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 定時で仕事を終え、彼女――山辺涼香(やまのべりょうか)は更衣室で着替えをしていた。
 そこには涼香だけでなく、同僚や、他の部署の女性もチラホラいて、それぞれ話をしながらダラダラと着替えている。

「てかさ、あいつすっげえ鬱陶しいんだけど」

「チョームカつくよねえ」

 同じ部署内にいる上司の悪口でも言っているのだろう。
 涼香は彼女達のキンキンと響き渡る声を聴きながら、眉をひそめてひっそりと溜め息を吐いた。

(あんたらが一番鬱陶しいわ)

 口にはさすがに出せないので、心の中で彼女達に言い放つ。
 本当に、この場にあの煩い口を塞げる針と糸があったなら、迷わず手に取ってこいつらの口を封じてやるのに、とも涼香は思った。

(とっとと帰ろう)

 私服に着替えた涼香がロッカーを閉め、バッグを肩にかけた時だった。

 更衣室のドアが、カチャリ、と静かに開いた。
 とたんに、それまでキンキン声で溢れ返っていた室内がシンとなった。

 入って来たのは、150センチあるかないかの小柄な女性。
 一見すると愛らしいが、周りは彼女の本性をよく知っているだけに警戒心を露わにしている。

(あーあ、〈お局様〉にビビッちゃってんわ)

 彼女達のあからさまな態度の豹変に、涼香は呆れるのと同時に、そういうことか、と即座に分かった。
 ついさっきまで彼女達が話のネタとして挙げていたのは、まさにこの〈お局様〉だったのだ。

「お疲れ様です」

 全く彼女達に便乗していなかった涼香は、当然、疚しいことなど全くなかったので、ごく普通に〈お局様〉に挨拶する。

 〈お局様〉は、自分よりも20センチ近くも差がある涼香を見遣ると、口元にほんのりと笑みを乗せて「お疲れ」と返してくれた。