地上とそこに生きる者を見守る神様が、庇護(ひご)すべき人間を憎み嫌うは禁忌(きんき)。

 後(のち)の私の夫……龍神(りゅうじん)の翠は親友の神様が人間に殺されたことで人間を恨み、魂が穢(けが)れて神(かみ)堕(お)ち──あやかしになりかけていた。

 その穢れさえなければ、天界(てんかい)最強の龍神とも謳(うた)われた翠。この事態を憂(うれ)いた龍神の長(おさ)様は、私──原(はら)静紀を巫女(みこ)にして、翠に龍宮神社(りゅうぐうじんじゃ)の奉(まつ)り神になるよう命じ、夫婦の契(ちぎ)りを交わさせた。私がひとたび舞えば弱った神様を癒やすことができる、白拍子(しらびょうし)の生まれ変わりだからだ。

 翠たち龍神のいる龍宮(りゅうぐう)と、この地上にある龍宮神社には切っても切れない繋がりがある。それは遥か昔、龍神の先祖(せんぞ)が人間の女性──それも巫女と恋仲になり、夫婦の契りを交わしたところから始まる。

 神様は巫女の願いを聞き届け、その恩恵(おんけい)を与えるのが役目。そして龍宮神社の巫女の願いを受けるのは、主に龍宮にいる龍神の仕事だ。

 代々、龍宮神社の奉り神になる龍神は、そこの巫女と婚姻する習わしになっている。だが奉り神は人間に信仰(しんこう)されなければ消滅するため、進んで人間と契りたい神様はおらず、そもそも神様と婚姻できる力ある巫女も減っていた。龍宮神社には長らく奉り神がいないどころか、舞の奉納(ほうのう)で地上の願いを届ける巫女も不在。ゆえに地上に神様の恩恵が行き渡らず、神社周辺の町ではあやかし絡みの揉め事が起こっていた。

 私と翠の婚姻はそういった事情……つまり神堕ちを防ぎ、龍宮神社に神様の恩恵をもたらすためのもので、それが叶えば解消される。目的を果たすまでの、期間限定のかりそめ夫婦だったのだ。

 でも、神社に持ち込まれる依頼をこなしているうちに、人間嫌いの翠が少しずつ心を開いていってくれて、大切な親友を奪われた憎しみに苦しみながらも、人間を大切に思う彼の不器用さに惹かれてしまった私は……心から翠と夫婦になりたいと思った。

 翠も同じ気持ちだったようで、私たちは神堕ちを回避し、神社を再建したあとも一緒にいる。かりそめではなく、本物の夫婦として──。