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 夕飯をごちそうになったあとは暇を告げるはずだったのに、紫織と紫織の母親に引き止められ、結局一晩お世話になることとなった。
 しかも、一家の大黒柱を差し置いて一番風呂を勧められたものだから、それはさすがに辞退しようとしたのだが、やはり、紫織の母親に『入ってらっしゃい』と半ば強引に押し進められ、甘える結果となってしまった。

 それにしても、一軒家の浴室は入り心地が良い。
 特に加藤宅は家族が少ないのにわりと広い造りになっているので、なお快適だと思う。

 全身を伸ばして湯船に浸かっていると、日頃の疲れが湯の中に溶け込んでゆくようだった。
 柚子の香りの入浴剤がまた、心身ともにリラックスさせてくれる。

「りょーかー」

 浴室の外側から、紫織の声が聴こえてきた。

「脱衣カゴの中に着替え入れとくよー」

「おう、悪いねえ!」

 つい、オヤジ臭い口調で返してしまう。

 案の定、紫織はガラス張りの引き戸の向こうから、「涼香、オッサン入ってるよ?」と突っ込んできた。

 涼香は口元を歪める。

「まあ、オッサンになっちゃうってことは、それだけお風呂最高ってことだから勘弁してやってよ」

「なにそれ」

 紫織は笑いを含みながら返し、それから少しばかり間を置いて、「涼香」と神妙な声音で涼香の名前を呼んだ。

「無理に引き止めちゃってごめん……」

 急に謝罪され、さすがに面食らった。

「別に謝ることじゃないでしょうが。てか、そうゆう遠慮し合う関係じゃないんだし」

「まあ、そうだけど……」

 紫織はそこまで言うと、口を噤んでしまった。
 もしかしたら、涼香を急に家に来るように誘ってきたのには理由があったのだろうか。