「分かったよ」

 朋也は溜め息を吐きながら言った。

「今度連休取ってそっち行く。日にちがはっきりしたら、また兄貴に連絡するよ」

『了解。紫織もお前に逢いたがってたしな』

 宏樹は何気なく紫織の名前を出したのだと思う。
 だが、朋也にしてみたら、紫織と逢うことは何としても避けたかった。
 今回の件とは別にしても。

「あのさ、兄貴……」

 朋也は無意識に声を潜めた。

「紫織には、俺が帰ることは内緒にしてくれないか?」

『ああ、友達のことがあるからか?』

「ま、まあな……」

 煮えきらない口調で、宏樹も電話越しにでも察しただろう。
 しかし、分かっているからこそ、よけいな詮索はしてこなかった。

『とにかく、帰って来る時は気を付けて来いよ? 事故ったりしたら元も子もねえからな?』

「分かってるよ。気を付けるから」

『じゃあ、またな』

「ああ、また」

 会話を終え、朋也は携帯を耳から離して通話を切った。
 ディスプレイはまだ、ぼんやりと明るい。

「兄貴とも、逃げないでちゃんと向き合わなきゃ、だな……」

 携帯のディスプレイに向かって、ひとりごちる。
 すると、ほどなくして黒い画面へと変貌を遂げた。

 朋也は携帯を折り畳んだ。
 そして、再びポケットに押し込むと、一歩、また一歩と歩き出す。

「まだまだ冷えるな……」

 歩きながら、自らの身体を両腕で抱き締める。
 白い息こそ吐き出されないが、頬や首筋を掠めてゆくそよ風は冷たい。

(あったかいコーヒーでも買って飲むか)

 自動販売機を求めて、キョロキョロと辺りを見渡す。
 と、少し先にほの白い明かりを見付けた。

 朋也は口元を緩め、その明かりに向かって駆け出した。

[第五話-End]