「キリタニさんにご紹介したいお店があるんです」
「俺に?」
「私の行きつけのお店です」
「そうなんだ。このあたり?」
「はい。もう着きますよ」

 そう言って彼女が紹介してくれたのは、会社から然程離れていない場所にあった。
 狭い路地の奥に佇んでいる、こじんまりとした小さな店。古ぼけたランプと小さなキャンドルが、訪れる人を温かく出迎えてくれる。
 白く塗装された扉は手作り製に見えた。

「あ、ここ知ってる」
「ほんとですか?」
「うん。入ったことは無いけど。外観の雰囲気が良さげだから、前から気になってたんだ」

 そう。よく通る道だから覚えていた。
 遠目からだと何の店なのかがわからなくて、いつも見かけるだけだったけど。

「普通の飲食店だけど、ご飯がとっても美味しいんです」
「へえ……」
「ちょっとお値段が高いけど。でも、本当にめちゃめちゃ美味しいのです。お勧めです。太鼓判押します」
「そんなに」
「そんなに、です。私、会社帰りはよく此処に来るんです」

 1人で来る事が多いと、水森は言った。
 友人や会社の人間と、一緒に立ち寄る事はないらしい。