「朋也」

 不意を衝いて、宏樹が声をかけてきた。

 思案に暮れていた朋也はハッとして、運転席の宏樹に視線を向けた。

「せっかくだ。今夜はふたりで飲みに出るか?」

「え? 家で食うんじゃねえの?」

「家ん中じゃ、かえってゆっくり話も出来ないだろ?」

 そんなことはない、と言いたいところだが、母親のことだ。
 家にいたらいたで、なかなか解放してくれないだろう。
 ずっと帰っていなかったから、もしかしたら、ずっと小言を聴かされて夜が明けてしまいそうだ。

「もちろん奢りだよな、兄ちゃん?」

 朋也は宏樹に向けてニヤリと口の端を上げる。

 宏樹は朋也を一瞥すると、「やれやれ」と肩を竦めた。

「こういう時だけ『兄ちゃん』って呼ぶんだな、お前は」

「当ったり前だろ。スポンサーに胡麻すりしないでどうする?」

「『兄ちゃん』呼びが胡麻すりか……」

 宏樹は苦笑いしながらも、「分かった分かった」と頷く。

「ま、言われなくっても俺が出すつもりだったしな。お前よりは蓄えはあるし」

「さっすが太っ腹だねえ!」

「ほんと調子いいな、こういう時だけ……」

 そう言いつつ、朋也には嬉しそうにしているように映った。