本人の中で、日本語が一番不自由なサトシがベースになっている。日本で生活していく上で、十分な日本語が使える程度にはなれる。
勇者たちは、たしかに異世界で偉業を成し遂げた。それは、自分たちのためだけだった。
これからの行為が、”正義”ではないと理解している。しかし、勇者たちは磨いた牙を収められるほどの大人ではなかった。
「ユウキ。俺たちも行ってくる」
「解った」
「2ヶ月で戻ってくる。ユウキ。頼む」「お願い」
ユウキの手を握りながら、頭を下げるのは、リチャードとロレッタだ。
「わかった。お前たちが帰ってくるまで、しっかりと守る」
「ありがとう」「ユウキ!感謝!」
リチャードとロレッタが、”転移”を発動させる。目的地は、アメリカのリチャードが育った。今は、誰も居ない教会だ。
「行ったか?」
「あぁ残っているのは、お前たちだけど、どうする?」
「ヒナは、残して行こうと思っていたけど・・・」「イヤ!」
「レイヤ。愛されているな」
「ユウキ・・・」
ニヤリと笑ったつもりのユウキだが、姿が可愛い中学生なので、子供が大人のマネをしているようにしか見えない。
「それで?どうする?」
「ん?あぁユウキは、自分のことを優先してくれ、俺たちの準備は終わった。実行のタイミングだけだ」
「そうか、すまない」
「気にするな。俺と、ヒナは・・・」
レイヤは、自分の腕に捕まっているヒナを見る。離さないと目が訴えている。
「俺は、ヒナと皆の手助けをしてくる」
「頼む」
実際に、レイヤとヒナのコンビは極悪だ。
レイヤは、サトシを除くと最高の攻撃力を誇っている。サトシが、聖剣頼りになっているのを考えれば、レイヤは各種の武器を使い分けて、属性攻撃ができる(搦手での攻撃を含めると圧倒的にユウキが強い)。地球での戦闘では、サトシではなくレイヤに軍配があがる可能性が高い。補助系のスキルを持っているヒナとレイヤのコンビは、隠密を含めて地球での活動では、ほぼ無敵だろう。
ヒナとレイヤの復讐相手はすでに判明している。相手の素性の調査も終わっている。レイヤとヒナなら、すぐにでも拘束して、復讐を完遂できる。しかし、復讐相手が、ユウキのターゲットに連なる者のために、監視を行うだけにしている。監視は、アリスがテイムした鳥や小動物たちを使っている。
レイヤとヒナも、ユウキに挨拶をしてスキルを発動する。
まずは、最初に行動を開始するフェルテとサンドラが居るドイツに転移した。
「ふぅ・・・」
ユウキは、魔法陣が消えた場所を見つめている。ヒナのスキルを使えば、魔法陣が現れないが、”様式美”という理由と、”魔法陣”が必須だと思わせる演出だ。誰に、見せるわけではないが、誰かに見られても問題がないようにしているのだ。
ユウキは、視線に気がついた。悪意や敵意は一切ない。
物陰から、1人の女性がユウキに近づいてきた。
「母さん?」
「ユウキ。少しだけ時間を貰える?」
「なに?」
「馬込さんのところで、話をしたいのだけど・・・。ユウキの、ユウキたちの父親に関して・・・。私たちが知っていることを・・・」
「・・・。いいの?」
「馬込さんと話をして、私たちが黙っていても、ユウキは真実にたどり着いてしまう。そのときに、あの人たちから、真実が語られるよりは、私たちがユウキに話したほうが・・・」
「ありがとう。母さん。俺は、母さんと父さんの子供で、よかったよ」
「ユウキ。私たちのことを、まだ・・・。母と父と呼んでくれるの?」
「え?もちろんだよ。俺の、俺たちの母さんと父さんだろう?」
「・・・。ありがとう」
涙を流しながら、自分たちの罪の告白を決めた時から悩んでいた。
ユウキに真実を告げた時に、今と同じように、”父”や”母”として慕ってくれない。その可能性があると考えるだけで怖かった。
老夫婦にとって、ユウキたちは特別な存在だ。ユウキたちよりも、先達は存在している。しかし、老夫婦に取っては、ユウキたちは全員がほぼ同じ理由で預けられた。
ユウキと老夫婦は、馬込が住んでいる別荘に移動した。
「白崎さん。本当にいいのですか?」
「えぇ馬込さん。ユウキに、新城さんのことを教えようと思います」
「わかった。ユウキくん」
ユウキは、老夫婦が座っているソファーの正面の椅子に腰を降ろしている。馬込は、ユウキの右側に座っている。
「はい。何でしょうか?」
ユウキは、馬込の目をしっかりと見つめながら答えた。
目上の人だということもあるが、レイヤとヒナが世話になった。ユウキたちが安全な拠点を得られて、後顧の憂いなく戦いを行うのは、馬込がしっかりとバックアップをしてくれているからだ。
「ユウキくん。白崎さんたちには、一切の非はない。全て、私が頼んだことだ」
「馬込さん!それは、違います。私が、私たちが・・・」
「白崎さん。いいのです」
片手を上げて、腰を浮かし始めた老夫婦を制して、馬込はまっすぐに向けられているユウキの目を見返す。
老婦人は、馬込の覚悟を悟って、椅子に座った。
「ユウキ。これから、馬込さんが話される事は、私たちが考える真実だ・・・。だから」
「父さん。大丈夫だ。俺もわかっている。真実は、見ている方向で変わってくる、そして見たことでしか真実は語れない」
「・・・」
老紳士は、ユウキの肩に手を置いて、ユウキを引き寄せて抱きしめた。子供が、”真実”に冷めた考えを持っているのが、たまらなく寂しく、そしてユウキならわかってくれると考えていた自分たちが浅ましく思えてしまった。
馬込は、老紳士がユウキを抱きしめるのを見ていた。どれだけ子どもたちを大事に思っていたのか知っていた。自分が、ユウキたちを白崎たちに預けたのは間違っていなかったと心の底から思った。
「ユウキくん」
椅子に座り直したユウキに、馬込が声をかける。
馬込は、テーブルに置かれた緑茶で喉を湿らせてから、”真実”を語りだした。
ユウキの母親が犯した罪と、その概要。
そして、母親を死に追いやった者たち。ユウキが理解していた話だけではなく、老夫婦の犯した過ち。
「ユウキ」
「父さん。母さん。ありがとう」
「え?」「・・・」
「俺は、いや、俺たちは、父さんと母さんの子供でよかった」
「ユウキ?」
「母や血縁上の父の罪まで、父さんと母さんが被る必要は無いのに、俺たちを・・・。俺を育ててくれた・・・。だから、ありがとう。母の罪は俺が背負う。だから、父さんと母さんは、安心してくれ!馬込先生。ありがとうございます」
「ユウキくん。この話は、私たちの真実だ」
「はい。わかっています。やはり、遺伝子的な父が・・・」
「そうだ。元凶は、君の父であり、弥生くんの父である男だ」
「・・・。やはり、俺と弥生は異母兄妹だったのですね。それでは、弥生の母は?」
「自殺した。いや、自殺したことになっている」
「そうですか・・・。調べることはできますか?」
「死亡の記事は出ている」
微妙な言い方だが、ユウキには十分な情報だ。”復讐”のターゲットが一つになっただけだ。
「もうひとつだけ教えて下さい」
ユウキは、馬込をまっすぐに見据える。
「なんだね?」
「母の両親は、健在なのでしょうか?」
「・・・」
「馬込さん。新城さんたちのことは・・・」
「そうだな」
「ユウキ。あの子の両親は、事故で死んでいる。それこそ、私たちが出会ったころに、あの子は独りになった。その寂しさに・・・。あの人は・・・」
「わかりました。祖父母の事故は?」
「わからない。当時は、事故と事件で調べられたが・・・」
「そうですか・・・。あの男が関係しているということは?」
「・・・。わからない」
老夫婦は辛そうな表情をするが、実際に”事故”として処理されている。
老婦人が使っている”あの人”という言葉は、自分たちの罪の意識に起因している。
老婦人に気を使いながら、ユウキは狩人のように、母親を殺した者たちに狙いを定めた。弥生の母親の敵でもある。狩人が狙う獲物は巨大な組織を持っている。表の顔と、裏の顔を持つ、地元の名士でもある。
安部井家、ユウキが狙いを定めた家の性。そして、現当主”恒二”がユウキの最終的なターゲットだ。前座として、ヒナやレイヤに協力して、恒二の手足を奪う。
「ユウキ?」
「父さん。母さん。大丈夫。俺は、奴らと同じ土俵には上がらない。俺たち流のやり方で対処する」
「・・・」
「まずは、姉さんや兄さんたちだ!」
ユウキは、自分で立てた計画通りに、一部では名前を知られる程度には有名になった。
会見の動画も拡散されている。ユウキだけが、(本当の)顔と名前を出している。
拠点でユウキがやっているのは、所謂、連絡係だ。
連絡係をしながら、ユウキは自分の計画に必要な事柄を調査して、準備を進めている。
差し当たっての問題がクリアできたので、レナートに戻っていた。
「ユウキ!」
「悪いな。こっちは大丈夫なのか?」
ユウキが手を差し出すと、男女は嬉しそうな表情をして、ユウキの手を順番に握った。
「大丈夫だ。サトシがマイとセシリアに怒られている以外には、問題はない」
「それなら、いつもどおりだな」
3人は、お互いの顔を見ながら笑いあった。
心の底からの笑い声だが、この笑い方ができるようになったのも、最近のことだ。皆が、心の中に、”澱”を持っていた。地球に戻って、心配だった、世話になった人たちに会えた。そして、皆の心を占めていた、”弥生”を帰すことができた。
「あぁ」「ユウキ!準備はできたの?」
男とユウキの他愛もない話をぶった切って、女がユウキに話しかける。
「大丈夫だ。フェリア。検閲とかいろいろ考えたが、やってしまおうという結論になった」
ユウキがやろうとしていたのは、ポーションの原料となる”薬草”の地球での栽培だ。
他にも、地球にはない植物の栽培を行う事だ。植生が似ているのはユウキたちも確認していて認識をしている。育つとは思っているのだが、実際に実行してポーションが作成できなければ、意味がない。
「そう、ジャパンは煩そうな印象があるけど大丈夫なの?ほら、貴方を攻撃したい人たちも居るのでしょ?」
フェリアと呼ばれた女は、自分が思っていた疑問をユウキにぶつける。実際に、ユウキが森下や佐川や森田に説明したときに、”検閲”が問題になる可能性が取り沙汰されたが、法律で”異世界”を縛れないことや、”薬草”がどういった区分になるのか、わからないので法律で縛ることが難しいと判断された。違法だと言われても、”新種”の”植物”だと申請してしまえば、何も言われないだろうという判断になった。
ユウキは、二人に、ここ数週間の動きを説明することにした。
「まず、拠点に地下を作った」
「「地下?」」
「あぁ地球には、こっちにない”科学”がある」
「すっかり忘れていた。特に、ジャパンは、その分野が進んでいる印象があるな」
レオンの言っている内容は間違っては居ないが、日本が”一番”進んでいるのは間違いだ。
「研究職が近くに居るし、乗り気だったからな」
「あぁ変人か・・・」
レオンが偏見をベースにしているが真実を言い当てている。
佐川は、ユウキの計画を聞くと各国の協力的な研究所に連絡をした。骨を埋めるつもりなら、受け入れるというユウキの戯言を聞き入れて、各国から一級どころの研究者が来日した。変人の所に、変人が集まった。
地下に作った薬草畑には、ポーションを作るために必要な薬草だけではなく、異世界の果物や毒草までも育っている。日本だけではなく、各国から持ち寄った”種”との掛け合わせも行われる。
ユウキが、レオンとフェリアに頼みたかったのが、レナートと”魔の森”での採取だ。他の国や地域にしか生息しない”種”も欲しいとは思ったが、”魔の森”に生息している草木が上位互換であり、効能が強い物が多い。主に、レオンが得意としている。フェリアには、所謂”錬金術”をまとめた書籍を用意して、”英語”への翻訳を頼んだ。魔道具が、地球でも動作するのは確認しているので、”錬金術”に必要な道具の調達を含めて頼んだ。
ユウキは、日本に作った拠点で、日本産のポーションを作ろうと考えた。
「ユウキ。それで、ポーションはできたのか?」
ユウキは、実験を行うために薬草を使って、ポーションを作ってみたが、品質は同程度の物ができた。
「できた。品質は、同程度だ」
「え?同程度?レナートと?」
「あぁ。びっくりだろう?」
「そうだな。地球で作って、こっちに持ってこられないか?」
「物資を送る技術は確立しているから可能だ」
「そうか、それらを含めて調整だな」
「あぁまずは、薬草や付随する物が生成できるかだからな」
「なにか懸念があるのか?」
「あぁ・・・。聖水がなければ、中級以上は難しい」
「実験では何を使った?こっちから持っていった物か?」
「いや、水道水だ」
「ハハハ。ジャパンの水道水なら、こっちの水よりは良いものができそうだな」
「あぁ地下水が使えないか、調べている」
「地下水?フジヤマの雪解け水なのか?」
「残念だけど、違うよ」
「そうか・・・。マウントフジの雪解け水なら、聖水並の効果が期待できたのだけどな」
「あぁ」
レオンが言っているのは、ユウキたちと調べた結果なのだが、パワースポットと呼ばれる場所のいくつかは、”魔力ポット”だと判明した。魔力が、溢れ出ているのだ。魔物が生成されないのには、なにか理由があるのかも知れない。佐川などは、”因子”が無いのではないかと言っているが、調べるのは中止している。何かの弾みで”魔物”が生まれてしまうと、パニック映画が現実世界で再現してしまうだろうと考えたからだ。
「魔物由来のポーションは作らないのだよな?」
「そのつもりだ。佐川さんは、スライム位は大丈夫だろうとは言っているけど・・・」
佐川が”大丈夫”だと言ったのは間違いではないが、”問題がない”と言ったわけではない。ニホンザリガニを駆逐するアメリカザリガニではない。魔物なのだ。スライムでも変異を繰り返せば、ヒュージスライムやビックスライムになりえる。ユウキたちなら楽に討伐できるが、魔法が使えない地球の人類では対処が難しい。ほぼ、”できない”と言い切れる。
「1体や2体程度なら大丈夫なのだろう?」
「それは確認した」
ユウキが言っている”確認”は、1体や2体の魔物を討伐しても、新たな魔物が生まれなかったことだ。安全を確認したわけではない。
「ねぇユウキ?錬金術なら、私じゃなくて・・・。あっそうか・・・」
「悪いな。フェリア」
「ううん。全部を翻訳しようとしたら、2-3年は必要だと思う」
「そうか、ポーションを作れるまででいい」
「わかった。(錬金術の)初級くらいでいい?」
「あぁ器具の方は、ある程度の数を頼む。あとは、ポーションのレシピとか・・・」
「わかった。錬成とかは?」
「魔法陣を使うよな?」
「うん。ユウキ以外は、魔法陣を使わないと無理」
ユウキは、錬金術に必要なスキルを取得している。器用貧乏だと言われる所以だ。
「それなら必要ない。魔法陣を教えると、魔法にたどり着いてしまう可能性がある」
それから、ユウキはフェリアに目的を説明した。錬金術師を作りたいわけではなく、目的はポーション作りを地球”作成ができない”か、ということで・・・。その為に必要になる資料と機材を集めて欲しいということだ。資料は、一部でいいが機材は、5セットほど欲しいと要望を伝えた。
2週間後に、ユウキがレナートを訪れると準備が終わったという知らせと、”種”と錬金術に必要な機材が揃って渡された。
ユウキは、地球の拠点に戻って、地下に作った研究施設に”種”と機材を搬入した。
「ユウキ君」
「佐川さん。お手間を・・・。もうしわけありません」
「大丈夫だ。それよりも、本当にいいのか?」
「はい。どうせ、最初は”胡散臭い”と思われるだけでしょう」
「そうだな」
佐川とユウキは、”薬草”が生い茂る地下研究所の前で話をしていた。
中級ポーションと初級ポーションと毒消しポーションと、短時間の身体能力向上ポーションを、明日から売り出す。オークション形式になっている。佐川や研究に参加した者たちと作った実証動画も同時に公開する。
一部で有名になった、異世界から帰ってきた子どもたちは、日本に集結していると思われていたが---”帰ってきた29名だったが”---14名が消えるように居なくなってしまった。
記者会見をしている会場で、質問を受けている最中に、服と灰を残して消えた。ネットでの配信だけではなく、大手マスコミの前で実際に発生した。
ユウキたちが、森田を通してマスコミ各社に、記者会見を行うと通知してきたのがきっかけだった。
(別段、親しい間柄でもなかったが)”袖にされた”と考えていた大手マスコミにも仁義の意味で、通知は行った。仕切りは、今川と森田が行うことになっていたのだが、追手町に本社を構える大手マスコミが、横槍を入れてきた。
しかし、横槍を全て”否”として、今川が用意する会場での会見となった。
そして、二度目の会見の概要を、各マスコミに配布した。森田や今川の予想通りに進めば、大手マスコミは、概要を読まずに会見に望む。
時間をわざと、昼過ぎにして、生放送をしても問題にはならない時間に設定したのは、ユウキからの発案だ。
実際に、生放送に踏み切ったマスコミは多くは無かった。最大手が昼の番組を差し替えて、生放送を行った。他にも、BSやCSでの生放送を行うと決めたマスコミが存在していた。ユウキが望んだ方向に動いていた。
当日に、マスコミたちの前に座るのは29名の子どもたちだ。皆が顔を晒しているが、ユウキを除いては素顔ではない。
そして、目隠しされたボードが備え付けられている。
定時になり、目隠しされたボードが外されると、マスコミたちは唖然とした。前回と同じように、森下が司会を務める。
第一声は、”合同会社レナートの起業。及び、役員と業務の説明”だった。
前回と同じように”異世界”の話や、ポーションの話だと考えていたマスコミは、盛大に文句を言い始める。しかし、事前に渡している概要では、異世界の話は書かれていない。しっかりと、起業した会社の説明となっている。
大手マスコミも、概要を読まないで来たマスコミを含めて、肩透かしの状態になっている。
概要にかかれている内容以外の質問は、”受け付けない”と宣言されているのだ。またもや、大手マスコミを含めて、煙に巻いた格好になっている。
しかし、大手マスコミがそれでも食い下がったときに、子どもたちに異変が生じた。
生放送中に、14人の子どもたちが忽然と消えたのだ。
質問をした者が、”子供に向けて横柄な口ぶりだったことも影響している”のではと、ネットでは大騒ぎになった。質問をした、大手マスコミが発行している新聞社のサイトが、一時アクセスが不能になるくらいに炎上した。どうやら、森田が燃料を投下していた。
14人が消えたことで、会見は終了となった。
マスコミの目の前で、忽然と消えた14名はどこに行ったのか?
当日に来ていたマスコミ全員に向けて、消えた14名の氏名を伝えた。出身の国を合わせる形だ。海外でも、大きく報道された。消えた瞬間の場面は、いろいろな方向から撮影されていた。今川が撮影していた、後ろからの映像も”自然な形”で流出した。皆が、消えたトリックを暴き出そうと、躍起になったが、誰も明確な説明ができなかった。
そんな問題だらけの、合同会社レナートの起業説明会が終わって、2週間が経過した。
その間、マスコミからの取材の申し込みは一切に受けていない。海外からの申込みも同じだ。
さらに、2週間後に、ユウキたちが作った会社が、一つの発表を行った。合同会社レナートのウェッブサイトに書かれた小さな小さな宣伝だ。
”ポーションのオークション”を始めると宣言された。
この情報は、静かに、だが確実に広がっていった。ユウキたちが帰還したときの会見で使ってみせたポーションをオークションにかけると言っている。マスコミはもちろん医療関係者も注視している。注視はしているが、誰もが自分でカードを引く気にはならないでいた。
静かに始まった、オークションの1回目は加熱しないで終了した。
「ユウキ。どこが落札した?」
「佐川さん。気になるのですか?」
「あれほどの物だからな」
「そうですか?」
「そうだ!それで?」
「初級は、記者を名乗る人物と、米軍です。米軍は、すでに引き渡しが終了しています」
「ほぉ・・・」
「中級の一つは別の記者と、ユーチューバーです」
「記者?文句を言うために買うには、少々高い買い物だと思うのだけどな?」
落札された金額は、初級は40万。中級は、250万だ。佐川の想像とは、一桁違うが、それでも十分に高価な買い物だ。
「えぇ私もそう考えて、馬込さんに聞いたら、一人は、政権よりの記事を書いている者で、鞄持ちだという話です。もう一人は、政権にも顔は聞きますが、財界と政界を繋ぐパイプのようです」
「それは、それは・・・。それで釣れたのかね?」
「ダメですね。でも、馬込さんの予想では、財界に情報が流れれば、数回で釣れるはずだとおっしゃっていました」
「そうか、それで、次のオークションには何を出す?」
「”毒消し”のポーションとかどうでしょうか?」
「毒消しかぁ・・・」
「ダメですか?」
「ダメではないが、毒消しは難しいぞ?」
「え?」
「ユウキ。少し、考えれば・・・。そうか、感覚が、異世界の基準になっているぞ」
「あっ。日本では、毒を受ける行為自体が存在しないのか・・・。でも、蛇とか・・・蜂とか・・・、は、金持ちには意味がないのか・・・」
「そうじゃ。アルコールくらいだろうが、あとは放射線を受けているとか、毒消しを必要とする者は少ない。それに、狙った者が釣れるような代物ではないな」
「そうですか・・・。そうですよね・・・。またポーションでもいいとは思いますが・・・」
「そうだ。儂も、ラノベを読んで勉強してきたのだが、ユウキは、力のポーションとか、素早さのポーションとかは無いのか?」
「え?ありますが、効果が、30分も続かないですよ?それも、本来の力から10%/20%/40%を伸ばすだけですよ?」
佐川は、立ち上がって、ユウキに近寄って、肩を揺する。
「それは、数は?力と速度だけか?視力や聴力の強化は?」
「え?佐川さん落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!ユウキ。なぜ、そんなに不思議そうな顔をする!成分次第では、ドーピングではない薬剤なのだぞ!」
「そうですけど、売れますか?30分程度ですよ?」
「確実に売れる。速度で、40%アップなら、100mのタイムなら2-3秒は削れるだろう、絶対に飛びつく!」
「そうですけど、訓練は必要ですよ。ポーションを使うよりも、日々の・・・。あぁそうか、強化のスキルがなければ、ポーションを使うしか無いのか・・・」
「ユウキ?」
「佐川さん。ステータス関連のポーションですが・・・。俺では、ありませんが、仲間で錬金のスキルの訓練で作った物が大量にあります」
「そうか!儂たちに回してくれるか?」
「えぇいいですよ。誰かに届けさせます。他の研究所向けにも必要ですか?」
「あれば嬉しい。次のオークションまでに、ポーションと同じように成分表を用意しよう」
「わかりました。お願いします」
ユウキは、レナートに戻って力と速度と頑強のポーションをそれぞれ20本を持って帰ってきた。それを、佐川に説明と一緒に渡した。今回は、20%アップの中級ポーションだ。ポーションを受け取った佐川は、喜々として研究施設に連絡をして、解析に取り掛かる。
その頃、ポーションを受け取ったユーチューバーが、もともと傷があった足にポーションを使ってみると宣伝して動画を撮影した。足の傷を大きく削り取ってから、ポーションで治す動画だ。綺麗になった傷や綺麗に修復していく傷。そして、ショッキングな内容を相まって、またたく間に2,000万回を超える再生数を稼ぎ出した。ユーチューバーの動画が火付けになった。ものすごい数の問い合わせが来たが、ユウキたちは全てを無視した。
そして、2回目のオークションが開催されると予告をした。
初めてのオークションが終わった。商品の引き渡しも終わった。
「ユウキ。時間を貰えるか?」
「大丈夫です」
森田が、拠点にあるユウキの部屋にやってきて、ユウキに資料を渡した。
「これは?」
「ユウキが望んでいた情報だ」
「え?もう?」
「・・・。あぁ」
「愚かですね」
「俺もそう思う。でも、暫くは無視するのだろう?」
「もちろん、焦らすだけ、焦らします。俺たちの唯一と言ってもよかった弱点・・・。母も父も、こちらに来てくれています。弟や妹に関しても、安全の確保が出来ています」
「そっちは、安心してくれ、先生が全力で守ると約束している」
「はい。それ以外にも、いろいろ仕込んでいます。抑止力では、馬込さんに力をお借りできてよかったです。俺たちでは、抑止力を持つのは難しかった」
「そうだな。そう思うことにしておくよ」
森田は、気がついている。ユウキたちが、抑止力を持とうと思ったら、国を相手にしても大丈夫な”戦闘力”を持っていると。実際、ユウキたちが本気で魔法を発動すれば、核兵器よりも環境に優しく、人だけを殺せるだろう。狙った人だけを殺すことも可能だろう。そして、ユウキたちが使っている武器で弱い物でも、車を切断することは容易だ。
だが、世間に公表しているのは、ポーションなどの”薬”になるような物だ。魔法ではっきりと”使える”と明言している技術は存在しない。
身体能力が向上しているのは、生活の場を共有していると実感できるのだが、マスコミが報じる情報や、意図して流している情報から読み取るのは難しい。世間には、伊豆に引っ込んだ理由は、マスコミの接触を嫌って、”静かに生活を営みたい”という建前を伝えている。また、異世界の環境に近い場所での”リハビリを行っている”という噂もしっかりと流している。
「森田さん。次のオークションを開始したいのですが?」
「ん?準備は出来ている。アイテムは?」
「はい。リストを作っているので、後で送ります」
「わかった。それで、いつから始める?」
「そうですね。次の月曜日から、10日間で、どうでしょう」
ユウキは、森田から渡された資料をパラパラ見ながら、考え込んでいた。
「わかった。先生にも伝えておく、佐川さんたちの資料は間に合うのか?」
「最初は、なしで考えています」
「ん?最初は?」
「はい。すぐに、同じアイテムで三回目の実行を考えています。違うのは三回目には、成分表を合わせて資料をつけることです
「・・・。わかった」
森田は、ユウキが資料に目を落としているのに気がついている。
そして、資料の一部に、とある政治家に関わる団体が、ユウキの身元を調べて、アクションを起こしていることが書かれていた。
「お願いします」
「本丸の前に、三の丸を落とすのか?」
「いえ、三の丸ではないでしょう。いいところ、櫓ですよ」
「そうだな」
森田は、軽く手を振ってから、部屋から出た。
ユウキは、資料に目を落としながら、自分の考えをまとめ始める。
単純に命を奪うだけの復讐なら、明日にでも実現は可能だ。ユウキには、誰にも知られないで殺す方法がある。しかし、それでは、ユウキの気持ちがおさまらない。
「まだだ。まずは、手足を奪ってから、母さんや父さんが受けた行為の百万分の一でも・・・。殺すだけでは、ダメだ。意味がない。絶望を味あわせてやる」
第二回目のオークションは、静かには始まらなかった。
予告されていたこともあり、発表の当日には想定していた10倍のアクセスが有った。
ポーションには、前回を上回る入札が殺到している。日本国内だけではなく、アメリカや欧州からの入札も増えている。中級のポーションが人気のようだ。森田の分析からユウキは中級のポーションを多めに出すことにした。
そして、ステータスアップのポーションを、解りやすいだろうということで、力が10%アップするポーションと速度が10%アップするポーションを二本ずつオークションに出すことにしている。説明は、”一定時間、力が10%アップする”と”一定時間、速度が10%アップする”とだけ書いてある。
第二回目のオークションは、中級のポーションは欧州から入札してきた者が競り落とした。すぐに、振り込みが行われて、ポーションを受け取りに来るのだと連絡が来た。そして、できることなら、その場でポーションを使って、”傷を治したい”と願い出てきた。
「今川さん。どういうことですか?」
今川が入札相手とのやり取りをしていた。言葉の問題から、森田ではなく今川が手伝いを申し出ていた。
「あぁ相手は、フランスの金持ちだ」
「フランス?」
「そうだ。顔の怪我を治したい・・・。らしい」
「顔?中級だと、一度、怪我を抉る必要がありますよ?」
「説明はしたけど、それでも・・・。それで、問題は・・・」
「問題があるのですか?」
「問題は、治したい人物が、12歳の女の子だ」
「え?」
「火事で、顔に火傷を・・・。それで、ポーションの話を聞きつけて、是が非でも落札して、娘に使用したい。と、いう話だ」
「うーん。止めないけど、今の話だと、火傷は顔だけに聞こえますが?」
「首筋にかけてだ。それにも左側で目も見えないらしい。他にも、左半身に火傷の痕があるようだ」
「中級だと目は治りませんよ?」
「それは伝えた。それでも、顔の火傷が治るだけでも・・・。と、考えているようだ」
「うーん。顔だと、動画の撮影はなしですよね?」
「あぁ」
「前後の比較程度は、考えているのですか?」
「そうだ。主治医が一緒に来日するようだ」
「その方々は、秘密厳守ができる人ですか?」
「秘密?」
「はい」
「どうだろう。火傷が治れば、社交界に連れて行くだろう。俺も、軽く調べたら、社交界では有名な話みたいだぞ」
その金持ちは、移民の子孫だという。行き過ぎた正義の暴走で、テロ行為の犠牲になった。移民に反対するグループの一部が過激な行動に出た。移民で成功して、富を得たものに対するやっかみも含まれていただろう。
少女が、10歳の時に乗っていた車が、過激派に襲われた。少女は左半身に火傷をおった。少女は、火傷だけで済んだが、両親と7歳になる弟は命を落とした。同時に、運転手の命も奪われた。生き残ったのは、少女だけだった。
「犯人は捕まったの?」
「あぁ捕まったが、何の意味もない」
「・・・。わかった。受け入れよう。それで、”ここでのことは他言しない”という約束を守ってもらえるのなら、心の傷は無理だけど、身体の傷はなんとかするよ。先方にそう伝えて、主治医が居るのなら、主治医の目の前で対応してもいい」
「助かるよ。ユウキが何をしようとしているのか、わからないが、先方には、ユウキの言葉として伝える」
「お願いします」
今川が使っている部屋から、ユウキが出ると、廊下で森田とすれ違った。
「ユウキ。丁度、よかった」
「どうしました?」
「低級のポーションの余剰はあるか?」
「ありますよ?何本、必要ですか?」
「2-3本もあれば、十分だが、5本ほど貰えると助かる」
森田は、二回目のオークションからシステム周りだけを見ていて、落札者との連絡を含めてノータッチになっている。今川と森下が担当を変わった。法律の問題や情報収集が必要な場面が多くなると予測されての変更だ。
「わかりました。準備します」
「後で取りに行く」
「今回は?」
「同じだよ」
「そうですか・・・」
森田の顧客は---馬込からの紹介も含まれているが---著名人や政治に携わる者まで顧客として存在している。依存症にも効果があることが判明してからは、裏からの反響が大きくなった。知られたくない状況になっている者が多いということだろう。
もちろん全部に対応しているわけではない。顧客の選択は、馬込に一任されている。
「お!そうだ、ユウキ。偽物が出たぞ。今、足跡を追っている」
「早くはないですね。それで?」
「もともと、絞っている奴らなら、すぐに判明する。別物だと、時間がかかる可能性が高いな」
「わかりました。すぐに解ることを期待しています」
「ユウキ。明日の夕方に、富士山静岡空港に到着する」
今川が、ユウキが使っている部屋に入ってきて、予定を告げる。
「え?客人はフランスからですよね?」
富士山静岡空港に、フランスからの直行便はない(はず)。
どこかを経由する位なら、新幹線を使ったり、東名高速を使ったり、飛行機以外の交通手段を使ったほうが楽だ。フランスから来るのなら、愛知か成田か羽田だ。
「プライベートジェットだ。世の中、大抵のことは、金でなんとかなる」
今川の話を聞いて、”キョトン”とした表情をしてから、納得した顔をする。
「そうですか、そこからは車を使うのですか?」
富士山と枕詞のように付いているが、静岡空港は、富士山とは離れた場所にある。牧之原だ。富士山まで車で移動すると空いている時間でも、2時間は必要だ。
車で伊豆のユウキたちのベースまでの移動も、同じくらいの時間が必要だ。国一を使うと、もっと時間がかかる可能性がある。
「いや、お嬢さんの希望で、船を使うようだ」
「船?」
船は、清水港からならフェリーが出ているが、清水までの移動はどうするのか疑問が湧いたのだ。
「あぁクルーザーをチャータして、吉田町から伊豆に向かうようだ」
金持ちの発想に、ユウキは、天井を見るが、実際には、それだけでは無いだろうと予測する。
狙われている状況なのかもしれない。車での移動では、狙ってくださいと言っているような場所も多い。
「へぇ・・・。そうなると、到着は、夜ですか?」
船での移動なら、吉田町からなら、車での移動よりも早く到着する。
特に、チャータしているクルーザーの性能しだいでは、1時間程度で到着する可能性もある。
「清水で一泊してから、昼前に到着予定だと連絡を受けた」
「へ?清水に、金持ちが泊まるようなホテルがありますか?」
「あるだろう?」
「・・・。あぁ日本平ホテルですか?」
「そうだ。朝日に照らされる”フジヤマを見たい”そうだ。そのあとで、海上から”フジヤマ”を眺めながら移動したいと、言っていたらしいぞ」
ユウキも、今なら、日本平ホテルのロイヤルロフトスイートに宿泊できる財力はあるのだが、元々が小市民で、異世界でも贅沢をしていなかったために、安宿に泊まる習慣がついてしまっている。それこそ、宿が見つからなければ、野営でも問題がないと思っている。
「はい。はい。わかりました。明後日の昼に伊豆だと、夕方ですか?」
金持ちの所作がわからないのだ。
ホテルから、清水港か三保まで移動してから、海上を進むのなら、夕方には到着すると考えた。
「そうなる。それでな」
今川が、やっと本題に踏み込んできた。
「え?ダメです」
ユウキは、今川が何をお願いするのかすぐに察知して、先回りして断ってきた。
「ユウキ。話くらい聞いてもいいだろう?」
今川も、ユウキの反応が分かっていたので、引き下がらない。
「面倒なのでイヤです。どうせ、ここで一泊とか言うのでしょう?」
「さすがは、ユウキだな。その通りだ」
今川は、ユウキにすがるような表情を向ける。
「なんでここですか?ポーションを渡して試すだけですよね?」
「ユウキ。お嬢さんの希望だ」
「え?面倒事ですか?」
「それもある」
今川は、素直に認めた。嘘で、この場を切り抜けることも出来るのだろう。
しかし、ユウキに嘘を言って、築き上げた信頼関係が崩れるほうが怖いのだ。それに、正直に認めたほうが、皆で考えられる。
「森田さんを巻き込みますか?」
「無理だ」
「無理?」
「奴は、逃げた」
「え?」
「”逃げた”と言うのは、俺の主観だが、実際には、東京に行っている」
「東京?」
「あぁ君たちの偽物の話は知っているよね?」
ユウキたちのオークションに似たようなサイトが乱立した。フェイクサイトだ。それらは野放しにしている。別に困らないからだ。偽物が現れて、本物と勘違いして、高い金を払ったと言われても、ユウキたちに”何か”が出来るわけではない。”警察に相談してください”と言っている。偽物が居るために、ユウキたちのポーションも偽物だと思われてしまっているが、それならそれで構わないと思っている。
目的は、ポーションで儲けようと思っているわけではない。すでに、活動に必要な資金は確保している。それに、ポーション以外にも商売のネタは持っている。
「聞きました」
「彼らとの接触に成功した」
「え?森田さんが?」
「いや、元部下だ」
今川は、大手とは言えないが出版社に務めていた。今は、その出版社を辞めて、馬込がやっている関連の企業に身を寄せている。実際には、ユウキたちのアドバイザー的な立場に落ち着いている。
「それで、なんで?森田さんが?」
「森田の発案で、茶番を行う」
「茶番?」
「それは、仕込みが終わってから、説明する。それよりも、お客人の対応だけど・・・」
森田は、偽物が許せない。詐欺はもっと嫌いだ。なので、偽物を釣り上げて、晒し者にするか、報いを受けてもらおうと考えているのだ。そのための仕込みを行っている。
ユウキは、森田や偽物に話を詳しく聞きたかったが、今川としてはユウキから宿泊の許可を取らないと、話が進められない。
「わかりました。部屋は用意します。でも、身の回りの世話とかは、出来ないですよ?」
部屋と言いながら、ユウキは違う方法を考えていた。身の回りの世話やポーションの適用を考えると、ユウキたちが使っている部屋では難しいだろうと思っていた。異世界だが、貴族や王族との付き合いで学んだことだ。
「わかっている。先方も無理を言っていると、認識している。身の回りの世話をする者も連れてくると言っていた」
「はい。はい。部屋ではないのですが、セシリアが来たときの為に作っている、家をそのまま貸しますよ」
王女であり、サトシの婚約者が日本に遊びに来るのは規定だ。
今川や森田など、親しい人間にはユウキが持つスキルの一部を明かして説明をしている。
「いいのか?」
今川も、セシリアが王女なのは知っている。
そのために、王女が使う予定にしている場所を、客人に使わせるのに抵抗があった。
「”いい”も”悪い”も、他に無いですよ」
ユウキは、別に構わないと思っている。
セシリアが文句を言う可能性は、考えられない。そして、文句を言うとしたら、話を聞いた貴族だろうが、こちらの世界のことまで口を挟んでほしくないと居れば、それ以上は何も言ってこない。
そして、文句を言いそうな貴族はすでに粛清済みだ。
「助かる。ポーションの利用は、その家でいいよな」
「そうですね。火傷の範囲がわかりませんが、飲むだけでは、回復しない場合がありますので、そのときには、患部に直接かけないと、修復はしません」
「そうなのか?」
「えぇ一口だけ飲んだ段階で、皮膚に変化がなければ、患部にかければ、見た目は治りますよ」
経験則からの話だ。
異世界で、火を吐く魔物と対峙して、火傷を追った騎士たちを助けたときに、中級ポーションを飲んだだけでは、身体の組織の再生に使われて、肌までは再生しなかった。振りかけると、皮膚は治るが組織の修復が行われなかった。
欠損に近い扱いになっているのだと結論づけた。そこで、酷い火傷の場合には、上級ポーションを使うか、中級を二本つかって、一本は飲んで、もう一本は振りかけると言った使い方で治した。火傷が定着しない状態だった場合で、火傷が定着した場合には、上級でしか治らない可能性がある。
「なんか、含みがある言い方だな」
「今川さん。火傷なのですよね?それも、現代の医療では、治せなかった」
「そう聞いている」
「皮膚移植で表面は綺麗になっても、機能が回復しない可能性があったのですよね?」
「さぁな。俺は、医者じゃない」
「そうですね。それでも、欠損があれば難しいでしょうし、焼けただれた皮膚を治すだけの治療じゃないということでしょう」
「そうだな」
「飲んで、内側から治っても、どこまで外側まで治せるかわかりません。上級を一本飲むか、中級を二本使うかですが、俺としては、上級を使うことをおすすめしますよ」
今川は、ユウキを見ながら天を仰いだ。
面倒な交渉が追加されたのだ。中級の料金で上級を渡すのは、ユウキたちは許可するだろうが、落とし所を考えなければならない。それが、ユウキから提供されるであろう、お客人を家に泊める条件になってくる。
今川は、追加された面倒な交渉をどうするのか考え始めた。
ユウキたちは、客人をもてなす準備を始める。客人が、ユウキたちの拠点に来て、ポーションを渡すだけには出来ない事情ができてしまった。
部屋の準備はできているのだが、それ以外の準備ができていない。滞在は、長くはならないと仮定しているのだが、客人の都合で伸びることも考えなければならない。
「今川さん。それで、客人は?」
「明日に、成田で、翌日には来る」
「わかりました。それでどうします?上級を利用しますか?」
「うーん。なぁユウキ。中級と上級の違いは?」
「違いですか?中級は、欠損は治りません、上級は欠損が治ります」
「例えば、色とか、味とか、見た目は?」
「あぁ・・・。大きな違いはないですよ。鑑定が使えなければ、わからないと思います」
「そうか・・・。でも・・・。よし!決めた。ユウキ。上級を頼む。先方には、説明をする」
「わかりました。値段は、森田さんと決めてください」
「いや、ユウキ。悪いけど、捨て値になっていいか?」
「何か、考えがあるのですか?」
「あぁ客人の父親に、金銭の要求はしない」
「対価を要求しない?」
「いや、対価は要求する。金銭は、父親が支払ってもよいと思う金額にする」
「へぇ考えたね。それで?」
「情報をもらう」
「情報?」
「ユウキ。俺たちがやっていることは、確かに世界で、俺たちだけだ。でも、名前を聞けば解るようなセレブが気にするようなレベルだとは思えない」
「そうなのか?」
「あぁ確かに、水面下で接触してくる奴らはいるけど、”脛に傷を持つ”者だ」
「まぁそうだろうな。詐欺の一歩手前だからな」
「そうだ。それでも、彼は接触してきた。そして、火傷を治すためだとしても、娘を預けると言っている。尋常じゃないだろう?」
「そうなのか?」
「そうだよ・・・。まぁいい。それで、彼らが何を狙っているのかを、率直に聞くことにする」
「わかった。俺たちがした方がいい事があれば教えてくれ、相談には乗れると思う」
「その時には、頼む。さて、俺は、交渉をしてくるよ」
今川さんが、部屋を出ていく、変わりに入ってきたのは、部屋の監修に来ていたセシリアだ。サトシは連れてきていない。向こうで、国王になるための勉強をマイとしている。
「セシリア。悪いな」
「いえ、王城にいると、サトシ様を甘やかしてしまって、マイ様に怒られてしまいますので、渡りに船でした」
セシリアは、日本語の本を読み始めている。
サトシが、マンガが好きだと宣言して、マイは小説が好きだと言ったのがきっかけになっている。二人が好きな物を、自分も嗜みたいと言い出したのだ。
サトシやマイにマンガや小説を送るついでに、セシリアに日本語で書かれた絵本を送ったのがきっかけになった。そして、セシリアが日本に着た時に、スキルを得た。言語理解だ。これで、セシリアも日本語が読めるようになった。
「そうか・・・。サトシは、上手くやっているのか?」
「はい!」
「そうか・・・」
「ユウキ様。すこし、問題がありそうな箇所は、修繕されていました」
「よかった」
最終確認に来てもらっている。
以前は、ダメ出しが多すぎて泣きそうになってしまった。
「はい。それで、気になった場所が出てきましたが・・・」
「そうか?すまん。教えてくれ」
「はい。些細な事ですが・・・」
セシリアから聞いた内容をメモして、親方たちに伝える。
すぐにできそうにない事は、スキルを使って実現が”可能”か、考えてみる。ほとんどの場所が、親方たちが修繕できるとのことなので、任せる。最後の仕上げは、本当に些細な変更だけだった。
ユウキたちだけだと、何が問題になるのかさえ解らなかった。やはり、生粋のお嬢様に話を聞いたのは、間違いではなかった。
説明をしてもらえれば、理解はできるが、指摘されなければ気が付かない。
ユウキのスマホが振動した。
「はい。わかりました。連絡ありがとうございます」
今川から、客人が成田で足止めされてしまったと連絡が入った。
どうやら、検閲で注意されているようだ。一泊してから、ユウキたちが用意した場所に来ようと考えていた。しかし、日本で活動をするためには、2週間の隔離期間をおかなければならない。特権を行使しようとしたが、ユウキたちの人となりを聞いていた、上級ポーションを必要としている娘が、日本の流儀に併せた方がいいと言い出したようだ。
乗ってきたのが、プライベートジェットであり、空港に逗留させるために、特例で、プライベートジェットの中での隔離が行われる。
「ユウキ様?」
「あぁ客人の到着が遅れるらしい」
「そうなのですか?この世界でも移動は大変なのですね」
「あぁ・・・。まぁ移動というか、国ごとのルールが面倒になっている」
「そうなのですね。国は、どこでも同じなのですね」
「そうだな」
ユウキも解っている。これ以上、この話を掘り下げても誰も幸せにならない。それだけではなく、日本だけではなく、地球の歴史をセシリアに説明しなければならなくなってしまう。そんな面倒なことは、ユウキはやりたくない。マイに任せてしまいたいと、本気で、心の底から、思っている。セシリアの好奇心は、それは、日本海溝よりも深い。一つの物事でも、いろいろな角度から考えて、質問をしてくる。異世界を説明するのに、ユウキがどれだけ苦労したのか、同じようなことをもう一度やりたいとは思わない。だから、本を与えたのだ。言葉が理解できるようになって、一番、喜んだのはセシリアではなく、ユウキなのは間違いではない。
「セシリア。送っていくよ。本はどうする?余裕ができたから、買いに行くか?」
「いいのですか!」
「おぉ無理は言うなよ?」
サトシが、セシリアを連れて、西と東に反対の名前のデパートが入っている街にあるビルをまるまるアニメ関連の店に連れて行ったことがある。その時に、ビルが閉店になるまで出てこなかった。予算を決めていたので、その予算内で何を買うのか迷った挙句、決められなくて、悩み続けた結果、時間だけが経過してしまった。
あれから、使える金額も増えた。サトシやマイが欲しい物を買っても、余裕があるために、二人が使える金額を、セシリアの本代に充てている。
近くには、大きめの本屋が無いので、子供のときに通っていた本屋に向かった。程度な大きさがあり、新刊から少し前の本が置いてある。技術書も適度にあるので、セシリアを連れて行くのには向いている。セシリアが、超絶美人の外国人でなければ・・・。だ。
流暢に日本語を話す。日本人ではない美人は目立ってしまう。東京なら目立つとしても、日本人ではない美人が皆無ではない。しかし、地方都市では珍しい。
注目を集めた以外に、問題はなかった。
ユウキが、拠点に戻って、セシリアを送り届けて、戻ってきた。
「お!ちょうどよかった。ユウキ。電話で伝えた通りだ」
「2週間の隔離ですか?」
「あぁ部屋は?」
「最後の確認を、セシリアに頼んでOKを貰いました」
「そうか、少しだけ余裕が出来たな」
今川とユウキは、部屋の確認をして、先方から貰った情報から、食材などの手配を始める。
要望は、”ない”と告げられているが、そのまま鵜呑みには出来ない。今川が、先方の代表者に連絡をして、準備したほうが良いものを確認している。殆どの物を持ってくる予定にしているようだ。
準備には、時間は必要なかった。
明日には、隔離期間が終わる。
成田からは、今川が手配した車で向かってくる。
陽が陰り、星空が見え始めた頃に、客人がユウキたちの拠点に到着した。
『ようこそ。今日は、もう遅いので、詳しい話は明日にしましょう』
ユウキがにこやかに微笑みながら手を差し出す。
執事に見える男性が押している車椅子に座る少女は、ユウキを見て驚いた表情を見せる。
『英語でも大丈夫です』
『わかりました。しかし、私は英語も貴女の母国語もわかりません』
『え?』
客人の驚いた表情を見て、ユウキはまた微笑みを浮かべる。
『これが、魔法です。私は、ユウキ。魔法使いです』
ニヤリと笑った顔を、客人である少女は、驚きと期待を込める目で見つめている。
そして、火傷の痕が残る手を出して、ユウキの手を握る。
この行動は、見守る大人たちが驚愕の表情を浮かべる。
ユウキが手を引っ込めなかったことも、少女が手を差し出したことも、想定していなかったからだ。