『ねえ、ところで今どこ?』

「ああ、今は街中をブラブラしてた。家にいてもやることないからねえ」

『ふうん』

 わざわざ訊いてきたわりには、ずいぶんと素っ気ない。
 だが、これも紫織らしいと言えば紫織らしい。
 興味がないのではなく、ただ単に他に言うことが見付からないだけなのだ。
 それなりに長い付き合いだから、紫織の性格はだいぶ把握しているつもりだ。

「紫織はどうしてたの?」

 先ほどとは打って変わり、真面目に問い返す。

『まあ、ぼちぼちとね』

 紫織もまた、慣れた様子で涼香に答えた。

『とりあえず今は、まだ準備期間ってトコだから』

「そう」

 だいぶ端折ってはいたが、紫織が何を言ったのか、涼香はしっかりと理解していた。
 だからこそ、短く返事するだけに留めた。

『そうだ涼香、これからなんか予定とかある?』

 急に話題を変えてきた。
 さっきまでの神妙さは何だったのかと突っ込みたいところだったが、ここはあえて何も言わなかった。

「予定はないよ。私の休日に〈予定〉なんて二文字はない!」

『――威張って言うことじゃないでしょ……』

 紫織は笑いを含みながら続けた。

『良かったら、今日の夜ウチにおいでよ? お母さんも涼香に逢いたがってたしさ。どうせ一人暮らしで料理はあんまりしてないんでしょ?』

「失礼な言い方だな」

『あれ? 間違ったこと言った、私?』

「いや、一字一句間違ったことは言っちゃいないね」

『そこも威張るトコじゃないし』

 紫織は電話の向こうで、もう、と小さく溜息を漏らす。

『なら決まりね。涼香のために、私とお母さんでとびっきり美味しいものをごちそうしたげる。夕飯時まで、ちゃーんとお腹を空かしておいてね?』

「おお! 紫織ママの料理は絶品だから期待してる!」

『私は?』

「そこそこね」

『――失礼な……』

「私だってさっき、失礼なこと言われたけど?」

『そうでしたね。どうもすみません』

 少し間を置いてから、涼香と紫織は互いに声を上げて笑い合った。
 涼香は公衆の面前で電話をしていたから、急に笑ったことで、すれ違った人が変な視線を送ってきた。
 『この女大丈夫か?』と言わんばかりに。