「ほんとに、なんかあったんじゃない?」

 逸る鼓動を抑え、朋也が重ねて問う。
 そんな朋也に対し、涼香は、『何もないわよ』とケラケラ笑った。
 だが、すぐに笑うのをやめてしまった。

『――この間、嫌な思いをさせちゃったかな、って思って……』

「この間?」

『ほら、一緒に飲みに行った帰り……』

「え、ああ。そんなこともあったっけ?」

 憶えていたどころか、まさに宏樹にその時のことを相談に乗ってもらったばかりだった。
 だが、それを悟られたくないから、わざと忘れたふりを装った。

 電話越しだったのが幸いだった。
 鋭い涼香も、朋也がとぼけていることに気付いた様子はなく、『そんなこともあったのよ』と真面目に返してきた。

『とにかく、ずっと謝りたくて……。ほんとごめん。あんな風に逃げられてわけ分かんなかったでしょ?』

「別にいいよ。てか、全く気にしてねえし」

 むしろ謝るのは俺の方だよ、と心の中で返した。

『ほんと、高沢君っていい人だね』

 涼香の『いい人』という言葉に、朋也の胸がチクリと痛む。
 別に〈いい人〉じゃない。
 そう思われるようにしているだけだ。

「そういや、山辺さんは今日は仕事だったの?」

 わざとらしいと思いつつ、朋也はあえて話題を変えた。