──―次の日。
 水族館に行きたい、彼女はそう言った。

 意外な返答だった。水森の事だから、有名スイーツ店や行列の並ぶ人気ラーメン店の食べ歩きに引っ掻き回されるかと思ってた。彼女と2人で過ごせるならそれでもいい、そう思っていた自分も大概だけど。

 けれど返ってきた要望は、水族館。
 普通すぎて、本当にそれでいいのかと尋ね返してしまったくらい。

 そんな俺の言い分にも、水森はやっぱり表情を変えない。相変わらず、淡々としている。
 昨日の、あのもどかしいくらいの雰囲気は微塵も感じなかった。


・・・


 水森との約束の日。
 リビングでコーヒーを淹れていた時、突然背中に何かが張り付いた。
 見下ろした先に、もかがいる。
 腹回りに両手が巻き付いて動けない。

「……おい。なんだ」

 抗議してみるものの、離れる気配はない。
 俺を見上げる顔は不機嫌そうだ。

「どこに行くのだ」
「……ダチと遊びに」
「女か。女だな」
「違う」

 違わないけど。

「郁兄のくせに、もかちゃんを置き去りにして他の女と遊びに行くなんて許すまじ。一体誰なの。どこのアバズレ女なの。今すぐここに連れてこい。大根おろし器で擦ってやる」
「落ち着け」

 ぎゅうぎゅうに巻き付く腕を剥がそうとしても、頑なに離れようとしない。
 嫉妬なのか何なのか。どっちにしても面倒臭い。
 遂にはそのままの状態で放置すれば、再び不満げな声が聞こえてきた。

「今日、バスケ付き合ってくれるって約束したのに」
「あー……」

 忘れてた。
 だからこんなに拗ねてるのか。