―――その日。
 水森さやかと出会ったのは、麗らかな春の午後の事だった。





 契約を結んだ取引先に赴き、打ち合わせをすること数時間。相手のご機嫌取りにもほとほと疲れ果て、やっと解放された頃には15時を回っていた。
 昼前には自社へ戻る筈の予定が狂ってしまい、先方にバレないように溜め息を漏らす。午後に急ぎの用件がなかった事だけが幸いだった、今はそう思うことにした。

「お疲れ様でした。お気をつけて」
「ありがとうございます」

 受付の女性社員と会釈を交わし、エントランスを出る。緊張が解け、肩の荷が軽くなると同時に感じたのは空腹感。摂食中枢が刺激され、胃をぎゅっと掴まれるような痛覚が襲う。

 この際、昼食と夕食を同時に取ってしまおうかと、近くのコンビニでおにぎりとパンと、冷えたお茶のペットボトルを購入した。
 正直この量で腹が満たされるとは思わないが、この後も当然仕事は重なっていて、つまり満腹状態だけは避けなければならない。
 眠気が襲ってくるからだ。
 若干空腹を感じる程度が、仕事の効率的にはちょうどいい。

「……仕事、か」

 そんな俺の小さな呟きは、澄んだ空気に溶けていく。