帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


「エリク?」

「ユウキは、説明で忙しいだろうし、サトシは無理だろうし、レイヤはユウキのフォローに回っているだろうと、皆が俺に連絡してきた」

「それは、妥当な判断だが・・・。違う。同じというのは、眠っている場所に連れて行けということか?フィファーナだぞ?」

「異世界だと説明して、魔物が居るし、危険な状況になっている可能性も伝えたそうだが・・・」

「無駄じゃな。ユウキたちには悪いが、行って帰ってこられると聞いて、親が眠っている子供に会いに行かない選択肢を選ぶはずがない」

「そうね。ユウキ?どうなの?私たちを連れていけないの?」

「・・・。正直に話せば、わからない。猫や犬は大丈夫だった。”万が一”が、あるかもしれない。父さんと母さんが居なくなったら・・・」

「そうしたら、ユウキたちの誰かに責任を取ってもらえばいい」

 老紳士が笑いながら、言っているので冗談だと判断できるが、ユウキたちへの責任云々は別にして、危惧している問題がある。

「なぁユウキ。父さんや母さんを連れて行くのは問題にはならないよな?」

「あぁだが、野良猫や野良子犬を連れて行った時のことを思い出せ」

 ユウキは、”連れて行こう”と言い出しそうなサトシを見て問題点を指摘する。

「あっ・・・。魔物化の問題か?」

「あぁ魔物になるとは考えにくいが、スキルを得るくらいは考えられるだろう?」

「・・・」

「父さんや母さんなら、口止めしておけばいいだろうが・・・。スキルは、人を愚かにする」

 ユウキやサトシやレイヤは、何度もスキルが人を愚かにする場面を見てきた。だから、怖いのだ。自分たちが信頼している人たちがスキルに侵される場面を見るのが・・・。臆病になっていると言ってもいい。

「ユウキ!儂たちを実験台にすればいい。そのスキルというのが、儂たちが覚えたとして、使えなくする方法はないのか?取り上げるとか?」

「あっ!セシリアのスキル!」

 サトシが大きな声をあげたことで、厨房から女子3人が顔を出した。

「なに?セシリアがどうしたの?」

「丁度よかった。マイ。セシリアのスキルだけど、スキルを封印できるよな?」

「え?スキルの封印?あぁそうね。セシリアのスキルは、封印だけど、セシリアよりも熟練が低くないとダメだよ?レア度にも影響するみたいだけど・・・」

「なぁマイ。例えば、俺たちみたいな、オンリーワンのスキルをセシリアは封印できるのか?」

 ユウキが、サトシの言葉を引き継いでマイに質問をする。
 一緒に長い間、戦ってきたが、お互いのスキルに関しては、話をしない。ユウキが、セシリアのスキルを知らなくても当然な状況なのだ。

「私たちみたいに、熟練度が上がっているスキルはダメだけど、セシリアの熟練度よりも低ければできるみたい」

「解除もできるのだよな?」

「うん。セシリア以外には、解除は不可能だと思う」

「そうか、それなら・・・」

「ん?」

「あぁ父さんや母さんは大丈夫だとしても、他の人たちが大丈夫だとは限らないだろう?そのときに、転移した場所でセシリアに挨拶させて、スキルを封印すればいい」

「・・・。文句を言われない?」

「言われたら、『訓練すれば、使える可能性がある』とか言ってやればいい」

「訓練?」

「魔物との戦闘だな。それも、オンリーワンのスキルを解除するのだから、”魔物の王”の眷属クラスでなければダメだろう?」

「・・・。ユウキ」

 ユウキが手を打って立ち上がった。

「エリク。要請は、”受けるつもり”だけど、調整が必要で、少人数での移動になると伝えてくれ」

「わかった。スキルの件は伝えなくていいのか?」

「皆が集まった時でいいだろう?それに、スキルが付くのかわからないからな。つかなければ、説明する必要は無いだろう?」

「わかった」

「墓参りは、俺たちの計画がスタートしてからになるだろう」

「そうね。セシリアに確認する必要もあるし、”すぐ”というのは・・・」

「父さん。母さん。弥生の所には、少しだけ待って欲しい」

「わかった。ユウキたちの都合を優先してくれ、それでやるべき”こと”とは?」

 ユウキは、”しまった”という顔をする。
 老夫婦に説明したら、反対されるのがわかっている内容だ。

「ユウキたちは・・」

 サトシが言いかけたのを、ユウキが制する。

「サトシ。ありがとう。でも、俺が、父さんと母さんに説明する。俺たちの思いと考えを・・・」

 ユウキは、老夫婦に自分の考えている内容を説明した。
 老夫婦は、ユウキが話をしている内容を黙って聞いている。

「俺は、父さんと母さんに反対されても・・・」

「ユウキ!」

「父さん?」

「反対されるのがわかっている状態なら、ダメだ。必ず成功しろ。そのためなら、儂たちは協力する」

「え?」

「そうね。ユウキが、復讐しないでくれるのが一番だけど・・・。それは難しいのは、私たちでも解る」

 老婦人は、目を伏せがちに語るのは、ユウキの告白を聞いて、認めることは出来ないが、止めるのも無理だと判断した。

「ありがとう。必ずとは言えないけど、成功させる」

「わかった。それで、ユウキだけで実行するのか?」

「そのつもりだ。ヒナやレイヤにも”やる”ことが有る。お互いに協力はする」

「そうか、それならいい。ユウキ。お前たちの部屋は、そのままにしておくから、好きに使えばいい」

「・・・」

「わかっている。儂たちに迷惑がかかると思っているのだろう?」

「あぁ」

「ユウキは、わかったが・・・」

 老紳士は、ユウキ以外の者たちを見回す。

「父さん。サトシとマイは、異世界・・・。レナート王国に戻る。ヒナとレイヤは、日本でやることが有る。俺と同じだ。父さんと母さんなら、事情が解るだろう?」

 ユウキの言葉で、老夫婦はお互いの顔を見てからうなずいた。
 ユウキと少しだけ違うが、ヒナとレイヤにも復讐したい相手が居る。

「それで?」

「父さん。母さん。俺たちは、異世界に戻る。ここは、この施設は故郷だけど、俺たちが未来を見る場所じゃない」

「・・・」「そうだな。お前たちのスキルを狙ってバカどもが騒ぐのは間違い無いだろう」

「あぁだから、マイを付けて、サトシはさっさと異世界に帰す」

「・・・。サトシは、変わっていないのか?」

「父さん。母さん。聞いてくれよ」

 ユウキとレイヤのサトシのやらかしの暴露大会が始まった。

 アリスがウトウトしはじめたので、暴露大会はお開きとなった。

 ユウキたちの行動を縛ろうとはしないと言ってくれた。
 弥生の墓参りと、定期的な連絡を約束した。サトシとマイだけではなく、ユウキとレイヤとヒナも、定期的に地球に帰ってくるように言われた。それから、サトシとマイとセシリアの結婚式には、老夫婦も参加することがなし崩し的に決まった

 結局、ユウキたちは約束の10日を過ぎても施設に寝泊まりしていた。すでに、予定を5日ほど過ぎている。
 ユウキたちが住んでいた部屋だけではなく、空き部屋も多く、他の国に行っていた者たちが集まっても部屋の数が足りなくなることはなかった。

 この事実に、老夫婦も喜んだのだが、それ以上に施設に居た年少組が喜んだ。
 指先から火や水を出す生活魔法のスキルを使って喜ばせた。物が消えて別の場所から出てくるような手品のように見せるスキルを使った。これが、年少組に思っていた以上に喜ばれた。実際には、手品ではなくて本当の魔法なのだが、手品のように少しだけ胡散臭い感じでやると、本当に手品のように見える。
 サトシが使える聖剣の出し入れも、年少組には受けが良かった。それがサトシには嬉しかった。調子に乗って、聖剣を呑み込むように格納した時には、年少組がドン引きして、それからはサトシに手品を強請る子どもが現れなくなった。

 5日の時間が必要になったのは、ユウキたちの都合も有ったのだが、老夫婦の知り合いをたどって、週刊誌の記者につなげてもらった。
 その記者が言ってきた日付が、5日後の日付だったのだ。

「父さん。母さん。ありがとう。行ってくる」

「あぁ行って来い。困ったら来なさい」

「わかった。それじゃ!」

『お世話になりました』

 24名が揃って、老夫婦に頭を下げる。
 老夫婦は、一人ずつ名前を呼びながら抱きしめていく・・・。
 そして、抱きしめながら、”これで、自分の子供だと、迷ったら頼りなさい”と一人ひとりに声をかけていく・・・。

 俺は、週刊誌のしがない記者だ。政治や経済に関するゴシップを得意としていた。
 少し前に、話題になった集団失踪事件が発生した施設の院長から連絡をもらってから、俺の日常は変わった。

「今川さん?」

 俺の前に座っているガキ・・・。いや、新城裕貴(ユウキ)から発する覇気というのか、存在感が・・・。大物政治家や経済界のトップと会った時と同じ・・・。いや、それ以上に圧力を感じる。

「おっおぉ。ユウキでいいのだよな?」

「はい。新城は、捨てた名字ですし、記事では”ユウキ”でお願いします」

「わかった」

「それで?」

「大変だったぜ?」

「え?そんなに?」

「あぁ」

 院長からユウキたちを紹介された時には、反応に困った。
 いきなり、”異世界に召喚されていた”と言われて、反応に困る。実際に、俺も聞いた時には、”ふざけるな”と怒鳴りかけた。ユウキも、それがわかっていたのか、”証拠”を見せてきた。何もない空間から、”草”を取り出した、続いて”液体が入った瓶”を何本か取り出して、最後は銀のように見える塊を出した。
 そして目の前に座っていたはずのユウキが俺の後ろに回って、首筋にナイフを押し付けていた。目を離したのは、1秒もない。それなのに、ユウキは俺の後ろに回り込んだ。変な汗が吹き出したのを覚えている。

 その日は、それだけで終わった。ユウキから提供された物は、俺への報酬と言っていたが、怖くて受け取れなかった。本当に、異世界に行っていたのだとしたら、そう考えられる状況だった。院長と組んで、俺を詐欺に嵌めようとしているのではないかという疑惑も浮かんだが、詐欺なら”異世界”などと言い出さなければいい。

 院長には、不躾な取材をしてしまった慚愧の念もあり、騙されたつもりでユウキの話に乗ってみることにした。

 実際に、日本国内だけではなく、世界の先進国で子供が集団で行方不明になっていた。
 判明している数は、200名を越えていた。ユウキからの情報では、300名を越えていると言われた。

 アメリカとドイツの言われた施設に連絡をした。

「どうでした?」

「お前から提示された施設の子供だと解った」

 施設にメールで問い合わせをした。ドイツ語に()自信がなかったが、片言の英語でも大丈夫だった。ユウキが言うように、施設から消えた子供で、先日になって戻ってきた。今は、日本に居るという連絡を貰っている。すべての施設で同じ返事を貰った。
 そして、施設で撮影した写真をメールで送ってくれた。

 目の前で写真の子どもたちが座っていたら、納得するしか無い。子どもたちが話している言葉が不思議だ。ユウキは、日本語を話している。紹介された者たちも母国語を話しているはずなのに、意思の疎通が出来ている。俺との意思の疎通は、ユウキを介しているが、どうやら”日本語”は理解できるようだ。

「それなら、少しは信じてくれますか?」

 ユウキの話に、”BET”することに決めた。

「あぁ”信じる”ことにした」

「”ことにした”ですか、いい言い方ですね」

「そうだろう?大人は狡い生き物だからな」

「大丈夫です。向こうで、もっと”えげつない”人たちと渡り合ってきました。それじゃ、俺たちのことを記事にしてくれるのですよね?」

「あぁ編集長も口説き落とした。スクープだからな」

 ユウキたち、俺を見て納得している。何を見ているのかは、わからないが、俺を信じてくれるようだ。

「でもいいのか?」

 俺は、ユウキに懸念していることを最終確認の意味で尋ねることにした。

「何が?」

「このネタなら、大手の新聞社でも、それこそ、TVが飛びつくぞ?自分で言うのもおかしいが、俺たちの雑誌は”ゴシップ”記事がメインだぞ?」

「構いませんよ。ネットの記事でもいいと思っていますからね」

「そうか・・・。編集長が、謝礼金詐欺じゃないかと言っていたが・・・」

「ハハハ。大丈夫です。お金が欲しければ、有る所から貰いますよ」

「え?」

「最初に、今川さんと会った時に見せた物を覚えていますか?」

「あぁ変わった草と液体と銀だろう?」

「えぇそうです。最初の草は、ヒール草で、次が各種ポーションで、最後がミスリルです」

「え?」

「そえで、ヒール草・・・。よりも、ポーションの方がわかりやすいですよね。デモンストレーションの練習にもなるか・・・」

 ユウキがなにかブツブツ言い出す。
 時々、自分の考えをまとめる為なのか、ブツブツと語りだす。ヒナと呼ばれていた女の子から聞いたが、ユウキがこうなったら何を言っても無駄だから、”放置していてくれ”と言われた。

「今川さん。痛いのは我慢出来ますか?」

「痛い・・・。の、強さによるな」

「そりゃぁそうですね。ナイフで、指を少しだけ切ってください」

「え?・・・。わかった」

 ユウキは、俺がナイフを持っているのを知っているのだ?
 持っているのを確信している目だった。

「撮影していいか?」

「大丈夫ですよ。誰かに撮らせますか?」

「それでもいいが・・・」

 スマホを、固定する道具を使って、机の上に置いた。
 動画の撮影状態にしてから、ナイフで指を傷つける。強くやらなければ、痛さは少ない。血が滲み出てくる状態になった。

「これでいいか?」

「十分です。これを振り掛けてください」

 ユウキがこの前、俺に見せてくれた小瓶を差し出す。
 瓶の形状や材質は、お世辞にもいいものではない。昭和初期や日本の近郊にある独裁国家で使われている瓶のような材質だ。

 蓋を外して、液体を切った指に振りかける。

「え?」

 傷口が少しだけ光った。
 短い間だが、確かに光った。そして、光が消えた。

 指に有った傷口は綺麗に無くなっている。

「ユウキ?」

「ヒールポーションの低級です」

「よく、RPGとかである、ヒールの魔法か?」

「同じだと思ってください。低級は、傷を癒やしますが、呪いや属性攻撃でついた傷は治せません」

「・・・」

「地球に、呪いの攻撃や属性攻撃があるとは思えませんが・・・。あっでも、低級では古傷・・・。そうですね。血が止まってしまったり、皮膚がなおってしまったり、骨折には効きません。骨折を治すのは、中級です」

「そうなると、上級があるのか?」

「ありますよ?欠損は治りませんが、繋げることは可能です」

「それは・・・」

 ユウキは、とんでもないことを言い出したと認識しているのか?
 医療がひっくり返るぞ?

「あぁでも、数に限りがあります。俺たちが持っているだけです」

「そうか・・・。でも、成分を調べて・・・」

「そうですね。その可能性はあるとは思いますが、無駄だと思いますよ?」

「ん?」

「調べていただければ解ると思いますが、ただの水と出ると思いますよ?」

「は?そんな・・・」

 ユウキは説明してくれたが、納得できるものではなかった。
 初級のポーションを預かって、研究所に持ち込むことにした。”口が堅い”ことが自慢の研究所だ。

「いいのか?」

「いいですよ。今川さんが、持ち込んだ研究所が漏らせば、その研究所が困りますよ?」

 ユウキの言う通りだ。
 ポーションだけでも大騒ぎになるのはわかりきった未来だ。それが、外に漏れたら、俺が持ち込んだと解ったら、俺がマスコミに追われる立場になる。研究所にも、マスコミが殺到するだろう。日本だけではなく、世界中の研究施設が集まるような大発見になる。情報が漏れた時点で、ユウキたちの目的が達成できる。
 どちらにしても、問題はない。

「わかった。ミスリルも預かっていいのか?」

「いいですよ」

 ユウキが、どこからかミスリルのインゴットを取り出す。この前のような塊ではなく、銀の延べ棒のようになっている。

「あっ銀と同じ価値程度はあると思います。研究所が購入したいと言い出したら、”銀と同じ値段で売ります”と伝えてください」

「わかった。結果が出たら、連絡する」

「はい。お待ちしています」

 結果は、ユウキが言っていた通りだった。研究所の連中もムキになって調べたが、”水”以外には表現出来なかった。水の構成や不純物も調べたようだが、地球に存在する物だった。しかし、傷が治る。折れた骨が治る。全く同じ水を用意して、傷口にふりかけても、傷が治る現象は発生しなかった。容器を調べたが、出来が悪い瓶としか言いようがなかった。

 ポーションのことやユウキたちが見せてくれた”スキル(魔法)”をごまかして、失踪事件の真相という記事を掲載した。
 子供が300名以上だ。真相として、『異世界に拉致された』と見出しを付けた。

 そして、生き残った29名が日本に集結していると・・・。

 俺は、ユウキたちに張り付くことが決定した。編集部と上からの指示で、ユウキたちをホテルに隔離することも決定した。
 ユウキたちが望んだこともあるが、情報ソースとしての29名を安全に隔離するためだ。

 独占スクープだが、まだ世間は記事の内容を、”とんでも記事”だと思っている。

 ユウキたちが、地球に帰還してから、数日が経過していた。
 レナートは、特に王城は火が消えたような状態になっていた。

「お父様?」

「セシリアか・・・」

「どうされたのですか?」

「騒がしかった日々が懐かしくて・・・」

「そうですね。でも、ユウキ様は約束通りに・・・」

「そうだが・・・。そうだ、セシリア。ユウキからの”お願い”はどうするのだ?」

「受けます。ユウキ様だけではなく、サトシ様やマイ様のご両親ですよ?」

「そうだな。儂も、ユウキたちの”チキュウ”での両親に会って話をしたい」

「はい」

 セシリアは、ユウキから地球の土産だと、サトシが小学校に上がる時の写真を貰っている。同じように、ユウキの写真も欲しいと言ったのだが、ユウキの写真は火事で燃えてないと言われた。

「それで、アメリアは?」

「はい。お父様とユウキ様のお話をきかせましたら、納得したのか、徐々にですが部屋から出るようにはなっています」

「そうか、よかった。それで、セシリア。ユウキから頼まれたことは?」

「生き残っている勇者の名簿ですよね?」

「そうだ」

「各所に問い合わせていますが、帝国や教会は、権力を誇示したいのかすぐに教えてくれましたが・・・」

「そうか、小国家群はダメか?」

「はい。ギルドにも問い合わせてみましたが、いい返事は貰えませんでした」

「そうか、ひとまずわかっている分だけでも渡すことにするか?」

「はい。ユウキ様からも、解る分だけで十分だと言われています。しかし・・・」

「そうだな」

 二人とも、全員の判明は無理だとわかっているが、できるだけ多くの名前を調べようとは思っている。
 ユウキが欲しているのは、生き残っている者の把握という目的もあるが、地球で”死んだ者”として名前を公表するためだ。29名以外は、死んだことにするが、自分たちが把握している者たちとして、名前を出そうと考えている。
 セシリアたちが作っている名簿に、ユウキたちと対立した勇者の名前を追加する。
 300名には届かないが、280名ほどの名簿が完成する。不明な勇者は、初期に死んでしまった者や、自ら命を絶った者が含まれる。

 名簿は、セシリアたちが作成してユウキにわたす手はずになっている。

「セシリア。それで各国の動きは?」

「大きく2つに分かれます」

「そうか、ユウキたちの予想通りだな」

 ユウキのよそうでは、無関心を装う者たちも現れると読んで、3つに分かれると予想していた。
 ”魔物の王”の討伐を、信じる者たちと、疑う者たちだ。

「それで?」

「はい。連合国は、私たちの報告を”嘘”と決め込んで、勇者たちを中心とした討伐隊を派遣するようです」

「そうか、派遣先は・・・」

「まだ、正式な情報ではありません」

「わかっている」

「ユウキ様の予想通りです」

「そうか、上層部は、”魔物の王”が倒されたと思っているのだな」

「はい。今回は、今までと違って、教会勢力が動いています」

「そうか・・・。監視体制の強化は急務か?」

「はい」

「セシリア。負担を掛けるが頼むぞ」

「はい。お任せください」

 セシリアは、それほど心配はしていない。
 ユウキたちと考えた防衛戦を信頼している。万全ではないことも理解している。そのために、国民の目という確かな情報網の構築に成功している。レナートの国民の多くは、難民だ、住み慣れた土地を、家族を、故郷を、追われた者たちの子孫だ。それが、今では大陸を代表する国家にまで成長している。

 教会は、”魔物の王”が討伐されている事実を掴んでいる。しかし、連合国や小国家群に”討伐”の事実を伏せている。大きな理由が、自分たちが”異端”だと指摘した勇者(サトシやユウキ)たちが討伐したという事実を隠した。それだけではなく、---ユウキたちは頼ったが---大陸でほぼ唯一と言ってもいい位の、反教会勢力の国家なのが、状況を悪くしていた。

 連合国の一つであり、教国の総本山があるヴィリエでは、総大主教(グランドビショップ)を中心とした密談が行われていた。
 都市の名前を持つ総大主教(グランドビショップ)と、総大主教(グランドビショップ)の腹心であるドミニクが一人の枢機卿から話を聞く為に呼び出していた。

「ファンブル枢機卿。総大主教(グランドビショップ)にご報告を」

「はい。猊下。魔物の王が倒されたのは間違いないようです」

「そうか、異端の者たちなのか?」

「残念ながら・・・。卑怯にも、勇者たちが旅立つ情報を得て、先んじたと思われます」

「ファンブル。貴殿の見識を疑うわけではないが、事実だけを報告すればよい」

「はっ。猊下。もうしわけございません」

「ファンブル。異端者たちは、至宝を手に入れたのか?」

「わかりません。どうやら、”魔物の王”との戦いで、命を落としたようで・・・」

「ドミニク!」

「はっ。影に探らせましたが」

「彼の国は、祝福からも見放されているためか?」

「そのようで・・・」

「信徒たちへの影響は?」

「ありません。我が勇者たちが対応しております」

「そうか、引き続き情報収集と、魔物への対処を続けよ」

「はっ」

 ファンブル枢機卿は、総大主教(グランドビショップ)に深々と頭を下げてから、部屋から出ていった。

「使えない奴だ」

「はっ」

「現世では役に立たない」

「かしこまりました」

 ドミニクが、影に消えるように総大主教(グランドビショップ)の前から消えた。
 翌日、一人の枢機卿の病死が発表された。

 連合国の盟主であり、人族を中心とした国家をまとめ上げている帝国は揺れていた。

「どういうことだ!”魔物の王”を討てば、魔物の被害が無くまるのではなかったのか!」

 一段高い所に座る豪奢な衣装を身にまとっている者が、周りに居並ぶ者たちを怒鳴りつけている。装飾が過剰な状態は、指や首や衣装だけではなく腹回りには脂肪多寡な状態だ。怒鳴り続けるたびに、腹の贅肉が揺れて見苦しい。それだけではなく、指にジャラジャラと付けた装飾物が不快な音を奏でている。

 皇帝の”問”に答える者は居ない。
 この会議は、各国のトップが集まっているために、皆が同盟国になり、身分に差はない(ことに、なっている)。

「陛下」

「なんじゃ?」

「レナートが、我らを騙すために・・・」

「ギルド長のおっしゃっている通り、レナートの奴らが騙している可能性を考慮・・・」

 この会議も、これで5回目だ。
 教会から、”魔物の王”が討伐されたと発表があり、皆が安心した。その後に、どこの国の勇者が”魔物の王”を討伐したのか・・・。
 各国が、自国の勇者だと主張して譲らない状況の中で、レナート王国に逃げた勇者たちが”魔物の王”を討伐したと発表した。その後に、連合国の盟主である帝国に、レナート王国から、証拠の物品が届けられた。

「ギルド長。レナートから送られてきた証拠は?」

「真偽の確認を行うために、教会に渡しました」

 ギルド長の対応は間違っていないが、大きな間違いを生むことになる。

「教会からは?」

「”魔物の王”の可能性が高いと言われました。”詳細な調査が必要になる”と言われました」

「教皇には、儂から連絡を入れた。奴らは、”魔物の王”のオーブを希望しておる。儂たちは、”魔物の王”の角と魔剣と、それ以外のオーブを受け取ろうと思う」

『おぉぉ』

 列席者から拍手が発生する。

「陛下。それで、角は?」

「効用は、言われている通りだ。今、勇者の中に居る錬金術師に薬を作らせている。期待していいぞ」

「陛下!」

「もちろん。連合に参加されている皆には、平等にくばる。魔剣とオーブは」

「帝国が薬を作っているのなら、当然・・・」

 一人の太鼓持ちが、立ち上がって帝国の・・・。皇帝を持ち上げる。そして、薬を皆にくばると決めた皇帝の善意を感謝すべきだと熱く語りかける。違和感しか無い弁舌だが、太鼓持ちが話し終えて皆を見回す。太鼓持ちの話に、反論しようとする者はいない。皆、同じ穴のムジナなのだ。

 今川が手掛ける記事が掲載された雑誌が店頭に並んだ。
 スクープ記事なのは間違いではない。しかし、世間の意見は2:8に分かれた。好意的な意見としては、子どもたちが集団催眠に有っているのだという考えだ。しかし、それでも、アメリカやドイツで行方不明になった子供が日本で発見された説明にはなっていない。
 大手マスコミも雑誌が発売された当日に、ユウキたちに接触を試みたが、どこに居るのか調べたが、所在は不明な状態になっていた。

「おい。ユウキ!」

『あっ今川さん。なんでしょうか?見世物(記者会見)の日取りにはまだあると思いますけど?』

 今、ユウキたちに連絡ができるのは、記事を書いた今川だけだ。

「記者会見を、見世物と表現するな・・・。今、どこに居る?」

『え?今ですか、樹海ですよ?リチャードが行きたいと言ったので、夜中に東京を発って、樹海でキャンプを楽しんでいますよ』

「お前らな・・・。まぁいい。すったもんだが有ったが、記者会見は外国人記者クラブで行うことが決定したぞ」

『へぇ今川さんの会社はそれでいいのですか?』

「俺たちだけで情報を独占すると、やっかみが酷い。だが、まだ記者会見は内定という段階だ」

『わかりました。第二弾と第三弾を出してからですか?』

「あぁそれが、俺たちのお前たちに対する誠意だ」

『ありがとうございます』

 第一弾では、『行方不明になっていた子どもたちは、異世界の国に拉致されていた。拉致された子供の中から29名が帰ってきた』という内容で、今川が取材する形でユウキたちの経験が記事として書かれた。
 第二弾では、第一弾では語られなかった、一緒に拉致された子どもたちに関してのことや、生き残った29名の名前を公開している。名前だけの公表にしている。
 第三弾では、ポーションやスキルに関して調査結果を踏まえて書かれている。電子版では、スキルやポーションを使った時の様子を動画で公開している。

「記者会見の当日はどうする?」

『どうするとは?』

「お前が話すのか?」

『そうですね。俺からなにか言うつもりは無いので、今川さんが仕切ってください』

「ちょっと待て、俺が仕切るのは無理だ」

『えぇ・・・。それなら、どうしたらいいですか?』

「俺が聞きたい。上に掛け合ってみる」

『お願いします。質疑応答だけですか?』

「そのつもりだけど、お前たちが見せてくれた、スキルを見せてもらうことはできるか?」

『可能ですよ』

「あぁ・・・。それで、見世物か・・・。わかった、なるべく見世物にならないようには配慮する」

『大丈夫ですよ。どうせ、インチキだと言われるのは、覚悟しています』

「なぁユウキ。なんで、日本を選んだ?お前たちのスキルやアイテムなら、アメリカやドイツの方が手厚く保護してくれると思うぞ?日本は、排他的な側面が強いぞ?」

『ハハハ。ありがとうございます。でも、保護して欲しいわけではないのですし、アメリカやドイツで発表したら、そのまま軍か秘密警察に拉致されて終わりですよ?日本なら建前だけと言っても、平等ですし、マスコミもゴミみたいなことはしないでしょ?それに・・・』

「それに?」

『今川さんに見せたのが、俺たちが体得している全てではないですよ?』

「・・・。そうか、わかった。そうだ、ユウキ」

 魔法道具越しに、ユウキの殺気を感じて、今川は話題を変えた。

『はい?』

「この魔法道具は、数はあるのか?」

『ありますよ?売るほどの数はありませんけどね』

「そうか研究用に一組を研究所に渡したいと思っていな」

『いいですよ。俺も気になっていたので、調べてくれるのなら送りますよ』

「そうか!助かる!」

『編集部に送ればいいですか?』

「すまんな。俺宛に、着払いで送ってくれ」

『わかりました。分解して調べるでしょうから、3組分を送っておきますよ』

「たすかる。レンタル代は、編集部と研究所から出す」

『そうですか、貰っておきます』

「取材協力費の名目だから、そんなに期待するなよ」

『いえいえ。秋葉原にある肉の万世の最上階にある、万世牧場の個室を貸し切れるくらいを期待していますよ』

「編集長と研究所の所長に伝えておくよ」

『久兵衛でもいいですよ?』

「おま・・・。まぁいい。ユウキ。また連絡する」

『はい』

 ユウキは、念話を切った。
 実は、魔法道具として渡しているのは、特定の人物と念話ができるだけの物だ。作ろうと思えば、サトシ以外なら誰でも作ることができる程度の物だ。

「ユウキ?」

「今川さんから連絡が来て、記者会見の会場が決まった」

「そうか、やっと始まるのだな」

「そうだな」

 仕込みはしっかりと出来ている。
 ミスリルで作った短刀をユウキは愛用している()()にする。フィファーナでの武器は、オリハルコンとミスリスの合金の太刀を使っていたのだが、今回の記者会見では見せない。サトシ以外は、メインの武器は見せない。サトシは、聖剣を召喚するしか武器がない。

「本当に、ユウキは器用だな」

「短刀と脇差を二刀流で使うのだろう?」

「あぁ皆もメインの武器とは違う物を使っているだろう?俺だけが器用というわけじゃないだろう?」

「それはそうだが・・・。お前だけは、戦闘スタイルも変えているだろう?」

 ユウキとリチャードは、話をしながら、襲ってきたシャドーウルフを切断する。
 ここは、富士山の麓に広がる樹海の中だ。魔物である、シャドーウルフが存在しているわけではない。スキルで魔物を作り出しているのだ。

「パウリ!シャドーウルフは飽きた」

「煩い。リチャード!二足歩行の魔物は作るのが面倒だ!そうだ!バトルホースを出す。一人で相手しろよ!」

「ちょっと待て!バトルホースは、俺とは相性が悪い。サトシ!」

 29名は、樹海の奥地を拠点として、身を隠している。
 普段の訓練も、都内では目立ってしまう。訓練をしないという選択肢は、ユウキたちにはなかった。

「それにしてもユウキ。この場所は凄いな」

「あぁ俺も驚いた。まさか、アンデッドが湧いているとは思わなかった」

「そうだな。日本には、降霊術を会得した一族が居たよな?」

「”イタコ”か?どうだろう・・・」

「その場所もアンデッドが湧いているかもしれないな」

「そうだな。ゴーストがこんなに集まって、消えていくとは・・・」

「それに、魔力が”魔の森”の10倍以上だぞ?シャドーウルフを出した数から考えると、20倍近いはずだ」

 ユウキたちは、樹海に居るアンデッド(ゴースト)を排除しながら、戦闘訓練を行っている。
 人が来る可能性が低いのをいいことに、拠点を作っている。認識阻害を行って、地下に拠点を作ったのがせめてもの良心なのだろう。地下に作ったのも、衛星からの撮影を回避するためだが、地表に建物を作ると目立つくらいの常識はまだ持っていた。
 部屋は、26部屋だ。ユウキだけが一人で使っているが、それ以外はパートナーと過ごす部屋になっている。部屋数が1つ多いのは、そのうち陛下とか陛下とか陛下が、地球に行きたいと言い出すのは間違いない。その時に、宿泊させる為の部屋だ。

 リチャードが、アメリアの施設から帰ってくる時に、護身用の銃を持って帰ってきた。ユウキが依頼した物だが、その銃で結界が貫けるか、自分たちが着ている防具が破られるのかを調べるためだ。試した結果、物理無効が付与されていれば防げることが解った。結界も有効な状況で、これで陛下やセシリアたちが来た時の護衛がかなり楽になった。
 地球で両親に会って一緒に認識阻害や偽装のスキルの検証を行った。
 認識阻害は、地球の人間にも作用することがわかったが、やはりデジカメなどの機材には通用しなかった。偽装系のスキルは、人に掛けてもらうと機材をごまかすことは出来ないが、自分自身に行使する場合には、機材がごまかせることが解った。肉体の大幅な偽装は無理だが、髪の毛の色を変えたり、顔の印象を変えたり、声を変えたりはできる。ただ、自分自身にスキルを行使できるのは、29名中28名だった。使えない一人は、聖剣を披露する目的もあるので、そのまま記者会見に向かうことにした。

「ユウキ。会見の場所はわかるのか?」

「サトシ・・・。マイ。任せた」

「はい。はい。サトシ。場所は、この前、皆で見に行ったでしょ?」

「え?どこ?」

「はぁ・・・」

 皆が笑い出すが、サトシは本当にわからないという表情をしている。
 マイやユウキも悪い。記者会見を行う場所を、見に行ったわけではなく、近くの公園から記者会見を行う建物を見ただけだ。

「ユウキ。今日は、公共機関を使うのだろう?バラバラに行くのか?」

「いや、俺とサトシ以外は、偽装した状態で、纏まっていこう」

 都内の(オリビアが熱烈に希望した)秋葉原にあるホテルから、29人の中学生くらいの男女が出てきたら目立つ。さらに、先頭を歩く5名以外は日本人ではない。秋葉原では珍しくもない外国人だが、纏まっているのはやはり稀有なことだ。
 それだけではなく、”そこそこ”美形が揃っている。10人すれ違ったら、4-5人は振り返るだろう。

「ユウキ!山の手ラインを使うのか!」

「レオン。この前も使っただろう!」

「ユウキ!この前は、昼過ぎで空いていた。この時間なら、満員電車に乗れるだろう?」

「はぁ・・・。何が良くて、満員電車に乗りたいのかわからないけど、今日は休日だから、そこまでは混んでいないぞ」

「なに!念願の日本で、新幹線にも乗れなくて、あの秩序で満たされた空間を・・・」

「フェリア。そのバカを頼む」「はぁ・・・。レオン。また来ればいいよ。ユウキ。いいよね?」

「そうだな。片付いたら、皆で各国を回ろう。墓参りも必要だろう」

 皆がお揃いの印章が入った物を見つめる。それぞれの施設で、召喚される前に撮影された写真を貰ってきた。それを、合成して一枚にした物が入っている。お守りであるし、今日の会見を”見せる”意味が強い。

「(やっとここまで来た)」

 ユウキたちは、正面ではなく裏口から入るように指示されていた。

「今川さん」

「おっ・・・。あっ。そうか、揃っているな」

 今川には、偽装前を見せているので、戸惑っているが、ユウキとサトシ以外は、偽装すると宣言していたのを思い出した。

「本当に、わからないな」

「服装もわざわざ揃えたので、余計にわからないと思います」

「そうだな。まぁユウキが説明して、サトシが最後の締めをするのだろう?」

「そうですね。サトシは、聖剣を出して、鉄を両断するだけですよ。喋らせると、何を言い出すかわからないですからね」

「わかった。控室まで案内する。ユウキは会ったことが有るだろうけど、編集長と上の人間だ」

 皆に緊張が走る。偉い人に会うのは、緊張するようだ。

「大丈夫。気のいいおちゃんたちだ。将軍とか伯爵だと思えば大丈夫だ」

「今更ながら、お前たちの感覚がわからんよ。将軍って、言い方が悪いけど、幕僚長だろう?貴族は居ないけど、上級国民様だろう?」

「えぇそうですね。いきなり攻撃性のスキルが飛んできたり、ナイフを投げられたり、毒が入った飲み物を飲まされそうになったりしないので、安心していますよ」

「俺は、お前の感覚が怖いぞ。まぁいい。適当に挨拶してくれ、ユウキは、最終確認をするぞ?」

「わかりました。レイヤ、エリク。サトシを頼む。マイ。皆のサポートを頼む」

「わかった。今川さん。控室は?」

「案内が来るから、ついて行ってくれ」

「わかりました」

 ユウキだけが今川の後に続いた。29名は、案内に続いて控室に向かった。

「記者会見まで、まだ時間がありますが?」

「あぁすまん。ユウキと話をしたいと言っている人たちが居て・・・。な。すまない。断れなかった」

「そうだったのですか?打ち合わせは、それだけですか?」

「想定問答もあるけど、必要か?この打ち合わせと、もう一組合せたい人たちが居るだけだ」

「俺は、大丈夫ですよ。一応、マイとアリスに渡しておいてください」

「わかった。あっここだ」

「え?」

 今川がユウキを案内した場所は、食堂に隣接している個室だ。
 防音が施された部屋で、他に聞かせたくない話をする場合に使われる。

 備え付けられているインターホンに今川が近づいて、認証を通す。

「今川です」

 ロックが外れる音がしたので、今川がドアを開けて、ユウキを中に入れる。
 部屋には、10名くらいの大人たちが豪華な椅子に座っている。そして、ユウキたちが渡したポーションや物質を持って居た。

「君がユウキ君かね?」

「はい」

「私たちのことは、研究員だと思って欲しい。それから、わけがあって所属や名乗りをあげられないが許して欲しい」

 中央の人物が、立ち上がってユウキに確認をしてから、謝罪の言葉を口にする。言葉では誤っているが、態度は横柄なままだ。

「かまいません。それで、なにか、俺に”聞きたいこと”が、あると伺いましたかが?」

「まずは、勝手なことだが、お願いを聞いてくれるか?」

「俺にできることで、仲間や家族に被害が及ばないのなら・・・」

「それは政府にも約束させる。安心して欲しい」

「わかりました。それで?」

「ポーションを数本・・・。都合することは可能か?」

「それは、”売って欲しい”ということですか?」

 ユウキは、”売れ”という言葉を飲み込んで、少しだけ丁寧な言葉にした。政府と口走ったことから、権力側の人間だと判断したのだ。
 どんな話になるのかわからなかったので、丁寧に接しようと思っていた。研究所と言っているのは、間違いでは無いだろうと判断している。全員が、”研究をしている”か、怪しいとは思っている。時間が無いと言っているが、ユウキが知らされている時間までには、3時間以上ある。

「今川さん。これが、謝罪の理由ですか?」

 今川が頷いたのを見て、状況が解った。

「今川さん。皆の所に戻ってください」

「いいのか?」

「はい。向こうに行かれると、サトシが・・・。ビルを壊すと困るので、マイやアリスやヒナが止めてくれるとは思いますが、確実ではないので・・・」

「わかった。それでは、教授。私は、ひとまず退室いたします。ユウキとの交渉には、関わりませんので、よろしくお願いします」

「あぁ」

 中央の男性が、今川に横柄な態度で退室の許可を出す。今川は、ユウキに相手の素性を”教授”と伝えた。

「それで、ポーションは有るのか?」

「ありますよ。いくらで買ってくれますか?」

「なに?」

「そうでしょう。傷口にかけたら、瞬時に治すような薬ですよ?中級も試されましたよね?骨折くらいなら治ります。上級はお渡ししていませんが、内臓の損傷を治します。俺たちが試した時には、片方の肺が潰れた状態から回復しました。日本の・・・。いや、現在の医療で同じことを行うとしたら、いくら必要ですか?俺が言っていることはおかしいですか?」

「・・・」

「どうですか?」

「に、日本の為に使ってくださいとは思わないのか?」

「は?日本が俺に、俺たちに”なに”かしてくれましたか?その分は、ポーションを提供してお返ししたと思いますが?」

「な。子供が!」

「はい。はい。それは、いいですよ。それで?買うのなら、交渉に応じますが、違うのなら、早く要件を言ってください」

 ユウキは、椅子に座り直して足を組む。子供が大人ぶっているようにしか見えないが、スキルの”覇気”を使っている。限界まで弱めた覇気だが、目の前に座っているような人間たちには十分だ。

「(そうだ。せっかくだから実験でもするか?)」

 今まで、対人スキルの実験は身内に限っていた。特に、異常状態を相手に付与するスキルは検証していなかった。

 部屋の隅にカメラが設置されている。ユウキは、この状況を使って確認しようと考えた。

 座っている大人たちが、何やら文句を言っているのを聞き流しながら、スキルを使った。

「(スリープ)」

 ユウキは、睡眠の対人スキルを使った。極々弱く使った。全員が一度に寝なかったことから、少しだけ強めて、スキルを発動した。
 隠されているカメラには気が付かないフリをして、部屋から出る。


「ユウキ!」

「あっ今川さん。どうしました?」

「どうしたじゃない。お前こそ・・・」

 息を切らしながら今川は、ユウキに駆け寄ってきた。

「あぁ皆さん。疲れが溜まっているのか、寝てしまいましたよ。部屋も寒かったから、冬眠でもしたのでしょうかね?」

「・・・。お前・・・。まぁいい。本当に悪かった。上にも文句を言ったけど、その上の上から無理矢理押し込まれた」

「大丈夫ですよ。ポーションを公にしたら、湧いて出てくるのは想定していました。台所に居る黒い虫と同レベルですよね」

「そうか・・・。次は、大丈夫だ。本当に、研究者たちだ」

「そうですか・・・」

「あっ。想定問答は、渡してきたぞ」

「ありがとうございます。向こうはどうですか?」

「サトシが飯を食っていた」

「わかりました、”いつもどおり”ですね」

「・・・。そうだな。おっ!ここだな」

 今川は、スマホを取り出して部屋番号を確認してから、ドアをノックする。

「はい。どうぞ」

 部屋から、声がして、扉が開けられる。

「佐川さん。ユウキを連れてきました」

「お!入ってくれ・・・。そうだ、ジュースを買いに行かせよう。ユウキ君。何がいい?」

 佐川と呼ばれた男性は、今川とユウキを部屋に連れ込むと、矢継ぎ早に言葉を繋げる。

「佐川先生。落ち着いてください。あっ、私は、森下と言います。研究員ではなく、弁護士だけど、気にしないでください」

 森下と名乗った女性は、ユウキに握手を求めた。
 ユウキも差し出された手を握った。

「森下さん、今日は?」

「あっ今川君。ごめんね。君の仕事に割り込む形になってしまって」

「それは構わないのですが?」

「佐川先生が暴走しないように・・・。は、難しいかもしれないけど・・・。法的な問題が生じる可能性があるから、その為の顔つなぎが主な目的。噂のユウキ君に会ってみたかったからじゃダメ?」

「ダメじゃないですけど、いいのですか?弁護士協会は、今回の件には関わらないとお達しをだしたのですよね?」

「大丈夫。大丈夫。文句を言ってきたら、その時に考えればいいわよ。ということで、ユウキ君。よろしく」

「はぁ」

 ユウキは、年上の女性。母親と同じ世代の女性に弱い。どうしても、母親の面影を探してしまう。

「さぁ座って、いろいろ聞きたいことがある。森下君。ジュースを人数分買ってきてくれ、あっ私はダイエットコーラで頼む。ユウキ君は何がいい?何でもいいぞ?」

「はぁ」

 ユウキは、佐川のマシンガントークについていけない。ユウキは困惑しているが、懐かしい感覚にも捕われていた。

「あっ佐川さん。森下さん。僕が買ってきますよ」

「そうか、頼むよ」

 佐川は、財布から1万円札を取り出して、今川に渡そうとするが、今川は自販機だと困るからと言って、後で請求しますと言って部屋を出ていった。
 その間、佐川と森下は、早口で何を言い争っている。しかし、ユウキは二人のやり取りが悪口を言い合っているのではないことは理解出来ている。早口過ぎて、集中しないと話が聞き取れないが、施設の老夫婦の会話に似ていると思えた。

「もしかして、お二人とも、静岡ですか?」

「あぁ言っていなかったね。私は、由比で、佐川さんは焼津の出身」

「え?」

「それから、君が何をやろうとしているのかわからないけど、協力はできると思うわよ」

「え?」

「儂も同じだな。儂は、森下君と違って、力も知恵もないけど、君が面倒に感じるだろう奴らを黙らせる位の権力はあるぞ」

「・・・」

「君のことは、異世界云々の前から知っていたのよ?」

「え?」

「君のお母さん。あっ。今の母ではなくて、生みの親ね。真弓は、私の教え子なの・・・。正確には、同門の後輩・・・。だけどね」

「・・・。俺は」

「辞めなさい。なんて言わない。今川君から、君のことを聞いて・・・。ゴメンね」

「なんで、森下さんが・・・。謝るの・・・。ですか?」

 ユウキは、自分が涙を流していることに気がついていない。

「そうね。君の気持ちがわかるなんてことをいうつもりは無い。でもね。真弓が・・・。違うわね。言い訳だね。私は、私が許せない。だから、君がやろうとしていることが、道を踏み外さないように見守る」

 森下は、ユウキに近づいて、壊れるものを、大切な物を扱うように、抱きしめる。ユウキも、抵抗しない。

「俺は・・・。母さんを・・・。殺した・・・。殺した奴ら・・・。許せない」

 ドアが開いて、今川がジュースを持ってきたことで、空気が元に戻った。

「え?」「ん?」

「さて、今川君も戻ってきたから、話をしよう。いいね。ユウキ君」

「はい。ありがとうございます」

 奥を見ると、テーブルの上には大量の資料が置かれている。
 研究結果なのだろう、今川が嫌そうな表情をするが、佐川はそのままユウキをテーブルに連れて行く。ユウキは、どこか懐かしいと思っていた。レナート王国に身を寄せて、膿を出し切ってた後で、面通しを行った宮廷魔道士がまさに佐川と同じような人種だ。知的好奇心を満たすためだけに生きていいる・・・。そんな人が、佐川という人物だ。

「それで、ユウキ君。君から提供されたポーションとミスリルをこちらで解析を行った。結果を聞いたかい?」

「今川さんから簡単に聞きましたが、私は専門家では無いので・・・。予想通り、”水”と”銀”だったと聞きました」

「そうだ。もう少しだけ言うと、”水”だが成分が日本には存在しない。もっと言うと”自然”に存在しない”水”だ。銀も、調べた限りでは”自然界”には存在しない」

「え?」

「わかりやすく言うと、”水”は純水と呼ばれる物で不純物を含んでいない。銀も同じだ。100%の純度を誇っている」

「はぁ・・・」

「ユウキ君!」

「はい?」

「君たちが提供してくれた物だけでも、研究所としては大騒ぎになっている」

「え?」

「特に、ポーションは研究員としては扱いに困る。再現性が無いのだ。そこで、君が知っているようなら、作り方を教えて欲しい」

「はぁそれほどの数が残っていませんが、低級で良ければ作れますよ?」

「低級に使う材料は、地球で、いや・・・。日本で手に入るのか?」

「うーん。どうでしょう。ヒール草という植物ですが・・・。仲間が、現物を持っていたと思いますが・・・。余剰が有るようなら、貰ってきますよ」

「頼む!そうか、草が入っているのか・・・。でも、そうなると純水になっている理由がわからない。”スキル”が影響しているのか?」

「佐川さん!」

 今川が、ブツブツ言い出して、自分の世界に入り始めた佐川を現世に呼び戻す。

「あっすまないユウキ君。君たちの都合がよくて、素材に余裕があるのなら、ポーションを作るところを見たいのだが?」

「私の一存では・・・」

「それでいい。儂の予想が正しければ、作り方を見ても、再現は難しいと考えている」

「え?」

「それに、君たち・・・。いや、君にはやらなければならないことが有るのだろう?その後で構わない」

「・・・」

「ユウキ君。いや、ユウキ。お前たちがどんな経験を積んだのか、今の儂にはわからない。だが、経験は積んでいる。困ったことがあれば頼ってほしい」

「ありがとうございます」

 ユウキは、先程の自称研究員と、今川を比べていた。フィファーナでいろいろな大人と接してきた。

 ユウキの持っている鑑定スキルでは、深い所までは見えない。人物鑑定ではないので当然なのだ。でも、まだユウキは仲間たちを今川や森下に合わせるのには戸惑いがある。頼りになる大人と思っていた人物が、潰されたり、裏切ったり、事情がわかるだけに恨めなかったこともあった。
 慎重と言えば聞こえがいいが、臆病になっているのかもしれない。

 ユウキは、記者会見が始まるギリギリまで、佐川に捕まっていた。
 佐川からの質問攻めに少しだけ・・・。本当に、少しだけ面倒に思い始めていた。

「ユウキ君。時間だ」

 今川が、ユウキに声をかける。
 ユウキは、少しだけ”ほっと”した表情をする。

「わかりました。佐川さん。それでは・・・」

「今川君!記者会見の時間は、もう少しだけ後だと思うが?」

 ユウキは、信じられないことを言い出す佐川の顔を二度見してしまった。
 確かに時計を見ると、1時間くらいの余裕はある。それに、記者会見には佐川も出席する予定だと教えられている。

「佐川さん。ユウキ君を連れていきますよ。リハーサルは必要ないのですが、着替えは必要です。それに、森下さんも着替えをされますよね?」

 今川が、近くで紅茶を飲んでいた森下に話を振る。

「私は、このままで大丈夫。どうせ、話が始まれば、ユウキ君が中心になるのだし、私が出る場面は無いでしょう」

 森下は、今川をじっくりと見るが、今川は何も言わないで、ユウキを連れ出そうとしている。

「佐川さん。今度、研究所にお邪魔します」

「おぉ!そうか、確か、君は、森下君と同郷だったな。静岡だな」

「はい。佐川さん。でも、俺たちは、記者会見が終わったら、拠点を作る予定で居ます」

「拠点?今の日本で、勝手に住んでいい場所など・・・」

「えぇ。解っています。でも、田舎の山奥なら、驚くほど安く入手が可能だと聞きました」

「ふむ・・・。技術の提供か?」

「それもありますが、佐川さん。ポーションを欲しがる人は多いでしょうね」

「・・・。そうだな」

「今回の見世物が終わったら、ポーションのオークションを開催しようと考えています」

「ユウキ君!」

「あっ・・・。今川さん。佐川さん。オークションとは別に、佐川さんに渡すポーションは確保しますので、安心してください」

 ユウキは、佐川に言うべきことを言ったつもりになって、今川に続いて部屋を出た。

「森下君。彼は、本気だと思うか?」

「どうでしょうか?でも、彼が嘘を言っているようには思えません」

「それは、弁護士としての感か?」

「いえ、女の感です」

「ハハハ。それなら、信じられる。オークションか、彼のやりたいことが朧気だが見えてきた」

「はい。愚か者(亡者)たちが大量に釣れるでしょう」

「しばらく・・・。国が荒れるかもしれないな」

「はい。彼らの望みは、その荒れた状況なのでしょう。そして、必要なことなのでしょう」

 森下の呟きは、佐川の耳にも届いている。
 しかし、佐川の意識は、この場には存在していなかった。佐川は、一人の少女を思い出していた。30年以上前に、ほんの一時に教えていた少女。それでも、少女との交流は続いた。15年後に結婚すると紹介された男性は、佐川が教師を辞めてから始めた研究所の人間だった。佐川が、二人の結婚を自分の子供た結婚するかのように喜んだ。そして、二年後に産まれた女の子に名前を付けて欲しいと言われて、”弥生”と名付けた。女の子が3歳になるときに、夫婦の訃報を聞いた。

「佐川さん?」

「あっ・・・。すまん。歳のせいか、儂も少しだけ疲れた。記者会見まで休んでいる」

「わかりました。時間になったら、呼びに来ます」

「今川くんでも寄越してくれ」

「わかりました。佐川さん。これからです」

「あぁ」

 森下は、佐川が奥にあったソファーに移動するのを見て、ドアを締めた。

 記者会見の場は、おかしな熱気に包まれていた。大手新聞社からTV局やネット配信を行っている者も居る。

 進行役は、記者クラブの人間ではなく、今川が手配した人物が仕切りを行う。

「10分になりました。事前に告知されていた通りに、ドアを締めます。会見中は、再入場は出来ません。ご容赦ください。そして、生放送は控えていただきます」

 事前に告知している内容だが、ネット配信を行っている者たちにとっては格好のネタだ。
 生配信にならないギリギリの範囲での配信を考えていた。

 森田も、そんな配信を実行しようとしていた一人だ。偶然、潜り込めた”ネタの宝庫”ネット記事が有名になれば、広告収入も増えると考えていた。
 目的は、別にあるのがだ、潜り込めた事実を最大限に使おうと考えていた。

「それでは、異世界からの生還者たちに寄る記者会見を始めます。事前に告知している通り、彼ら彼女らは被害者であり、人権を守られるべき14歳以下の少年や少女です。皆さまの”良識”ある対応を期待します。今日は、人権やネット犯罪に詳しい森下弁護士にも同席していただいています」

 最初に、森下が会場に入って指定された場所に座る。その後で、今川が呼び込まれる。続いて技術的な見解を述べる役目として佐川が呼び込まれた。

 森田は、同時配信こそしていなかったが、数分ほど遅れで配信されるようにしていた。有料会員向けに視聴ができるような状態にしていた。

「え?」

 だれが、発した言葉なのか、わからないが、黙って配信をしようとしていた者たちの回線がいきなり切れたのだ。
 ネットワークの回線が途切れたわけではない。そして、ユウキたちが座る予定になっている席から、淡い色をした蝶が舞い上がって、数名の上に止まった。森田は、止まった蝶を見て嫌な予感がした。

「はぁ・・・。予想以上ですね。今回は、見逃しますが、次は無いです。蝶が停まった人たちは、ご理解をいただけると思うのですが。これが、生還者たち(サバイバー)が持っているスキルです」

 ユウキたちは、結界の可能性を探っていた。結界内から、外部に向けての通信を遮断できることに気がついた。突き詰めていくと、決められた手順を踏んでいない通信を遮断出来た。今回は、会場が用意したプロキシを通さない通信は遮断するようにした。あとは、発信している機材に召喚した”(スケイルバタフライ)”を目印に使っただけだ。

 森田は、背中に嫌な汗が流れるのを認識している。蝶が自分の所に停まってから、なにかに睨まれているような感覚に囚われている。それだけではなく、すぐにでも逃げ出したい気持ちになっている。文章を書くために用意しているパソコンは、ネットに繋がっている。自分のサイトも見られる。大きな問題はない。だが、本当に配信だけが停まってしまっている。
 森田の前に座っていた。やはり、蝶が止まっている人物が手を上げる。

「動画の撮影はどうなる?」

「許可されています。ただ、うまく撮影できるのかは、保証しかねます。それも、事前に告知されている通りです。機材の故障などの苦情も受け付けません」

 質問をした人物以外も、持ってきた機材を確認するが、撮影は出来ている。

 森田が手をあげないで声を上げる。

「そんなことよりも、生還者たちはまだ来ないのか!?」

 会場中に響き渡る声だ。同調して声を上げる者たちが出てくる。

「やはり、少しは期待していたのですが、ユウキさん、予想通りです」

「わかりました。結界を弱めます」

 誰も居ないように見える場所から、声が聞こえる。

「え?」

 誰が発した言葉なのかわからないが、皆が正面を見ていた。
 動画撮影のために機材を動かしていた。

 人数は告知されていた。
 男女比も告知されていた。
 国籍も告知内容に含まれていた。そのために、()()記者クラブが場所に選ばれた。

 前に置かれた椅子には、誰も座っていなかった。皆が、自分が撮影した内容を確認する。

 しかし、子供の声が聞こえてから、椅子に座る子どもたちが居る。最初からそこに存在しているかのように座っていたのだ。

 ユウキたちは、電子機器をごまかすために、結界を用いた。赤外線や熱感知をごまかすことは出来なかったが、カメラなら結界を用いることで、後ろで監視カメラを見ている人たちを”ごまかす”ことが出来た。注意深く観察すれば、わかってしまう程度の方法だが、今回は有効に作用した。

「それでは、記者会見を始めます。始めに、生還者の情報を・・・」

 司会が、ユウキたちの情報を話し始める。
 記者たちには、事前に情報として渡されているが、名前を呼ばれるときに立ち上がるだけでも、情報としては十分なのだろう。

 10分ていどかかって、ユウキたちの諸元が発表された。
 記者たちが黙って聞いているのには理由があった。まずは、ユウキたちが未成年だったことが大きな問題だ。ユウキたちは、記者会見で語られた情報に関しては公にしても問題はないと伝えている。しかし、姿かたちに関しては明言されていない。
 そこに、人権や女性や子供の犯罪には厳しい対応をすることで有名や森下弁護士がオブザーバー的な立場で参加している。きっかけになった今川もネット上では有名な人物だ。

「質疑ですが、札を上げてからお願いします」

「なんの意味がある!忙しい時間を割いて来ているのだぞ!」

 前列に座っている大手新聞社の人間が司会に食って掛かる。

「わかりました」

 司会は、ユウキを見ると、ユウキが立ち上がった。

「大手町にある新聞社の記者さんですね。名前は、谷川聡さんですか、記者になってから、14年ですよね?あっそれから、へぇ40まで女性経験はなしですか、初めては、大阪ですか?でも、感心できませんね。売春ですか?記者さんも大変なのですね。上司の娘さんの奥さんも居るのですから、いい加減に出張を偽って、売春の旅は辞めたほうがいいですよ?気に入らないのでしたら帰ってください」

「なっ・・・。お前は、何を言っている!俺は・・・。面白いネタかと思ったが、やはりでたらめだったな!」

 谷川と言われた記者は、立ち上がって出口に向って歩き出す。それを、他の記者たちが冷たい目つきで眺めている。

「指示に従っていただけないのは残念です」

 司会が、会場を見回すと、皆がユウキを見つめている。

 ネット配信を行っている森田が番号札を上げる。

「はい。38番の方。所属や名前は結構です」

 番号を指定された森田は、立ち上がった。

「わかりました。今のお話は、どこまでが本当のことなのでしょうか?」

 森田は、指示に従って、所属や名前は告げないで、直球で質問をぶつけた。

「それを、調べるのは、貴方たちのお仕事ですよね?森田さん。合同会社果実の代表さん」

「え?あっ。なぜ?」

「なぜ?先程、説明があったと思いましたが?」

「鑑定スキル?」

「そうですね。森田さん。入場時に告げた会社名は違いますよね?その会社は、知人と経営しているので、間違っても居ないのでしょうが・・・」

「ふぅ・・・。どこまでわかるのでしょうか?」

「どこまで?」

「私の過去などもわかるのでしょうか?」

「そうですね。二年前・・・。森田さんの記憶に刻まれていることならわかりますが、それ以上となると難しいです。お話したほうが、納得されますか?」

「いえ・・・。ありがとうございます」

 森田は、背中に流れる冷たい汗を感じていた。さきほどの配信を見抜かれたことや、ユウキが語った”2年前”というワードが気になった。ユウキの目は、自分の愚かな行為を見抜いている。
 森田は、畏怖に似た感情を抱えながら、札をおろして、椅子に座った。

「他の方」

 前列に座っている記者が札を上げる。

「はい。6番の方。所属や名前は結構です」

 指名された男性が立ち上がる。

「私は、6番ではない。○○新聞の飯島だ。茶番はもう大丈夫だ。さっさとポーションとやらを出してもらいたい」

「茶番?」

 サトシが立ち上がりそうになるのを、マイが押さえた。
 ユウキも、手で皆を制した。

「そうだろう?お前みたいな子供にできることではない。さっき、出ていった奴も、さっきの奴も、お前たちの仕込みだろう?」

 ユウキは、目の前で強弁している男を見る。裏があるかもしれないと感じたからだ。

『ユウキ。こいつに裏はない。ただのやっかみ。俺たちが”仕込み”で、今川さんのスクープが偽物だと思いたいらしい』

 ユウキたちのネタは、鑑定スキルを極めた者からの報告だ。考えていることを盗み見ることができる。もちろん、妨害の手段があり、ユウキたちは対策を行っているのだが、スキルを持たない者たちには、難しい状況だ。このスキルに関しては、秘匿することが決まっている。

「ポーションですか?告知していますが、ポーションは研究所からの報告が全てです。我々からなにか発表する必要はないと考えています」

「生意気なことを言うな。必要か、必要じゃないかを判断するのが、俺たちだ。お前たちは、俺たちの要望に従っていればいい。そうしたら、お前たちは犠牲者ってことで、世間が優しく慰めてくれるぞ」

『ユウキ!コイツら、何にか・・・。最前列で俺たちを嵌めるつもりみたいだ』

『わかった』

 ユウキは、仲間たちの報告を聞きながら、ニヤリと笑う。

「わかりました。ポーションの実演をしましょう。俺や仲間や、此方側に座っている人物や、先程の森田さんでは、貴方たちは納得しないでしょう。誰が実験体になってくれるのですか?」

 ユウキの言葉で、札を上げている記者が固まった。ユウキの言葉は、当然のことなのだが、記者たちは”ユウキたちのポーションは偽物”だと思っていた。正確には、”偽物であるべき”だと思っていた。本物なら、わざわざ”ゴシップ記事”を得意とする週刊誌なんかに売り込むはずがない。自分たちのような大手の出版社やTVに売り込むはずだと考えた。そして、ゴシップ記事を得意とする週刊誌に売り込んだのは、”ポーションなぞ存在しない”からだと”当然のように”考えたのだ。
 そして、彼らはユウキが著名な研究者や政治家からの提案を断ったことを教えられて、確信していた。

 ”ポーションなど存在していない”
 『ガマの油売りの口上』と同じレベルの物だと・・・。

 記者たちは、ユウキたちにポーションを使うように誘導した6番の記者を見る。

「どうされましたか?誰がポーションを使いますか?今日は、ポーションの予定がなかったので、2本だけ中級ポーションを持ってきています。終わった後で、研究所にわたす予定だったので・・・」

 森田が、札を上げる。

「38番の記者。今、6番の方が質問をしています。お待ち下さい」

「あぁ質問を遮って申し訳ないのですが、先程、おっしゃった”中級ポーション”はどのようなものなのか、説明をして頂きたい。資料には、”ポーション”としか書かれていません」

「そうですね。ユウキさん。どうですか?」

 司会が、ユウキに話を振る。

「いいですよ。研究所で、調べていただいたのは、”初級ポーション”です。お手元の資料に、あるのは”初級”の物です。中級は、切断面の結合と内臓の修復です。あとは、精神に対する作用も確認されています。そうですね”薬物依存”などの治療もできます」

「っ!」

「どうしました?」

 ユウキが、森田の驚きの顔を見て、問いかける。

「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

「どうされますか?どなたが試されますか?中級ポーションですので、内臓の修復や薬物依存の治療は、見た目でわかりませんよ?指を切断して、結合を試しますか?先程の発言通りに、疑っていらっしゃる人がいらっしゃるようなので、私たちや司会や会場を設営して居る人、今川さん。そして、先程の質問者である森田さんは除外ですね」

 一気に、言い切って、記者を見つめる。
 記者は、自分が言ったセリフを飲み込みかけているが、この場所は記者会見で、録画、録音されているのは間違いない。それだけではなく、名乗ってしまっている。新聞社の看板を背負った状態で、”茶番”と言い切ってしまっている。

 視線が、自分に集中しているのが解って、名乗った記者が慌て始める。
 自分が、実験台になるつもりはないのだ。周りを見回して、自分よりも”身分”が低いと思える人物を探すが、この会見には”1社1人”という制限が付けられていた。

 視線が集中する記者は、番号札を投げ捨てて、出口に向かう。

 司会が、冷静に指摘する。

「○○新聞の飯島さま。先程の質問が終わっておりませんが?」

「ふざけるな!俺は、こんな茶番に付き合うのは、馬鹿らしいと思ったから、帰る!」

「そうですか、○○新聞は、お帰りになるということですね。ご自身がされた質問に対する真偽を確認しないで、一方的にこちらを・・・。生還者たちを悪者にした状態で退場されるのですね」

 飯島と名乗った男は、一度だけ振り向いたが、そのまま会場から出ていった。

「質疑が途中になりましたが、何方か試されますか?」

 司会が、周りを見るが、記者たちは誰も手を上げない。
 腕を切り落としたり、脚を切り落としたり、大きく傷つけると脅されればだれでも躊躇するだろう。

「誰も居ないようでしたら・・・」

 司会が、話を打ち切ろうとした時に、38番の札が上がる。

「38番の方」

「はい。ポーションの使い方の質問です」

「なんでしょうか?」

「資料には、ポーションは飲み薬のように書かれていますが、切断面の結合だと、傷口を合せて振りかけることになるのですか?その場合には、内臓疾患や薬物中毒への治療は出来ないのですか?また、連続使用は?」

 司会が、意外な質問にユウキをみてしまった。

「私たちの経験上で、地球での効用が違う可能性がある場合があります」

「はい。それは、資料に書かれていました」

「切断面を合せた状態で、飲むことで、切断面が結合します。切断してからの時間に比例して結合するまでの時間が必要でした。内臓疾患や薬物中毒は、もうしわけない。検証してみないとわかりません。連続使用は、異世界では”無理”でした。1-2時間のクールタイムが必要でした」

「ありがとうございます。私が、ポーションを試してもいいのですが、前列の記者さんたちは、ご納得していただけますか?」

 森田が、声を張り上げて、前列に座っている大手を下に見るような発言をする。
 自分たちが手を上げない。それだけではなく、侮っていた子どもたちにも、馬鹿にされて、ネット配信やネット記事を主体にするメディアにさえも馬鹿にされる状況になっている。自分たちを先導したのは、出ていった飯島なのだが、それを言ってしまうと、大手で談合をしていますと言っているような物だ。暗黙の了解で成り立っている状況が完全に崩れてしまっている。

「はい。14番の方」

「(スペイン語)スペインの新聞社です。私も、ポーションに興味がある」

 会場が静まり返る。
 英語なら、多少はわかる者たちが多いのだが、スペイン語を話せるものは用意していない。

「それは、アナタもポーションを使ってみるのですか?」

「(スペイン語)そうだ。え?なぜ、言葉がわかる。重ねての質問だが、なぜ言葉がわかる?」

「そういうスキルだと思ってください。あっ録音された声を聞いても無駄ですよ。日本語に聞こえます」

「(スペイン語)それは・・・。(日本語)問題はない。俺は、日本語もわかる。録音を確認したいが、問題はないか?」

「えぇ大丈夫です」

 指名された、14番の記者は、録音されたユウキの声を聞いた。

「(日本語)本当に、日本語だな」

「えぇそうですね。他の、人にも母国語に聞こえたはずです」

 最前列の日本人だけが、意味がわからないような表情をしている。

「すまない。俺もポーションを試したい」

 立ったまま、14番の記者はポーションを使用したいと宣言した。

「わかりました・・・。お二人に使ってもらいましょう。しかし、方法はどうしましょうか?」

「(英語)それなら、俺が二人の腕を斬りつける。それで、ポーションを飲めばいい。せっかくだから、1人は振り掛けて、1人は飲めばいい。どうだ?」

 ユウキは、記者からの提案を受けて、頷いた。英語を話した記者は問題ではないようだ。

「38番と14番の記者が、ポーションを試していただきます」

 司会が話を仕切るが予定になかったことだ。身体のどこかに、傷をつける行為になる。前列に座った記者たちが、なにか文句を言ってくることを、司会は警戒したのだが、何も言い出さない状況になっている。

「それでは、お二人にポーションをお渡しします」

 司会が、ユウキから、二本のポーションを受け取った。

「38番。アナタは、どうしますか?」

「どうするとは?」

「飲みますか?かけますか?」

「俺は、飲みたいと思う」

「飲むほうが、リスクがありますが?」

「リスク?」

「体内に、わけのわからない物を入れるのですよ?リスクと感じませんか?」

 森田は、少しだけ考えていたが、自分の考えは変わらない。後遺症が消えるのなら、多少のリスク位なら飲み込もうと思っていた。

「問題はない。俺が先に言い出したのだから、リスクをとる」

「わかりました。あっ!そうだ」

 14番は、森田との話を打ち切って、司会を見る。

「なにか?」

「私たち二人の撮影ですが、私たちが決めた者たちだけにして欲しいと、要望を出します」

 14番の突然の要望に、司会は顔を歪めるが、当然の権利だと思えた。
 ユウキと森下を見るが、ユウキも森下も当然だという雰囲気を崩していない。問題があれば、横から口をはさむことになっていた

「わかりました」

「佐川だ。私は、研究者の立場から、お二人の実験に立ち会う。映像は、お二人から頂きたい。その後、軽く話を聞きたいが、いいか?」

 森田は、問題はないと宣言した。14番は、低級ポーションの話を佐川から聞くことを条件に了承した。
 英語を話していた記者が懐から、ペーパーナイフを取り出す。少しだけ刃が付いているペーパーナイフだと説明している。

 撮影できる記者の選別は、森田と14番と佐川が行った。
 選別が終了してから、場所を移動した。腕を斬りつける時に、血が出る可能性が高いためだ。

「(英語)それではいくぞ!」

 英語を話す記者が、ペーパーナイフを使って、二人の腕を切りつける。
 血が吹き出すが、二人は打ち合わせ通りに、ポーションを使った。記者たちに傷がしっかりと見えるようにしながらだ。自分たちが実験体になっているのを認識しての行動だ。森田は、ポーションを口に含んで一気に飲み込んだ。14番は傷口にポーションを振り掛けた。

 効果は、すぐに現れた。

『おぉぉぉ』

 見ていた者たちが、塞がっていく傷口を不思議な表情で眺めている。
 傷口が塞がったのを見て、佐川が怒鳴った!

「動画は!」

 記者たちが、撮影していた動画を確認する。
 ペーパーナイフで傷つける所から、再生する。

「そこ!止めろ!」

 森田の動画を見ていた、佐川が再生を止める。

「お?」

「少しだけ戻ってくれ」

「わかった」

 一瞬だけ傷口が光っている。

「光っているな」

「光っていますね」

「(スペイン語)光ったな」

「(英語)光っている」

 皆が、覗き込むようにして画面に喰い付いている。

「検証は後でもできる。まずは、二人の状態を確認しよう」

 佐川が真面目な表情で、二人を見る。

 二人は、傷跡を確認するが、問題はない。腕は深く傷ついたが、今では傷跡が嘘のように無くなっている。

「(頭がスッキリしている。靄が晴れた気分だ)」

 森田は、自分を見ている視線に気がついて、振り返る。ユウキが、森田を見ていた。森田が振り返ったことを確認して、ユウキは微笑みを返した。ポーションを飲むまでは、どこか頭に”モヤ”がかかっていた部分が、スッキリと晴れている。後遺症もきれいに消えている。

「(スペイン語)おぉぉぉ。古傷が治っている!」

 14番の大声で、森田たちは現実に引き戻される。

「どうした?」

「あぁ昔、戦場カメラマンをしていた時に、足に銃弾を受けて・・・。炎症を起こして、曲がらなかった膝が治っている」

 そういって、14番は足を何度も折り曲げてみせる。

 14番の告白を受けて、皆がことの成り行きを見ていたユウキを見つめる。