(やっぱ怖いよ、この人……)

 さすがに、この場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
 だからと言って、先ほどの彼女達のようなあからさまな行動だけは取りたくない。
 そんな葛藤を心の中で繰り返していた時だった。

「山辺さんって」

 真っ直ぐな視線はそのままで、〈お局様〉が続ける。

「お酒好きよね?」

 突然の質問に、涼香は一瞬、答えに窮した。
 だが、すぐに我に返り、「はい」と頷いた。

「嗜む程度ですけど、好きです」

 酒が好きなのは本当だから素直に答えると、〈お局様〉は表情を和らげ、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
 つい今までの鬼の形相が嘘のように、愛らしい笑顔だ。
 かと思ったら、また、驚くことを涼香に提案してきた。

「ね、これから予定ないなら一緒に飲みに行かない?」

「――はい?」

 この時の涼香の表情は、非常に間抜けなものだったかもしれない。
 少し顎を突き出すようにポカンと口を開けながら、〈お局様〉をジッと見つめてしまった。

 〈お局様〉は相変わらず、ニコニコしながら言葉を紡いだ。

「山辺さんって相当強いでしょ? 今年の新年会でガンガン飲んでる姿見てたら、一度ふたりで飲んでみたいな、ってずっと思ってて。でも、どうしても誘うタイミングが掴めなくてね。今日はラッキーだったわ」

「はあ……」

 これは喜ぶべきなのだろうか。
 涼香は曖昧に返事をしながら考えた。

 確かに酒には惹かれる。
 だが、〈お局様〉とふたりきりで飲むとなると気を遣ってしまい、楽しく飲めないのではないだろうか。
 とはいえ、断る理由も見付からない。
 この辺が、涼香は先ほどの彼女達と違って非常に要領が悪い。
 帰るタイミングを失った時点で、それを見事に物語っている。