立ち尽くしたままの俺の横を、同じように出社してきた社員が通り過ぎていく。
 なのに俺の足は一歩も動かない。
 小さな後ろ姿から、目が逸らせなかった。

 けれど彼女も鈍くはないようで、自らの背中に注がれる視線に感付いたらしい。その視線の矛先へと、顔を向けた。当然、その矛先は俺だ。

 ぱちり。
 彼女と目が合う。
 大きな瞳がぱちぱちと、瞬きを繰り返す。
 あっ、と開いた口がそう発するのが、遠くからでもわかった。

 ポン。到着を知らせるエレベーター音が、その場に静かに鳴り響く。
 当然のように開かれた扉に、けれど彼女は乗り移らなかった。
 くるりと方向転換して、艶やかな茶髪をなびかせながら俺の方へと駆け寄ってくる。顔は昨日と同様、無表情に近い。

 そういえば、笑った顔を見ていない、気がする。

「キリタニさん。おはようございます」
「おはようございます」
「同じ会社の方だったんですね」
「そうみたいですね」
「びっくりです。こんな偶然ってあるんですね」
「俺もびっくりしてます」
「あの。途中までご一緒してもいいですか」
「いいですよ」