その場から動けず呆けている俺の前で、同僚の男はエレベーターに乗り込んで4階へと上がっていった。
 視線を戻せば、いつの間にか清水課長の姿もない。
 水森の周りにいた女性社員も、その場から散っていた。
 その場に残っていた彼女自身もエレベーターへと歩きだそうとして―――不意に、後ろを振り向いた。

 思わず心臓の音が跳ねる。
 目が合った瞬間、水森は驚いた表情を見せた。
 俺が出社してきた事に今気づいたらしい。

「ふおおおぉ。キリタニさんっ」
「……?」

 かと思えば、今度は謎の奇声を発しながら両手を前に突き出して走ってくる。真顔で。
 何事かと思いながら俺も同じように真似てみる。近づいてきた彼女の両手が、ぱちんと俺の両手と重なって音を弾いた。唐突のハイタッチ。

「キリタニさん」
「はい」
「おはようございます」
「おはよう」
「聞きました。A社との契約、キリタニさんが結んできたって」
「ああ、それか」
「それです」

 興奮やまぬ様子で、水森は身を乗り出してきた。


 それは、互いに手を組んだ後日のこと。
 彼女は【ある情報】を俺に教えてくれた。
 その情報を元にすぐ行動を起こした結果、世界的にも有名なキャラクターを生み出した大手企業のA社と、版画作品の独占販売契約を結ぶことに成功した。
 それは今までにない、大きな実績だ。