「世の中、そんな都合のいいように出来ちゃいないからねえ。それに、私は別に高沢と深い関係になりたいなんて大それたことは思ってない。ほんのちょっとでも、私の存在が高沢の中に残ってくれれば充分だと思ってる」

「そう、なの……?」

「うん」

「そっか……」

 紫織は少し哀しげに笑みを浮かべる。

「私、よけいなこと言っちゃったかな?」

「よけいなこと?」

 怪訝に思いながら訊ねると、紫織は一呼吸置いてから口を開いた。

「『距離が縮まる』なんて軽率なこと言っちゃったから……」

 涼香は呆気に取られ、けれどもすぐに声を上げて笑った。

「あっははは! そんなの軽率でも何でもないって! てか、紫織は昔っから細かいこと気にし過ぎだっての!」

「でも……」

「これ以上、『でも』はなし!」

 そう言って、涼香は紫織の唇に人差し指をくっ付けた。

「正直言うと、紫織に今日の惚気話を聞いてもらおうと思ってたんだからさ。紫織がいいタイミングできっかけを作ってくれたから、こっちはラッキーだったわよ。つっても、私の話なんて大したもんじゃないけどね」

 それでも興味ある? と訊くと、紫織は勢い良く首を縦に振り続ける。

「何でも話して! ほんと、涼香と朋也ってどんな会話するのか全く想像付かないから! すっごく興味ある!」

 過剰なまでに期待されている。
 とはいえ、『大したもんじゃない』と前置きしているから、オチも何もない話にも喜んで耳を傾けてくれるだろう。紫織はそういう人間だ。

 しかし、以前は紫織の恋愛話ばかり聴いていたはずだったのに、今はすっかり立場が逆転している。
 紫織の場合、収まるべき所に丸く収まって落ち着いたからというのもあるのだが。

 結婚はまだのようだが、どこか余裕は感じられる。
 泣いている姿を何度も見ていただけに、本当に大人になったな、と改めて実感する。

(私はいつまでもガキのままだな……)

 涼香の話を頷きながら聴いてくれる紫織を前に、涼香は思った。

[第三話-End]