「山辺さん?」

 名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
 顔を上げると、朋也が心配そうに涼香の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫? だいぶ飲んでたから具合悪くなったんじゃねえの?」

 邪気のない優しさが、涼香の心の傷を深く抉った。
 もう、朋也と一緒にいられる状態ではなかった。

「ごめん、私ここからひとりで帰るわ!」
 涼香は精いっぱい明るく振る舞った。
 だが、自分でも不自然さを感じたから、朋也もさすがに疑わしげにしている。

「ほんと大丈夫だから! そんじゃ、またねえ!」

 脱兎のごとく、涼香はその場を去った。
 遠巻きに朋也の引き留めるような声が聴こえた気がしたが、振り返らなかった。

 闇を駆け抜けながら、目の奥が熱くなってくるのを感じた。

 泣きたくなどない。
 なのに、どうして思えば思うほど涙が頬を伝ってゆくのか。

「はあ……はあ……」

 朋也の姿が完全に見えなくなった所で、ようやく立ち止まった。
 ワンピースの胸元を掴み、その場にしゃがみ込むと、何度も深呼吸を繰り返した。

「泣くなよ涼香。私らしくない」

 口に出し、自分を叱咤する。

 泣かない、もう泣くもんか。
 呪文のように唱え続けていたら、ほんの少しだけ心が穏やかさを取り戻した。