「ごめん、誘っておいて待たせた」
「全然待ってないですよ。大丈夫です」

 顔を上げた水森はやっぱり無表情だ。
 でも不機嫌な様子ではないし、どこかほんわかとした雰囲気を放っている。ほとんど笑わないが無口というわけでもないし、むしろよく喋る方だと思う。
 誰に対しても敬語口調で話し、感情を露にする事も無い。いつも冷静だ。

「あの、話って」
「あ、うん」

 先を促されて、口を開く。

「研修の時にさ、手に持ってたファイル。付箋たくさん貼ってあったから気になって」
「……え」

 ふと、彼女の瞳に陰りが見えた。

 不安げな視線を向けられて、少し焦る。何かを警戒しているように見えた。
 触れて欲しくない事、だったんだろうか。

 水森以外にもマーケ社員の姿はあったけれど、あの場にファイルを持参していたのは水森だけだった。
 だから余計に気になった。
 あの付箋だらけのファイルは、彼女の努力の表れなんじゃないかと。

 けれど水森が嫌がるのであれば、それ以上迫る気は無かった。

「あ、ごめん。見せて欲しいとかじゃなくて。どういう使い方してるんだろうと思って」
「……使い方?」
「俺、付箋の使い方が下手で」

 咄嗟に話題を変えてみたけど、うまく功を成した様だ。彼女は興味津々といった感じで、俺の話を聞いている。