「お、ビール空だな」

 ビール瓶に手を伸ばした宏樹が咄嗟に気付いたらしい。
 たまたま側を通りかかった従業員を呼び止め、追加のビールと、自分が飲みたかったのか、日本酒の冷やも注文していた。

「時間はまだある。急ぐ必要はないよな」

 ひとり言のように呟き、宏樹は新たにタレの皿からぼんじりを取った。

 ビールと冷や酒はほどなくして運ばれてきた。
 朋也は温くなったコップの中のビールを飲み干すと、真っ先にビール瓶に手を伸ばして宏樹に注ぎ口を差し出した。

 朋也から進んでビールを勧めてくるのは予想外だったのかもしれない。
 宏樹はわずかに目を見開き、けれどもすぐに口元に笑みを湛えながら朋也の酌を受ける。
 そして、今度は無言で朋也からビール瓶を受け取って注いでくれた。

 やはり、冷蔵庫から出したての、しかも栓を抜いたばかりの冷えたビールは格別だ。
 調子に乗って一気に呷り、素早く自分で手酌して新たにコップに注いだ。

 酔いが回ってきた。
 辺りの風景もぼんやりとしてきて、身体もふわふわとしている。

「――俺、傷付けちまったかもしれねえ……」

 酔った勢いだとばかりに、朋也は重くなっていた口を開いた。

 宏樹はコップの中のビールを空にし、まさに冷や酒に手を伸ばそうとしていたところだった。