「飲みに付き合ってくれるだけで充分。それじゃ、また今度違う店も教えるわ。そうそう、私のことは下の名前で呼んでくれていいから。プライベートぐらいは苗字はやめてもらいたいし。私も『涼香ちゃん』って呼ばせてもらうわ」

「りょ、涼香、ちゃん……?」

 普段、〈ちゃん付け〉で呼ばれ慣れない涼香は、全身に鳥肌が立つのを感じた。

「もしかして私、調子に乗り過ぎた……?」

 恐る恐る訊ねてくる夕純に、涼香は「そうじゃないですけど」と続けた。

「ただ、ちゃん付けはちょっと……。それなら呼び捨ての方がいいです」

「呼び捨て? 下の名前でもいいの?」

「ちゃん付けじゃなければ、下の名前で呼ばれるのは全然構いません。ちゃん付けじゃなければ」

 〈ちゃん付け〉を断固拒否している涼香は、強調するために二度繰り返した。

 さすがに涼香の必死さは夕純にも伝わったらしい。
 苦笑いと同時に肩を竦めながら、「分かったわ」と納得してくれた。

「なら、お言葉に甘えて『涼香』って呼ぶわね。あ、私は好きなように呼んでいいから。呼び捨てが楽なら呼び捨てでも」

「――いや、呼び捨ては出来ないので私は『夕純さん』で……」

 さすがに、年上に呼び捨てもないだろう。
 夕純を見ている限り、呼び捨ても受け入れてくれそうだが、涼香もそこまで礼儀知らずではない。

「なんか嬉しいわねえ。今の職場で下の名前で呼んでくれるのって涼香以外にいなかったもの」

 夕純の腕が涼香のそれに絡まれる。
 考えてみたら、涼香は全く同じ行為を紫織にいつもやっては怒られていた。

(今度は私がやられる側になるとはね……)

 相手が相手だから邪険に振り払えなかった。
 いや、振り払う気もなかったのだが。

(手間のかかる〈姉ちゃん〉だ)

 涼香は口元を歪めながら、夕純のなすがままにされていた。

[第一話-End]