わずかな時間だったけれど、夢のようなひと時を過ごしたような心地だった。

 あの時、涼香はいつになく興奮していた。
 親友ならばともかく、他の相手に対して無邪気にはしゃいだ姿を見せるなど、絶対にありえないことだった。

 朋也と別れてからも、胸の鼓動が早鐘を打ち続けている。
 顔も燃えるようで、このまま熱にうなされて倒れてしまうのでは、と半ば本気で思ってしまった。

(私、変な女だって思われなかったかな……?)

 人混みをかき分けて歩きながら、涼香は何度も深呼吸をくり返す。
 何とか平静を取り戻さなくては。
 そう思っていた時だった。

 ピコピコピコ……!

 バッグにしまっていた携帯電話が鳴った。
 ざわついている中だったからそれほど響きはしなかったが、静まり返った場所で鳴っていたら、心臓が跳ね上がりそうなほど驚いたに違いない。

 涼香はバッグを弄り、折り畳み式のそれを取り出す。
 ディスプレイを開いて確認すると、親友の名前がデジタル表示されていた。

 相手を確認した涼香は通話ボタンを押し、そのまま本体を耳に押し当てる。

「もしもーし」

『あ、涼香?』

「そうですよー、涼香ちゃんですよー」

『――自分に〈ちゃん付け〉って……』

 呆れたような声が耳に飛び込んでくる。
 恐らく、相手の加藤紫織(かとうしおり)は苦笑いを浮かべていることだろう。

「で、急に電話なんてどうした?」

『あ、別に大した用じゃないんだけどね、どうしてたかなあ、って思って』

「あらあ! 紫織ちゃんってばお優しいのねえ!」

『――茶化すな』

 テンションを上げている涼香に対し、紫織は冷ややかに返してくる。
 このやり取りも、高校の頃から全く変わっていない。