「山辺さん」

 名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
 顔を上げて夕純を見ると――正確には、見下ろしているのだが――、眉根を寄せて少し哀しげに笑みを浮かべる彼女と目が合った。

「山辺さんは今、恋とかしてる?」

 予想外の問いに、涼香の心臓が跳ね上がる。
 いや、予想外という以前に、『恋』という単語に過剰反応してしまった。

「恋、ですか?」

 動揺を悟られまいと努めて冷静に訊き返す。

 そんな涼香を夕純は真っ直ぐに見据えながら、ゆったりと言葉を紡いでゆく。

「うん。山辺さんって男っ気がないから。山辺さんの見た目だけで、『男泣かせな女』なんて茶化していた馬鹿な男もいたけど、実は異性に警戒心が強いんじゃないかって」

「――間違ってはいませんね」

 嘘を吐く必要もないと思った涼香は、正直に頷いた。

「男性不信じゃないですけど、あまり得意じゃないのも確かです。昔からこの外見だけで、『お高く留まってる』とか、『取っ付きにくい』とか言われてうんざりしてましたから。まあ、女子も女子で、親友以外はほぼ、私と距離を置いていたような感じでしたね」

 そこまで言って、自分こそ酔っ払っているのだろうか、と涼香は思った。
 苦手だと思っていた上司なのに、ここまで自分を曝け出してしまうなんて。
 紫織にすら、本当の自分を見せるまでに相当な時間を要したというのに。

(それとも、唐沢さんも色々話してくれたから安心してしまったの、かな……?)

 涼香はまじまじと夕純を見つめる。