涼香の視線をまともに受けた夕純は、「どうしたの?」と困ったように微苦笑している。

「いえ、何となく」

 そう答えると、夕純は苦笑いしたまま首を傾げる。
 こうして見ると、やっぱり可愛い。
 普段の夕純を知らない人がこの仕草を目の当たりにしたら、仕事を男性並みにバリバリこなしているとはとても信じられないだろう。

「で、さっきの質問の答えは?」

「恋のこと、ですか?」

「もちろん」

 大きく首を縦に動かしながら強調され、涼香は内心辟易した。
 プライバシーの侵害もいいところだ。

「人の恋愛話を酒の肴にでもするつもりですか?」

 つい、棘を含んだ言い方をしてしまった。
 だが、上司だろうと人の心に土足で踏み込むような真似はされたくない。
 涼香は心の底から思った。

 そこでようやく、夕純も涼香の気持ちを察したらしい。
 夕純にしては珍しく、「そんなつもりじゃ……」と気まずそうに口籠った。

「ごめん、確かに無神経だったわ……。でも、別にただの興味本位で訊こうとしたわけじゃないのよ。それだけは信じて?」

 夕純は足をピタリと止め、「ごめんなさい」と謝罪する。

 謝られると思わなかった涼香は、すっかり面食らってしまった。

「あ、いえ。私も言い方がきつかったですから」

 涼香は少し悩み、「頭を上げて下さい」と静かに促した。

 ゆっくりと、夕純が頭を上げる。
 その表情は、涼香の機嫌を覗うように怖々としていた。

(なんか調子狂うなあ……)

 十歳も上の人なのに、涼香の方が身長が遥かに高いから、逆に華奢な可愛い女の子を苛めているような心境になる。
 幸い、この辺は人通りがないから良かったものの、誰かひとりでもこの現場に遭遇していたら、間違いなく、涼香が夕純を苛めていると勘違いされていただろう。