「あ、ごめん」

 〈お局様〉が涼香に謝罪してくる。
 涼香のような目下の人間に謝るなど想像出来なかっただけに、涼香はまた、驚いて目を見開いてしまった。

 そんな涼香にお構いなしに、〈お局様〉は続ける。

「私の都合ばかり押し付けちゃって……。あ、予定があるなら無理しなくていいの! もし良かったら、ってことだから! うん!」

 珍しく〈お局様〉が慌てふためている。
 〈お局様〉の様子から、無理強いをさせる気がないのは何となく伝わってきた。

 だが、ここまで必死になっている姿を見たら、断る理由を模索していたことに罪悪感を覚えてきた。
 もしかしたら、飲みに行きたくても誘える相手がいなくて淋しい思いをしているのではないかと。

「いいですよ」

 自然と涼香は答えていた。
 多分、一緒に飲んで楽しくなければ二度と誘われることもないだろう。
 そう考えたら、別にいいか、と前向きになれた。

「ほんとに、いいの?」

 念を押すように訊ねてくる〈お局様〉に、涼香は「はい」と首を縦に動かす。
 ちょっとしつこい、とは思ったものの、やはり口には出さなかった。

「それじゃ決まりね。あ、もちろん今日は私の奢りよ。それと、私の行きたい店になっちゃうけど、それでもいいかしら?」

「もちろんです。私は飲めれば充分ですし」

「あら、やっぱり飲んべえね」

 カラカラと朗らかに笑う〈お局様〉の手が、涼香の手首を掴む。
 小さいのに、握力はかなりなものだ。だが、相手が上司だと思うと強引に振り払えない。

(けど、奢りってのはかえって怖いわ……)

 今、涼香も手持ちがないわけではない。
 最後にでも、割り勘でお願いするつもりだった。

(ま、外で飲むのなんて久々だし、好きなだけ飲んじゃおっか)

 〈お局様〉に引っ張られながら、涼香は店に着くまで楽しいことだけ考えるようにしていた。