アジュールが、A社との独占契約を狙っているという話は以前から噂で聞いていた。
だから水森に、詳細を尋ねてみた。
そして彼女がくれた情報の中に、
『A社の社員の方が、平日の早朝に公道を掃除してるみたいです』
そんな雑談が混じっていた。
それはなんて事はない話のネタのひとつ。
でも俺は、チャンスだと悟った。
「それで翌朝5時に起きて、その方の元へ向かったんですね。『今日から一緒に掃除をさせてください』と、頭まで下げて」
「ちゃっかり名刺も渡してる辺り、下心は見え見えだったけどな」
「はあ、すごい」
俺から事情を聞いた水森は、何度も「すごい」を連発した。
それは彼女から話を聞いた翌朝のことだ。A社の社員が掃除をしているという公道へひとりで向かった。
そこには年配の老人がひとり、ゴミ袋を持参して黙々と作業をこなしている。社員というわりには高齢の方だなと思いつつ挨拶を交わし、ここ1ヶ月間くらいはずっと、彼と2人で公道の掃除をしていた。
契約を持ち掛けようとして、彼の元を訪ねたわけじゃない。
A社の話が聞ける上に、運よく繋がりが持てれば、と。その時はただ、そう思っていただけだ。
「まさかあの爺さんが、A社の創業者だったなんて思いもしなかったんだよ。あの人自身も名乗らなかったし、俺はてっきり、A社に雇われている清掃業者なのかと思ってた」
「びっくりですね」
「いや、水森は最初から気付いてただろ。ほんと人が悪いよ。教えてくれてもよかったのに」
「ごめんなさい。まさかキリタニさんが、そこまで考えていたなんて思ってもいなかったから」