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 〈お局様〉――唐沢夕純(からさわゆずみ)に連れて来られたのは、狭い路地裏にある店だった。
 店構えも、〈居酒屋〉というよりは〈酒場〉と呼んだ方が相応しいほど年季が入っている。

 正直なところ、こういうレトロな店で飲むということを全く予想していなかった涼香は面食らってしまった。
 だが、こういう店構えは嫌いじゃない。

「チェーン店が一番無難かもしれないけど、そういうトコって落ち着かないのよ」

 そう言いながら、夕純は肩を竦める。
 そして、ようやく涼香の手首から手を離すと、曇りガラスが張られた扉を開ける。
 ただ、扉も相当年季が入っているようで、少し力を入れていた。

 ガラガラ、と建て付けの悪い音を立てた扉は、人がひとり通れるぐらいまで開いた。
 そして、夕純が先に入り、涼香もそれに続く。

 店の中は、ひんやりとした外とは対照的にムンとした熱気を感じ、食欲をそそる煮物の匂いが鼻の奥を刺激する。

 涼香は、夕純のあとを追うように一番奥まった場所へと行く。
 そこでようやく、ふたりは向かい合わせになる格好で席に落ち着いた。

「ここ、お酒も料理もハズレはないから。あ、嫌いなものとかある?」

 夕純に訊かれ、涼香は「いえ」と首を横に振る。

「特に食べれないものはないです。お酒も基本的に何でも好きですから」

「なら、ちょっと強いお酒も平気?」

「多分、いけると思います」

「了解」

 夕純は微笑しながら頷き、カウンター内にいた、この店の女将らしき女性を呼んだ。

 女将はこちらに即座に気付いた。
 そして、のそのそと席まで来ると、夕純の注文を素早くメモする。

「ちょっとお待ちを」

 決して愛想が良いとは言えない。
 だが、感じが悪いのとも違う。
 狭い店内には人がチラホラと見受けられるし、本当に評判が悪いとしたら誰も近づきはしないだろう。
 そもそも、悪評高い店なら夕純もわざわざ涼香を連れて来るはずがない。