そうこう考えている俺の傍らでは、ものの数秒で飯を胃に納めた彼女の姿がある。今度はペットボトルのキャップを開け、中身を一気に飲み始めた。
 口を離し、ぷはっと短く息を吐く。
 満腹感で満たされたその表情は、幸せを噛み締めているようにも見えた。

「生き返った……」

 と、静かな囁きまで聞こえた。
 餓死寸前ではあったが、どうやら最悪な状況だけは回避できたみたいだ。

 あっという間にお茶を飲み干した彼女は、頬を紅潮させたまま、今度は俺へと視線を向ける。空腹で倒れていた人物とは思えないほど、彼女の身なりはきちんとしていた。

 トレンチコートの襟元からは、事務服のベストが見える。顔は幼いし、背も低いから高校生かと思っていたが。会社員のようだ。

 クセのない髪は、艶やかなストレートロング。ほんのりと、甘い香りが鼻腔を掠める。
 香水は元々苦手だが、彼女の香りは不思議と不快な気分を感じない。コートやブーツも、女性の流行りを一式揃えたコーデのようだ。見た目だけで言えば本当に、普通のOLと変わりないが。

「助けて頂いてありがとうございます、通りすがりの親切なお兄さん」
「桐谷です」
「キリタニさん。ありがとうございました」

 言い直して、深々と頭を下げられる。
 舌足らずな口調が、余計に幼さを感じさせた。