「ねえ、高沢君」

 ピッチャーを元に戻してから、女子が真っ直ぐな視線を向けてきた。

 朋也はグラスに口を付けた状態で女子を見返す。

「メールアドレス交換しない?」

 いきなりの申し出に、危うくビールを噴き出しそうになった。

 だが、そんな朋也にお構いなしに女子は続ける。

「別に深い意味はないから、友達になってくれればって思って。ついでに私の名前もちゃんと教えとく」

 朋也が返事をする間も与えず、女子は自分のバッグから手帳と携帯電話を取り出した。
 手帳を開き、携帯画面を見ながらメモする様子を、朋也はジッと見守る。

 ほどなくして、女子が手帳の一部を破き、それを朋也に渡してきた。
 考えるまでもなく、携帯番号と名前が記載されていた。

井上誓子(いのうえせいこ)さん、でいいの……?」

 間違っていては失礼だと思い、恐る恐る確認する。

 女子――誓子はパッと表情を輝かせ、「そう!」と大仰に頷いて見せた。

「やっと憶えてもらえたわあ! あ、私のことは『誓子』って呼んでいいから!」

 誓子はそう言ってきたものの、いきなり下の名前でなど呼べるわけがない。
 紫織のように子供の頃からつるんでいれば別だが、誓子とは面識がないといっても過言ではないのだ。
 そもそも、高校からの知り合いである涼香ですら、苗字で呼ぶだけでもかなりの勇気が必要だった。

「まあ、そのうちに……」

 曖昧に濁すのが精いっぱいだった。

 誓子は是とも非とも答えなかった。
 代わりに、朋也の表情を口元を緩めながら眺めている。

(どうも調子狂うな……)

 朋也は誓子から視線を逸らすと、再びビールを飲み始めた。
 そのうち、充が戻ってきたタイミングで誓子は朋也の側を離れ、別のグループの元へと行ってしまった。