「こんな素敵なお店は誰にも教えたくありません。私が全部独り占めします」
「軽く営業妨害だそれ。俺に教えてもいいの?」
「キリタニさんと一緒なら、楽しくご飯を食べられると思ったから」

 そう言って、彼女は扉に手を伸ばした。

 普通に会話をしているようでも、内心はずっと心が躍っている。どうにか平然を装うことで精一杯な俺は、少しばかり情けなくも感じるけれど。

 でも、それは仕方ないとも思う。

 自らが大絶賛するほどの店を、彼女は俺に紹介してくれた。しかも、誰にも教えたくないと豪語する場所に俺を連れてきてくれたんだ。
 こんな、まるで俺が特別みたいな扱いをされて、嬉しくないわけが無い。

 ついニヤけそうになる表情を引き締めて、水森の後に続く。扉が開くと同時に、チリンと軽やかな鈴の音が鳴った。

「豊さん。こんばんは」
「あ、いらっしゃい。さやかちゃ……あれ?」

 彼女の挨拶に振り向いた男性が一人。カウンターで出迎えてくれた店の主人は、予想していた人物像よりもずっと若い男の人だった。
 その男性の薬指に光るのは、シンプルな指輪。
 夫婦で経営している店のようだ。

 そして彼の背後では、女の人が背を向けたまま事務作業をしている姿が見えた。