「傷付けた?」

 宏樹は怪訝そうに首を傾げていたが、すぐに、「もしかして」と言葉を紡いだ。

「傷付けたかもしれない相手って、紫織の友達か?」

「――うん……」

 察しが良い、というより、先日の電話で朋也は『紫織の友達絡み』だと言っていたのだ。いちいち驚きはしない。
 むしろ、宏樹から切り出してくれたことに心のどこかで安堵している。

「どう傷付けたかもしれないんだ?」

 そう訊ねてくる宏樹からは、好奇心は微塵も感じられない。
 本当に、悩みを抱えた弟を気遣う兄そのものだ。
 いや、たとえ好奇心丸出しだったとしても、朋也は宏樹を頼りたい気持ちが強かった。
 十歳離れた人生経験豊富な兄貴が、人間としてまだまだ未熟な自分をどう諭してくれるだろうか、と。

「俺、女の気持ちってよく分かんねえし……」

「まあ、お前は男だからなあ。俺も男だし、女性の気持ちはそんなに分からんよ」

「けど、俺よりは分かってんじゃねえの、兄貴の方が?」

「どうだかねえ」

 宏樹はフンと鼻を鳴らした。
 朋也を馬鹿にしている、というより、自らを嘲っているように映った。

「俺こそ、『女心を全然分かってない!』って散々叱られたぞ? まあ、分かろうともしなかったってのがほんとのトコなんだけどな。色々すったもんだあって、気付いたら大切なものを失って……。けど、俺の中にぽっかり空いた穴を埋めてくれる存在がすぐ側にいたことにも気付けた」

「それって紫織のこと?」

「まあな」

 素っ気なく答え、宏樹は今度こそ冷や酒に手を伸ばして口に含む。
 明らかに照れ隠しだ。